第32話 リーゼントの本体は前に出っ張ってる部分じゃなくて、後頭部の合わせ目だって知ってますか?
梅雨が明け、強い日差しが降り注ぐ。
やかましい蝉の鳴き声が、季節の到来を教えてくれていた。
――夏。
全国高等野球選手権大会の季節。
甲子園の季節だ。
「おお? テメエ何ボーっとしとるんじゃ? やる気あんのか? ゴラァ!」
県大会1回戦。
舞台は藤川台県営野球場。
雲ひとつない青空の下。
夏の始まりを堪能していた俺は、現実に引き戻された。
正面に立っている男が、ガンを飛ばしてくる。
理威善斗。
松橋暮井戸高校の主将。
ウチの五里川原が霞んで見えるぐらい、コッテコテのヤンキーだ。
野球帽のツバを押し上げて、リーゼントヘアがニュッと顔を出している。
こいつだけじゃない。
荒れていることで有名な、松橋暮井戸高校。
そこの野球部は、選手全員がこれでもかっていうぐらいヤンキーだ。
スキンヘッドで、顔に大きな傷がある奴。
五里川原の4倍は、髪の毛を逆立てた奴。
こいつ、どうやってヘルメット被るんだ?
ロン毛の陰キャっぽいヤンキー。
ガムをクチャクチャしながらニヤつく、ピアスだらけマン。
パンチパーマ&ひげ面のオッサン臭い不良などなど、バリエーションに富んでいる。
誰もが挑発的な態度で、俺達熊門ナインの前に整列していた。
「キミ達! 相手を挑発するような発言や態度は、慎みなさい!」
あ。
審判さんに、怒られてる。
ざまぁ。
「松橋暮井戸ナインだけでなく、熊門のキミもだ! 視線で相手を威嚇するのは、やめなさい!」
あらら。
五里川原も怒られた。
松橋暮井戸側にいても、おかしくない風体だからなぁ。
審判さん。
勘弁してやって下さい。
そいつ結構、真面目な奴なんです。
髪型もウチの学校では、校則違反じゃないんです。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
1回の表。
まずは俺達、熊門高校の攻撃だ。
マウンドで投球練習しているのは、松橋暮井戸のエース。
リーゼントヘアの理井善斗さん。
ダイナミックなマサカリ投法の速球派右腕だ。
「グッ! レイトォオオーー!!」
暑苦しい叫び声とともに、速球が投げられる。
【鑑定魔法】によると、球速は151km/h。
速いな。
そしてやっぱり、審判さんに注意されている。
雄叫びぐらいは黙認されているけど、リーゼントさんのあれは威嚇行為だからな。
毎球あんなに長く叫ぶのは、やり過ぎだ。
投球練習が終わり、1番打者の俺は左打席に入る。
マウンド上のリーゼントさんを見て呆れた。
ボールの握りを、俺に見せている。
――予告ストレートだ。
「ワシゃあ、ストレートしか投げんぞぉ!」
……マジか?
この人。
ズドン! と重い音を立てて、ボールがキャッチャーミットに収まった。
俺はバットを振らない。
よく見ていこうと思っている。
この藤川台県営野球場。
春季大会の頃より、遥かに設備が充実していた。
なんと、大型オーロラビジョンが設置されている。
そこにデカデカと、球速表示が出ていた。
高校生の試合。
しかも県大会の1回戦でスピード表示が出たり、オーロラビジョンが作動しているなんて異例のことだ。
噂によると、金生マネーが動いているらしい。
スピードの測定方法も従来のスピードガンじゃなく、最新式測定器のホークアイを使っているんだとか。
ビジョンに表示された球速は、154km/h。
観客席が沸いた。
熊門の応援団は少ないけど、松橋暮井戸は大勢来ている。
観客席は、暴走族の集会場みたいになっていた。
あっ。
リーゼントさん、また審判から注意されている。
予告ストレートも、挑発行為だよな。
退場になったり没収試合になったりしないか、こっちが心配しちゃうぜ。
ふうむ。
リーゼントさんの球、ちょっと気になるよな。
県内では有名な投球なんで、事前に情報は仕入れている。
150km/hオーバーの剛腕投手だしな。
だけど俺が引っかかったのは、球速じゃない。
対戦した打者達が口を揃えて、「球がめちゃくちゃ重かった」と証言していることだ。
ちょっと試してみるか。
俺はバントの構えを取った。
リーゼントさんの制球は良くない。
かなりの荒れ球だ。
あちこちのコースに散ってる分、的が絞りにくい。
それでもストレートしか来ないと分かっているなら、バントするのなんてそう難しくは……。
あれ?
バントはボールの勢いを殺さなくちゃいけないのに、強い打球になっちゃった。
ピッチャーゴロで、打ち取られる。
人類リミッターを解除して走ればセーフにできるけど、公式戦でやるのは危険だな。
人体実験&解剖、絶対ダメ。
セーフティバント、失敗だ。
おかしいな?
リーゼントさんの球は重いと評判なのに、手応えが妙に軽かった。
バットの芯で、ボールを捉えたみたいな感触だ。
芯じゃなくて先の方に、当てたはずなのに。
続く憲正と五里川原も、凡退した。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
1回の裏。
松橋暮井戸高校の攻撃。
熊門の投手は俺だ。
チェンジの時に、優子監督から司令が下されていた。
ううっ。
実行したくない。
審判さんから、怒られる。
とはいえ監督命令なので、渋々実行した。
ボールの握りを、相手打者に見せつける。
予告ストレート返し。
観客席の松橋暮井戸応援団が、怒りを爆発させた。
「クソチビがぁ! 何様のつもりじゃあ!」
「理威さんの真似するなんざ、100万年早いわぁ!」
「吐いた唾飲まんとけよ! ドサンピンが!」
「うるぁああ! どるぁああ! ぶるぁああ!」
こいつら……。
うるせぇええっ!
「黙れ!」という意志を込めて、観客席をひと睨み。
そして睨んできた審判さんには、平謝り。
すみません。
すみません。
ウチの監督が好戦的で、ホントに申し訳ありません。
気を取り直して、第1球。
予告通り、ストレートを投げる。
ピアスだらけマンのバットが、空を切った。
「しっかりせんか~!」
「そんなチビ、いてこましたれ~!」
「理威さんと比べたら、ハエが止まるほど遅かぞぉ~!」
観客のキミ達。
あんまり野次飛ばすと、退場させられるよ。
リーゼントさんと比べたら、球速遅いのは事実だけどな。
振り返って、オーロラビジョンの球速を確認した。
『125km/h』
うん。
狙い通り。
予告ストレート以外にも、優子からは司令が下されていた。
昨日のミーティング時点でだ。
球種はストレートのみ。
球速は130km/h以下。
この条件で、松橋暮井戸打線を完封せよ。
「……ったく、無茶言ってくれるぜ。ウチの監督様は」
ベンチに視線をやれば、聖優子の笑顔が見えた。
テレビで観た、プロ野球選手時代の球也師匠そっくりだぜ。
狂暴スマイルだ。
優子のは、狂暴でも可愛いけど。
キュートな監督に勝利を献上するべく、俺は2球目のストレートを投げ込んだ。
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