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第41話 スキルなしでも俺TUEEE王子

 ()(くに)学院の1番は、長身の左バッターだ。


 データによると見た目通りパワーがあり、長打も打てる。

 だけど出塁率がいいから、先頭打者(リードオフマン)を務めている。


 よその高校なら、3、4、5番(クリーンナップ)に据えられていただろうな。




 (けん)(せい)とサインを交換。


 キャッチャーミットを構えるあいつを見ていると、心が落ち着いていく。




 ――そうだ。

 スキルやレベルの力を封じられたぐらいで、俺は何を焦っていたんだろう?


 そんなもの、昔は持っていなかったじゃないか。


 勝負に使える武器は、何でも使う。

 だけど強力な武器を持っていない時は、あるもので何とかするしかない。


 野球も人生も、そんなもんだ。

 中学時代から、そう考えていた。


 小柄で肩の弱い俺に、皇や優子、師匠みたいな速球は投げられない。


 だからって野球を、投手(ピッチャー)を諦めることはできなかった。

 諦めるには、野球というスポーツは面白すぎた。


 それに球威のない俺でも、やれることは色々ある。


 ピッチャーの使命は、速い球や鋭い変化球を投げることじゃない。


 アウトを取ること。

 相手に点を取らせないこと。

 チームを試合に勝たせることだ。


 アウトを取る手段は、三振以外にも色々と存在するのが野球の面白いところ。




 なかなか投球を開始しない俺に、相手打者は戸惑っていた。


 12秒以内に投げないと、ルール違反になってしまう。


 だけど大丈夫。

 まだ時間はたっぷりある。


 その間に、相手打者をよく観察しろ。


 呼吸のリズムはどうなっている?

 眼球の動きは?

 (まばた)きのタイミングは?

 筋肉の動きは?


 一瞬、相手の集中力が途切れたのを感じた。


 俺はすかさず投球を開始する。


 大きく体を(ひね)る、左のトルネード。


 俺のトルネードは、威力のある球を投げるためのフォームじゃない。


 体を捻り、球の出どころをわかりにくくする。

 打者のタイミングを、狂わせるためのトルネードだ。




 打ち気を逸らされたところに投じられた、高めの球。


 しかもこの打者が得意とする、外角。


 本能的に、バットが出る。




 勢いよく、打球が飛んだ。


 うへえ。


 【(とう)(てき)】スキルがないと、俺の球ってピンポン球みたいに飛ぶな。




 中堅手(センター)()()(がわ)()が、大きく後退(バック)する。


 だけどフェンスを越えることはなく、打球はグラブの中へと収まった。


 これでワンナウト。




 ふう……。

 狙い通り、センター飛球(フライ)を打たせたぞ。


 相手打者は、首を傾げながら引き上げていく。


 ダメだぜ。

 そのリアクションで、認識できていないのが丸分かりだ。

 今のがわずかに変化する、カットボールだったことを。




 続く2番打者。


 今度は1番打者の時と逆だ。


 相手が打席に入り、打撃体勢を取った瞬間に投げてやる。


 クイックリターンピッチにならない、ギリギリのタイミング。


 バットがピクリと動くけど、止まった。

 見送ってストライクだ。

 打撃体勢は取っても、心の準備がまだできていなかったな。


 どうだい?

 ど真ん中を見送ってしまった感想は?


 イラっとしたかい?

 それとも後で監督から怒られるかもしれないと、焦ったかい?


 気の毒なアンタには、こいつをプレゼントだ。




 スプリットフィンガード・ファストボール。


 俺のは速球(ファストボール)なんて、呼べた代物じゃないけど。




 速いゴロが転がった。


 名手小鳥遊(たかなし)が捕って、一塁送球。


 ツーアウトだ。




 3番。

 危険なバッターだ。


 春季大会までは、こいつが4番を打っていた。


 正直言って、まともに勝負したくない相手。




 ……なので、変化球から入る。




 スローカーブを2球続けた。


 外角低め(アウトロー)ギリギリの球で、きっちりストライクを取る。




 遅い球に目を慣らしてから、内角高めのストレート。


 120km/hにも満たない球を、火の国学院の3番が空振りした。


 しかも大きく振り遅れている。


 そうさ。

 ストレートで大事なのは、球速じゃない。


 打者に速く感じさせることだ。




 ――思い出した。


 これが俺のピッチングだ。




 力で相手をねじ伏せることができない俺は、ずっと制球力(コントロール)や緩急を磨いてきた。


 細かい駆け引きを。

 相手打者を観察する眼を。

 間の取り方や呼吸を追求してきた。




 【投擲】スキルなんてチートなものを得たせいで、忘れていたんだ。


 そりゃ、師匠から「雑なピッチング」って怒られるわけだ。


 剛速球や魔球みたいな変化球を投げられるようになっても、それを最大限に生かせなきゃ意味がない。




 ネクストバッターズサークルで控えていた(すめらぎ)は、俺のピッチングを見て薄ら笑いを浮かべていた。


 情けない球威だとでも、思っているんだろう。

 マグレでなんとかスリーアウトを取れた、危なっかしいヘボピッチャーだと。

 2回裏が回ってきたら、自分がホームランを叩き込んでやると。

 そんな風に考えているんだろう?




 そうはいかねえよ。






○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●






 2回表。

 熊門の打者は、3者連続三振に倒れた。




 その裏。

 火の国学院の攻撃。


 打順は4番、皇(おう)()からだ。


 大歓声が巻き起こる。


 ヒーローの1打が、試合を動かす。

 みんなそう期待していた。




 申しわけありませんね、観客の皆様。


 俺は性格が悪いんですよ。




 ベンチに対して、サインを送る。


 どうやら優子監督も、同意見のようだ。




 観客席から、大ブーイングが巻き起こった。

 火の国学院の応援団からだ。




 ――申告敬遠。


 4球投げることなく、皇を一塁に歩かせる。




 皇は、勝ち誇った顔をしていた。

 「逃げた」と思われたんだろうな。


 いいぜ、別に。

 チームが試合に勝てるなら、俺とお前の個人勝負なんてどうでもいい。




 皇に続く5番打者は、気合が入っていた。


 そうカッカしなさんな。

 あんたを舐めていたわけじゃなく、皇と勝負したくなかったんだよ。

 あいつはバッターとしても、全国最強クラスだからな。




 低めのシンカーを投げた。

 相手5番打者は、引っ掛けてピッチャーゴロを打ってしまう。




 一塁は余裕でアウトのタイミング。


 二塁は間に合わない。

 皇は足も速いからな。


 打球は遊撃手(ショート)方向に飛んでいる。

 普通に右手のグラブで捕って左手で投げたんじゃ、間に合わない。




 ――みんなそう思ったはずだ。




 俺は右手のグラブを外して、素手でキャッチをした。


 そのまま右投げで二塁送球。

 アウトだ。


 さらに二塁手(セカンド)()(かい)(どう)が、一塁転送。


 1-4-3の併殺(ダブルプレー)




 相手チームや観客だけじゃなく、味方も驚いているな。


 【投擲】スキルを失ったいま、両投げはできないと思い込んでいたんだろう。






 俺は元々、右利きだ。


 (ひじり)親子の真似をして、左で投げているに過ぎない。






お読みくださり、ありがとうございます。

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