第33話 あいつ、しれっと変化球投げてますぜ
130km/h以下のストレートのみで、松橋暮井戸打線を完封せよという無茶指令。
それを達成すべく、俺は1回の裏を無安打無失点に抑えた。
バットに当てられてすらいない。
「忍兄貴……。兄貴が投げているのは、本当に直球か?」
攻守交替する時に、五里川原が話しかけてきた。
「ちゃんとフォーシームのストレートだぜ? 変な回転は、一切かけてない。キレイなバックスピンだ」
「そのバックスピンが、尋常じゃない気がするんだが……。ハンディキャップマッチの時、オレに投げた魔球。あれを投げていないか?」
ギクギクぅ!
さすがは五里川原だな。
優子と憲正しか、魔球の正体は見破れないと思っていたのに。
「黙っとけよ? 両エースとも、ストレートオンリーの熱い試合。……観客の皆様には、そう思わせたいだろ?」
「ファンサービスか。観客は、気付いていないだろうな。ストレート勝負に見えて、実は変化球を投げているということに。しかも、両エースともだ」
ニヤリと笑った五里川原は、コーチャーズボックスへと走って行った。
へえ。
リーゼントさんの球にも、気付いていたか。
理解しているなら、次は打てるだろう。
憲正もたぶん、次は打つ。
俺ももちろん、打つ自信がある。
ネタが割れてしまえば、簡単だ。
松橋暮井戸のエース、理威善斗が投げているのはストレートじゃない。
ムービングファストボールだ。
ストレートの速度で来て、打者の手前で小さく、鋭く変化する。
それでバットの芯を外され、球が重く感じるというわけだ。
俺がバントを失敗した時は逆。
外したつもりが変化して、芯に当たってしまった。
あまりに球速が速く、変化するタイミングが遅く、変化量が小さいから、ストレートじゃないことに気付いた打者はごく少数だろう。
……っていうか、投げてる本人も気付いていないんじゃないかな?
変化方向が、毎回バラバラなんだよな。
スライダー変化だったり、シュート変化だったり、縦スラ変化だったり。
ボールの回転が、安定しない。
こりゃ、狙って投げてるんじゃなさそうだ。
天然だ。
「厄介な球ってことに、変わりはない。俺達スキル持ち以外は、打てないかな……」
なんて呟いた、次の瞬間だった。
4番小鳥遊が、クリーンヒットで出塁した。
「打ちやがった……。あの難しい球を……」
「ああ。僕が『ムービング系の球だよ』って、伝えたからね。そりゃ、打つでしょ」
平然と憲正は言うけど、俺は驚いている。
そりゃ小鳥遊は熊門の中じゃ上手い方だけど、普通の人間だ。
スキル持ちじゃない。
続く5番の二階堂は、送りバント……と見せかけてヒッティング。
得意のバスターだ。
これで走者は一、二塁。
6番の左方は、フォアボールを選んで出塁した。
リーゼントさんの球は、荒れ球だからな。
こうなる確率も高い。
おいおい。
満塁じゃないか。
ここで左バッターボックスに立つのは、三宮。
俺とは低身長仲間だ。
こいつの方が、5cmも高いけど。
くそう……。
小柄な割に、長打が多い三宮。
打率もいい。
満塁だし、こりゃ得点が期待できるかな?
球場内が、悲鳴に包まれた。
松橋暮井戸応援団を絶望の底に叩き込む、満塁ホームラン。
「ええ……? なんでみんな、打てるんだよ?」
「そりゃ忍の球で、いつもバッティング練習してるからでしょ? ムービング系の変化球は、忍の方がずっとエグいし」
憲正の発言に、全員がうんうんと頷く。
……そうなの?
2回表を終わって、スコアは4-0。
熊門リード。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
試合は進んで、5回の裏だ。
「ストライクスリー!」
松橋暮井戸の5番打者、スキンヘッドの大男が空振りする。
バットの軌道は、ボールの下だ。
あれだけやかましかった松橋暮井戸応援団も、今は静まり返ってしまっている。
俺達は、リーゼントさんの球を攻略した。
2回以降も得点を重ね、11ー0でここまできている。
もうツーアウト。
10点差以上ついているから、次の打者を抑え込めば5回コールドになる。
6番打者のリーゼントさん。
あんたを最後の打者にしてやるぜ。
俺の球を、リーゼントさんは豪快に空振った。
理解ができないという表情だな。
そのスイングじゃ、打てないぜ。
俺の「ライザー」は。
五里川原をも打ち取った魔球の正体は、ライザー、ライズボール、ライジングボールと呼ばれる類の変化球。
ソフトボールでは実在するけど、野球のボールと投げ方では実現不可能だと言われている。
上に浮きあがる変化球だ。
あり得ない方向の変化だから、五里川原みたいに経験豊富な打者ほど幻惑される。
実はこれ、ボールの回転方向はストレートと全く同じだったりする。
球速を捨てて、バックスピンをかけることに全振りしたストレート。
それが俺のライザーの正体。
本当に浮きあがっているわけじゃない。
全然沈まないから、浮きあがってくるように錯覚するだけだ。
普通の投手が投げるストレートは、空気抵抗で多少は落ちる軌道になるからな。
バックスピン量が多く、回転軸の傾きが少ないストレートほど落ちにくい。
かつてプロ野球に、「火の玉ストレート」と呼ばれる球を投げるピッチャーがいた。
バックスピンが凄くて全然落ちないから、浮き上がって見えたという。
その「火の玉ストレート」を、もっと極端にしたのが俺の「ライザー」だ。
リーゼントさんが、渾身のスイング。
かなりボールの上を振っているつもりなのは、マウンドからでも見て取れる。
それでもバットの軌道は、ボールの下。
スイングの勢いで、ヘルメットが脱げる。
理威善斗さんのトレードマークである、リーゼントヘアがバサりと解けた。
あれ?
この人リーゼントじゃない方が、イケメンじゃん。
観客席が大騒ぎになった。
……妙だな?
俺に対しては野次を飛ばしまくっていた、松橋暮井戸応援団。
そいつらが、大歓声と拍手を向けてくる。
なんで?
どうして?
観客の視線を追って、背後の大型オーロラビジョンを振り返った。
『完全試合』
※5回コールドのため、参考記録
おいおい。
デカデカとテロップ出しやがって。
高校生の試合で、こんな過剰演出は有り得な……。
え?
ウソ?
俺、パーフェクトピッチングだったの?
完封する気で、投げてはいたけど。
そういや失点どころか、安打を打たれていない。
観客だけじゃなく、松橋暮井戸ナインも俺の記録を称えてくれた。
何だよ。
意外と爽やかな奴らじゃないか。
へへっ。
あんまり個人記録にこだわりはないけど、みんなが喜んでくれるのは嬉しいぜ。
1番嬉しかったのは、ベンチに引き上げた時だ。
「うん。大変よくできました」
優子監督の満足げな笑顔。
それを見れて、俺も大満足だよ。
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