第39話 曇り空の下、皆はエースを信じていた
「痛い! 痛い! 尻が割れる! お主は……【聖女】ユウコ! いつの間に我の拘束を抜け出したのだ!」
「【聖女】の魔力を、甘く見ないで欲しいわね。魔神サキ! 忍の童貞は諦めなさい! 先約がいるのよ!」
やめろ優子!
童貞とか言うな!
……っていうか、先約って誰だよ!?
もう少し、マシな言い訳を考えてくれ!
「優子……。助けてくれたのはありがたいけど、バットを暴力に使うのは感心しない」
「大丈夫よ。これは野球用じゃなくて、バラエティー番組とかでお尻をシバく専用に作られたやつ。ポリエステル製よ」
野球用じゃないならいいか?
……いや。
ウチの【聖女】様は、なんでそんなモノを【アイテムストレージ】に入れてるんだ?
怖い……。
「おのれ、ドS聖女め! 我の邪魔をする気か? ……フンッ!」
魔神サキは優子に向かって、何かを握り締めるような動作をする。
すると光の魔法陣が、優子の足元に浮かび上がった。
「え……? 何よこれ? ち……力が……。失われていく……」
「くくく……。異世界の力を、封じさせてもらったぞ。これでお主は魔法を使うことはおろか、鍛えたレベルによる身体能力も発揮できぬ」
「な……なんですって……?」
「ついでにお主達も、力を封じさせてもらおう。……ハアッ!」
うっ!
俺と憲正の足元にも、魔法陣が……。
体がみるみる重くなっていく……。
「ぬっ? そこの赤頭。お主もスキルの恩恵を受けているな? 魔王竜から、莫大な経験値を得たのがきっかけか。……オリャ!」
ああ……。
五里川原まで……。
「どうだ? 【投擲】スキルや身体能力を、封じられては困るだろう? お主達はこの後、火の国学院との大事な試合が待っているのだからな。シノブ・ハットリが我の番になると約束するなら、封印を解いてやってもよいぞ? ハァッハッハッ……ぴぎゃあああっ!」
高笑いする魔神サキの尻に、優子が2発目のケツバットを見舞った。
「な……なんでスキルもレベルも封印したのに、こんなに痛いのだ! ……ええい! もう絶対に、封印を解いてはやらん! 火の国学院から、ボコボコにされるがいい!」
サキは捨て台詞を吐くと、ローブをバサリとひるがえす。
次の瞬間には、控室から姿を消していた。
なんてこった……。
火の国学院との準決勝戦を前にして、スキルやレベルの力が使えなくなるなんて……。
これじゃ俺は、三流投手だ。
異世界召喚前、最後に測った球速のMAXは115km/h。
こんな球速で、県内最強打線を抑え込めるはずが……。
「あ……あの……。服部くん? 優子ちゃん? 事情を説明してもらえるのです?」
あっ。
そういや甘奈先生や部員達が、見ていたんだっけ。
もう異世界や魔神、スキルやレベルのことを隠していても仕方ないな。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
「……というわけなんです」
俺は甘奈先生と野球部員一同に、これまでのことを語って聞かせた。
異世界アラミレスでの冒険。
魔神サキの討伐。
異世界から帰ってきても、なぜかスキルやレベルの力が使えたこと。
五里川原も、スキルやレベルの恩恵を受けていたこと。
そしてスキルやレベルの力を、たった今封じられてしまったこと。
「にわかには、信じがたい話だよな……」
「すごいのです! すごいのです! ファンタジーなのです! 異世界召喚なのです! キャーッなのです!」
半信半疑という反応なのが、高校1年生の小鳥遊。
無条件に信じてはしゃぐのが、社会人の甘奈先生。
普通、逆じゃね?
「みんな……ごめんな。【投擲】スキルの力がなきゃ、俺は球威のないへっぽこピッチャーなんだよ。とてもエースなんて器じゃない」
俺はみんなに、深く頭を下げた。
きっと部員一同、騙されていたように感じただろう。
「はあ? 何言ってるんだよ? 要は異世界召喚前……4月頃の肉体スペックに、戻ったってだけだろ?」
「剛速球が封じられたから何? コントロールは、スキルとか取得する前から凄かったし」
「球種もめっちゃ多かったよね。シビれる試合になりそうだけど、何とかイケると思うよ?」
……え?
なんだこの反応?
どうしてみんな、そんなに楽観的なんだ?
小鳥遊が、グラブで背中をポンと叩いてきた。
「俺らさ、入部した時から忍がエースになるもんだと思ってたぜ。初条なんかより、ずっと打ちにくそうな投手に見えたもん。火の国学院の皇よりもな」
「いや……、さすがにそれはないだろ? 皇はMAX160km/h台の怪物だぞ?」
「はぁ~、わかってねえな。とにかく、守備を信頼して思いっきり投げろよ」
「おいおい。俺に登板させる気か? 肩の強いお前や五里川原、右働が投げた方が……」
「忍が先発して投げ抜く。打順もいじらない。それでいいよな? 優子ちゃん?」
小鳥遊は、監督の優子に同意を求めた。
優子、冷静になってくれ。
今の俺じゃ、県内最強を誇る火の国学院打線を抑えるなんて……。
「よく考えたら、まったく問題ないわね」
「なにバカなこと言ってるんだよ? 負けたら甲子園への道が閉ざされるんだぞ? もっと勝てる可能性がある投手起用を……」
「エースが投げる以上に、勝率上がる采配があるわけないでしょ?」
ニコリと聖女スマイルで微笑む優子。
どうしてそんなに、俺なんかのことを……。
「熊門高校のエースはあなたよ。服部忍。これは監督命令。勝ってきなさい」
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
球場上空は、今にも雨が降り出しそうな曇り空だった。
湿度が高い。
ボールに指がかかりやすくなるから、スピンをかける系の球は生きるだろう。
逆にフォークやチェンジアップみたいな抜いて投げる球は、イマイチかもしれない。
1回表は、俺達熊門の攻撃だ。
スキルもレベルも封じられた俺は、打者としてのスペックも低下している。
それなのに、打順は重要な1番のままだ。
打席に入り、マウンドを見上げる。
皇王牙の背中が見えた。
背番号は1。
エースの証。
チッ。
春季大会の時より、デカく見えるぜ。
試合開始と同時に、ブラスバンド部の演奏が始まった。
国民的野球アニメの主題歌だ。
勇壮にアレンジされた哀愁メロディが、大音量で響き渡る。
強豪の火の国学院は元より、今日は熊門の応援団も凄い規模だな。
ありがとう、校長。
生徒のみんな。
こりゃ、簡単に負けるわけにはいかないよな。
皇は振りかぶりながら、微かに唇を動かす。
声が聞こえなくてもわかるぜ。
いつもの「ひれ伏せ」だろ?
目がそう言っている。
ただでさえ身長差があるのに、まだ見下さないと気が済まないのか?
絶対ひれ伏してなんかやらねえ。
耳障りな風切り音。
向かってくる剛速球を、俺は睨みつけた。
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