第6話 マウンドは処刑場
左バッターボックスに入り、片手でバットをクルクルと回転させる。
ジャグリングじみたコレが、俺の打席ルーティンだ。
「カッコつけてんじゃねえよ! クソが!」
マウンド上から、初条が罵声を浴びせてくる。
顔が土気色から、真っ赤になっていた。
よしよし。
怒りで元気になったようだな。
心配していたんだ。
不調過ぎるエースを、めった打ちにしてもしょうがない。
好調時に叩き潰してこそ、心をへし折れるってもんだ。
初条の第1球。
ど真ん中のストレート。
これは失投だな。
コースも甘いが球威もない。
【鑑定魔法】によると、速度は133km/h。
まだ肩が、暖まっていないってのもあるだろう。
だけど暖まっても、140km/h台は出ないと見た。
たぶんMAX141km/hを記録した頃より、今の初条は鈍ってやがる。
……なんてことを考えていた。
球がストライクゾーンへと、到達するまでの間に。
レベル297の動体視力と【思考加速】スキルのおかげで、時間が有り余っていた。
1番打者なら、相手投手の様子見も大事なお仕事。
だけど俺は、初球から手を出してしまう。
いや。
だって、あまりに打ち頃だったし。
打球はボテボテのゴロになって、ピッチャーの守備範囲へ。
多少もたついた、初条の捕球。
だけど普通だったら余裕でアウトにできるタイミングで、一塁へと投げる。
俺はその光景を、のんびり眺めていた。
一塁を駆け抜けながら。
「……は? 何でピッチャーゴロが、内野安打になるんだよ! チビワカメ! テメェ何か反則をしやがったな!?」
「変な言いがかりはやめてください。初条先輩の送球が、のんびりし過ぎていただけですよ」
初条の顔がひきつる。
だけど観客達が、
「そうだ~! 何も反則なんてしていないぞ~!」
「めちゃくちゃ足が、速かっただけよ~!」
と、擁護してくれる。
確かにこの俊足は、反則かもしれない。
異世界で忍者という職業だった俺は、敏捷性のステータス値がめちゃくちゃに高い。
おまけに【韋駄天】のスキルも取得しているから、人類の限界を超えた速度で走れる。
一塁到達まで、1秒かからない。
……んだけど、そんなスピードで走ったらさすがにマズい。
研究所送りになっちまう。
なので今回も、常識的な一塁到達タイムにしておいた。
3秒フラット。
普通だよな?
ちゃんと人類っぽいよな?
ちなみにピッチャーゴロを打ったのはわざとだ。
初条にショックを与えたかった。
その気になれば、ホームランも打てただろう。
1年生チームの2番打者は聖優子。
バットと共に、体をグルングルンと大きく動かすルーティン。
全身をほぐしてから、左バッターボックスに入る。
3球目。
甘く入ったストレートを強振。
打球は右翼の深いところへ。
タイムリースリーベース。
俺は余裕でホームインした。
打点をあげたのに、三塁上の優子は不機嫌そうだった。
「あーあ。球が遅すぎて、打ち損じちゃった。遠藤先輩の伝説に、挑戦してやろうと思ったのに」
どうやら優子の奴、ホームランを狙っていたらしい。
また女子から3打席連続ホームランを食らったら、初条は立ち直れなかったかもな。
だけど同じ女子でも、優子は3歳からの野球経験者だ。
野球ド素人だった、遠藤先輩のケースとは違う。
だから打たれても、別に恥じゃないと思うぜ?
優子がマウンドまで聞こえるように「球が遅い」なんて言うもんだから、初条の頬はヒクついている。
初条さんよ。
優子のディスりに、気を取られている場合じゃないぜ。
次のバッターはやべー奴だ。
剣崎憲正。
上級生達からは、俺と同じ「才能のない奴」認定を受けている。
身長は189cmと高いものの、ヒョロヒョロ体型でパワー不足。
肩も強くないからだ。
だけど俺や優子は知っている。
昔から憲正の打撃は、ミートとバットコントロールが上手い。
選球眼もいい。
相手バッテリーの配球を読むのも得意だ。
そんな奴が異世界でレベルを上げて、超人的な身体能力を手に入れた。
【剣術】
【杖術】
【動体視力UP】
【反応速度UP】
【瞬発力UP】
などなど、バッティングに応用が利きそうなスキルもたくさん取得している。
いまの憲正は、化け物だ。
間違いなく1年生最強バッターなんだけど、4番じゃなくて3番に入ってもらっている。
優子の発案だ。
メジャーリーグとかでも、3番に最強打者を置く打線は珍しくない。
俺、優子、憲正の3人で、初回から確実に3点取ろうぜという狙いだ。
「チッ! また左打者かよ……」
マウンド上の初条は、露骨に嫌そうな顔をした。
いや。
憲正は俺や優子みたいに、純粋な左打者じゃないぞ。
左右どちらの打席でも打てる、スイッチヒッターだ。
右投手の初条相手だから、球の出どころが見やすい左打席に入っているだけ。
ちゃんと入部時に、憲正は両打ちだと申告していたぞ。
一応主将でもあるんだから、把握しとけよ。
2球目。
初条が投げたのはシュート。
初条の決め球で、いつも「俺様のシュートはカミソリシュート」なんてうそぶいている。
だけど、この程度のキレじゃなぁ……。
憲正の眼鏡が、ギラリと光った。
澄んだ金属音。
打球は初条の顔面近くを通過する。
反応してグラブを突き出すなんて、プロでも不可能だろう。
それぐらい、打球は速かった。
ライナー性の弾道を描いて、ぐんぐん空へと……。
おいおい。
笑っちゃうぜ。
一体どこまで飛ぶんだよ?
ボールは完全に、校外へと消えていった。
場外ホームランだ。
どうしてピッチャー顔面横を抜ける弾道で、ホームランになるんだ?
まあウチのグラウンドは、ネットが低いっていうのもある。
今までは大して飛ばせる奴がいなかったけど、こりゃ増設しないと近所迷惑だな。
意味不明なホームランを食らった初条は、マウンド上でへたりこんでしまった。
よく見ると、頬が浅く切れて血が垂れている。
あんたの自称カミソリシュートより、憲正の打球の方が何倍も切れ味鋭かったな。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
そこからはもう、一方的な虐殺だった。
完全に心が折れた初条は、俺ら以外の1年生からも打たれまくった。
俺は1人の走者も許さない、パーフェクトピッチング。
ただしこれは公式戦じゃないし、公式戦でも参考記録扱いになる。
なんでかっていうと、13-0で5回コールドになったからだ。
意外だったな。
球審も2年生だったから、ストライクをボールだと言ってくるぐらいは想定していたんだけど。
観客が多かったからか?
さすがにど真ん中を投げてボールになれば、野球ド素人の観客から見ても明らかな誤審だし。
試合終了後。
2、3年生達が、やたらニヤニヤしながら俺達に近づいてきた。
お読みくださり、ありがとうございます。
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