第56話 異世界帰りの忍者と聖女による、大学野球蹂躙劇
熊門高校野球部を引退後、俺は全力で受験勉強した。
おかげでなんとか現役で、東大に合格することができた。
文科三類。
3年生に上がる時、教育学部に進学する。
【記憶力強化】スキルや【思考加速】スキル、【言語理解】スキル、レベル298のINTがなければ、不可能だっただろうな。
優子も一緒に合格した。
文科二類で、経済学部に進む予定らしい。
投資家の母親を持つ、あいつらしい。
合格した俺らを野球部で待っていたのは、大学3年生になった深海鉄心さんだ。
この人スキル持ちじゃないのに、東大現役合格とはすげえな。
魔人になると、学力にもブーストかかるのか?
おどろくことに、魔神サキが東大野球部監督の座におさまっていた。
聖魔学舎の監督になった時といい、こいつはどうやって入り込むのか?
魔法で関係者の思考や記憶を、操作したりしてるんだろうな。
日本最強の文武両道集団と呼ばれる東大野球部だけど、六大学リーグでは優勝したことがない。
他の大学が、「武」を極めた連中を掻き集めているからだ。
スポーツ推薦や、トップアスリート選抜がある。
対して東大は、学校の性質上それができない。
ハイレベルな六大学リーグで活躍できる有力選手が、東大に合格できる学力も備えているなんて普通はあり得ない。
そんなの超人すぎる。
鉄心さんがその超人だったわけだけど、選手1人の力じゃ六大学リーグ優勝に導くまではできなかったみたいだ。
最下位を脱出させたのは、さすがとしか言いようがないけど。
ただ、今年からは違うぜ。
俺と優子が入学したからな。
高校時代は公式戦に出れなかった優子だけど、大学野球はそうじゃない。
女子選手でも、グラウンドに立てる。
俺、優子、鉄心さんと、投手が3枚もいるんだ。
これで優勝できなきゃ、監督のサキは優子にケツバット制裁されるだろう。
張り切っていたら、サキ監督から申し訳なさそうに言われた。
「すまぬ、シノブ・ハットリ。そんなに左投手ばっかり要らぬ。大学の4年間だけ、右に転向してくれぬか?」
「そんな~」とも思ったけど、考えてみればその方が合理的だ。
左トルネード本格派の優子。
左サブマリンで、剛速球から超遅球という緩急で勝負する鉄心さん。
そして俺まで左のトルネードで速球を投げていたら、似たタイプの投手だらけになってしまう。
幸い俺には、【投擲】スキルがある。
どんなフォームからでも、どんなピッチングスタイルでも、右からでも左からでも投げられる。
……というわけで俺は大学時代を、右の横手投げ投手として過ごすことになった。
160km/h台を投げる優子や鉄心さんとの差別化を図るために、ひたすら軟投派に徹した。
それでも勝ち星を上げ続け、東大を春・秋合わせてリーグ8連覇に導けたんだから良しとしよう。
鉄心さんが卒業してからの2年間も、頑張ったんだ。
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大学を卒業した後は、地元に戻って教師になる予定だった。
ところが3年生の終わり頃、聖親子がとんでもないことを言い出したんだ。
「パパがさ、このままだと忍との結婚は認めないって」
「ええっ? マジか? こないだ地元に帰った時は、『早く俺の義理の息子になれ』とか言ってきたのに」
「条件をクリアしたら、すぐにでも結婚していいんですって」
「何だよ、条件って? 教員採用試験の合格か?」
「ううん。『俺の息子になるのなら、沢村賞を取ってこい』って」
俺と優子は喫茶店で話していたんだけど、飲んでいたコーヒーが変なところに入ってむせてしまった。
「ゲホッ! ゴホッ! 沢村賞~!? それってつまり……」
「そう、プロ野球選手になれってこと。沢村賞さえ取れたら、1年でサックリ辞めてもいいんだってさ」
「あのオッサン、無茶苦茶言いやがる。歴代沢村賞投手に謝れ」
沢村賞は、その年の日本プロ野球で最も活躍した完投型先発投手に贈られる特別賞だ。
プロ1年目で獲得できた投手なんて、数えるほどしかいない。
「パパはプロ1年目から抑え投手として定着しちゃったから、先発完投型に贈られる沢村賞には縁がなかったのよね。だから息子に取って欲しいんじゃない?」
「俺、師匠の息子じゃねえし。実の娘である、優子がプロ入りして取ってやれよ。スカウトの話、あるんだろ?」
「私もパパと同じでクローザータイプだから、無理じゃないかな? それにプロ野球選手には、ならないつもり。卒業後は大学の仲間達と、スポーツ用品メーカーを立ち上げる予定があって。社長は私がやれってさ」
「マジか……。社長ってのも、凄いけど……。女性初のプロ野球選手なんて、とてつもなく夢のある話だと思うぜ? もったいない」
「選手として野球に関わるのは、もういいかなって。自分でマウンドに立つ以上に、ワクワクさせてくれる選手がいることだしね」
熊門高校の受験を決めた時も、優子は「野球はもういいかな」と言っていた。
あの時の優子は寂しそうな笑顔だったけど、今は違う。
満足げに笑っていた。
「だけど俺には、教師になって学生野球の指導者をやるって夢が……」
「それも素敵な夢だけどさ、プロ野球選手に比べたら、後からでも挑戦可能な夢じゃない。元プロ野球選手の先生とか指導者とか、教わる方はテンション上がると思うわよ?」
「プロアマ規定があるから、元プロ野球選手は学生野球の指導者になれないぜ」
「引退後に講習を受ければ、学生野球資格を回復できるでしょ? パパが学生野球資格を回復しないのは、講習をめんどくさがっているだけよ」
「結婚するなら経済的に不安定極まりないプロ野球選手よりも、公務員で安定感のある教師の方が優子だって……」
「往生際が悪い。私は忍に養ってもらわなくても、自分で稼ぎます~。っていうか、私が忍を養ってあげるわよ。安定感があるから教師になるだなんて、甘奈先生に怒られちゃうわよ? 『教師の世界だって、厳しいのです』ってさ。ねえ忍。あなたは罪を償わなくちゃいけないわ」
「……罪?」
「そうよ。あなたは異世界で身につけたスキルやレベルの力を使い、野球界を蹂躙してきた。一体何人の夢を、打ち砕いてきたことでしょうね」
「それなら一緒のチームでやってきた、優子も共犯だろ?」
「だから私はスポーツ用品メーカーの社長になって、若いアスリート達を支援していくつもり。それが私の贖罪。忍は経営者向きじゃないから、違う方法で贖罪しなきゃね」
「プロ野球選手になるのが、贖罪だっていうのか?」
「そうよ。華やかな大舞台で、選手として活躍するの。他人の夢を打ち砕きまくった人は、それよりも多くの人々に夢を見せる義務があると思うわ。あなたに敗北した選手達も、きっとそれを望んでいる。『あんな大スターが相手だったんだから、負けたってしょうがなかった』と思いたいはずよ」
「そういうもんかね?」
「そういうもんよ。それにぶっちゃけると、私も見たいかな。忍がプロ野球界のヒーローになるところ」
「『甲子園のヒーローになるところを近くで見たい』っていう願いを叶えたら、今度はプロ野球か。強欲聖女め」
「ふっふっふっ……。人間の欲望は……夢は果てしないのだ」
「優子のお願いなら、しょうがねえな」
俺は教員採用試験の受験を延期して、プロ志望届を提出した。
最終回まで、残り2話!
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