第50話 背、追いついたね
チュンチュンという、雀の鳴き声で目が覚める。
もう朝か……?
体が重いな。
これは試合の疲れじゃない。
優子が、その……ひと晩中寝かせてくれなくて。
【交合魔力循環】の効果は、劇的だった。
2人でひとつになってすぐ、
「あ! 私、魔法使えるようになった」
って優子が言い出したんだ。
あいつ、すぐに【回復魔法】を発動させて初めての痛みをなくしやがった。
そして俺を回復させながら、【避妊魔法】も使って何度も何度も……。
底なし聖女め!
そりゃ気持ち良くなかったかと聞かれれば、ものすごく気持ちよかったんだけど。
ものには限度ってもんがあるだろ?
ひどい。
俺、初めてだったのに。
めちゃくちゃにされちゃった。
二度寝するつもりだったのに、視線を感じる。
ゆっくりと、瞼を開けた。
「おはよ、忍」
体にシーツを巻き付けた聖優子が、ニコニコと笑顔で俺を見つめていた。
やたら顔色がよく、肌がツヤツヤしてやがる。
俺の方は、ゲッソリしてるんだろうな。
顔の感覚でわかる。
「延長12回までの力投、素晴らしかったですね」
「やめろよ、恥ずかしい」
「忍は体格小さいこと気にしてるけどさ、あっちはメジャーリーグ級の……」
「だからやめろって」
シーツに包まって隠れる俺に、優子が抱きついてきた。
暖かい。
「……ん? ひょっとして……。忍、ちょっと立ってみて。鏡の前に行こう」
「なんだよ急に」
優子は裸にシーツのまま。
俺は上半身裸のまま、スタンドミラーの前に並んで立つ。
優子、綺麗だな……。
神々しい。
まさに【聖女】だ。
俺の方は、相変わらず貧相な体……。
いや、そうでもないか?
筋肉量、高校入ってから少しは増えたかな?
体の各パーツが、ひと回り太くなったような気もする。
……あれ?
「やっぱり。忍の身長、この数ヶ月でかなり伸びてるよ。ちょうど私と同じくらい」
「いつの間に……。これ以上は伸びないもんだと、諦めていたのに」
「どう? 身長に対するコンプレックスは、なくなった?」
「そうだな。優子が『身長なんて関係ない』って言ってくれたから、もう気にならない」
「私も胸が小さいからって、気にしないわ。『大きさより形』って、本音だったのね。昨夜はあんなに夢中で、私の胸を……」
「また、そういうことを言う……」
デコピンをかましてやろうと思ったのに、優子は素早く身をかわした。
相変わらず、逃げ足が速い。
おなじだ。
両想いだったことが発覚して、男女の関係になった。
それでも俺と優子の距離感は、何も変わらない。
いつも通りだ。
気まずくなんか、なりはしない。
「甲子園行きを決めたら、続きをしましょうね」
訂正。
優子が欲望に、忠実になった。
距離感、縮みすぎだろ。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
服を着て、聖邸の1階へと降りていく。
マジで赤飯が炊いてあって、凄く恥ずかしかった。
球也師匠は何も聞かず、俺の顔を見て親指を立ててくる。
師匠、なんでそんなにやつれてるの?
光さんが、やたら血色いいのも気になるし。
優子に年の離れた弟か妹が、できたりしないよな?
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
一旦自宅に帰ろうかとも思ったけど、その前に学校へ行ってみることにした。
今日は確か、グラウンドを野球部が使える日だ。
決勝前の休養日だから、練習の予定はない。
優子と軽くキャッチボールをして、スキルやレベルの力がどれぐらい戻ったのか確かめるつもりだった。
優子のジャージを貸してもらい、学校へ。
「えっ? 休養日なのに、どうして勢揃いしてるんだよ」
熊門高校のグラウンドに到着してみれば、野球部は全員集まっていた。
憲正に連れられて、プリメーラ姫も来ている。
顧問の豊山甘奈先生もだ。
「よお忍、優子ちゃん。いや~、なんだかじっとしていられなくてさ。軽い調整だけだよ」
楽しげにそう言いながら、小鳥遊はキャッチボールしていた。
他の部員達も、リラックスした表情で軽く体を動かしている。
その一方で、鋭い殺気を撒き散らしながら素振りをしている男がいた。
五里川原だ。
「忍兄貴……。準決勝では、援護できなくてすまなかった。面目ない」
「そんなことはないだろ? 五里川原やみんなが球数投げさせて、皇の体力と精神力を削ってくれたから憲正のホームランが出たんだ。ありゃ、全員で取った1点だぜ」
「それでも自ら点を取るのが、クリーンナップの仕事だ。スキルもレベルも封印されている状態で、ホームランを打った剣崎は凄い。オレも負けたくない」
「……わかった。明日の試合に差し支えないよう、ほどほどのところで切り上げろよ」
経験豊富な五里川原には必要ないかもしれないけど、一応注意しておく。
かなり気負っているからな。
大丈夫か?
五里川原って、かなり憲正をライバル視しているんだよな。
憲正の方も、そうみたいだ。
だからって、関係がギスギスしているわけじゃないけど。
お互いを尊敬し合う、理想のライバル関係みたいだ。
甘奈先生が「五里川原くんと剣崎くんの関係は萌えるのです!」と力説していたけど、腐海に引きずり込まれそうなので聞き流した。
俺が準備運動をしていると、憲正が駆け寄ってくる。
そしてキャッチャーミットで口元を隠しながら、ヒソヒソと囁きはじめた。
「忍。昨夜はどうだった?」
「ああ。上手くいったぜ。力を封印される前と、同じとまではいかない。だけどスキルやレベルの力が、ある程度解放された感覚はある。いまならかなり、人間離れした球を投げられそうだ」
「そうじゃなくて……。シたんでしょ? 優子と。上手く合体できたのかなって」
俺は無言で、憲正のケツを蹴り上げた。
この爽やかイケメン眼鏡。
外見に反して下世話すぎる。
「お前はオヤジか! ……ったく。そういうお前はどうなんだよ? プリメーラ姫と、【交合魔力循環】したんだろ? 童貞卒業、おめっとさん」
「いや、僕はとっくの昔に卒業してたよ。異世界にいた頃から、プリメーラとはそういう関係だったし。一緒に旅をしてて、気付かなかったの?」
こ……こいつ!
異世界の宿屋で、夜中に部屋を抜け出していたのはそういうことか!
けしからん!
「心配していたんだよね。優子のことだから、忍が決勝で使い物にならなくなるぐらい搾り取るんじゃないかって」
「ふん。お前も知ってるだろ? 俺はタフなんだよ」
優子に【回復魔法】かけてもらわなきゃ、ミイラになってただろうけどな。
「さて、無駄話は終わりだ。座れよ、憲正」
「いきなり? まずは立った状態からでなくていいの?」
「大丈夫だ。『イケる』と、魂の中にある【投擲】スキルが教えてくれている」
マウンドに登り、憲正のキャッチャーミットを見つめる。
――近い。
ホームベースまでの18.44mが、とても近く感じる。
俺は大きく振りかぶり、体を捻った。
明日はこのトルネード投法で、全てを吹き飛ばしてやる。
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