第31話 限られたこの時間を、少しでも長く9人で
梅雨に入った。
雨が続き、多くの学校はグラウンドが使えない。
だけど俺達熊門高校野球部には、そんなの関係ないぜ。
豪雨の中、練習は続く。
だけど部員の誰1人、濡れてはいない。
なぜならここが、ドーム球場内だからだ。
「遊撃手!」
気合いの入った掛け声とともに、ノッカー優子の打球が飛ぶ。
ショートバウンドした打球を、小鳥遊が捕った。
二塁カバーに入った二階堂へ、グラブトス。
二階堂の奴、素手で受け取ってジャンピングスローしやがった。
それを一塁手の一ツ橋が捕球。
一ツ橋は左利きで背が高く、股関節も柔らかい。
足をガバッと開いた、「タコ足」体勢でキャッチ。
長く伸ばされた右手のファーストミットに、最短距離でボールが収まる。
試合なら、6-4-3のダブルプレー。
「いいね! いいね! 今のタイミングなら、メジャーの盗塁王達でも併殺にできるわ!」
優子に褒められて、テンション爆上がりな内野陣。
単純な奴らだぜ。
それにしても、みんなどんどん上手くなるな。
異世界式練習法が、効いているんだろう。
練習の時に、【魂育の首飾り】を着けさせているんだ。
これは魔物を倒した時得られる経験値を、2倍にするアイテム。
地球には魔物がいないので、意味ないアクセサリーかと思いきや、そんなことはなかった。
地球でも、人々は密かにレベルアップしている。
大気中に薄く存在する魂の力――経験値を、取り込んでいるんだ。
球也師匠がレベル18だったのが、いい証拠。
俺達が異世界召喚されて最初にステータスオープンした時も、レベルは6~9だったしな。
【魂育の首飾り】を着けた状態でトレーニングを行うと、大気から経験値を取り込む効率が上がる。
首飾りは6つしかないから、スキル持ち以外のメンバーに優先して着けさせていた。
野球が上手くなるお守りだと、誤魔化して。
「オラァ! 投手! ボサっとすんな!」
鬼軍曹モードな、優子の打球が飛んでくる。
ピッチャーの守備範囲とは言えないような打球を、俺は飛びついてアウトにした。
「忍! 素敵よ! 相変わらず、最高の守備ね!」
俺も単純だな。
優子から褒められると、どうしようもなくテンションが上がるぜ。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
俺達野球部は、金生邸で寝泊まりするようになっていた。
常に合宿状態だ。
全然辛くはない。
「実家より快適だ」という部員が多数だったりする。
全員が豪華絢爛な個室を与えられて、綺麗なメイドさん達が身の回りの世話をしてくれる。
お風呂は荘厳な大浴場。
ハードな練習の疲れが、お湯に溶けて流れ去る。
食事はトレーナーに徹底管理されているものの、出される料理はものすごく美味しい。
この環境で、帰りたいなんて言い出す奴は……。
「右を見ても左を見てもメイド……。ここは悪魔の館だ。帰りたい」
いた。
実の兄貴をメイドさん達に取られて、嫉妬の炎を燃やしている五里川原だ。
実はこの金生邸こそ、兄貴が入り浸っているという金持ちの屋敷だった。
金生さんと五里川原の兄貴は、仲良しなんだ。
弟が敷地内にあるドーム球場で練習していると知って、兄貴は見にこようとしたらしい。
だけど弟の方は、「来なくていい。メイドさん達と遊んでろよ」と冷たく突き放した。
反抗期だ。
ツンデレだ。
金生邸の廊下を移動中、ゴリラヤンキーは俺に愚痴ってきた。
「忍兄貴。オレはやっぱり、メイドさんが嫌いだ」
「えっ!? そんなです!」
背後からの声に驚いて振り返ると、メイド服を着た豊山甘奈先生が立っていた。
先生も責任教師として、俺達と一緒に金生邸で寝泊まりしてくれているんだよな。
至れり尽くせりなお屋敷を、堪能しているみたいだけど。
「せっかく予備のメイド服を、借りてきたのにです……」
「いや……。よく似合っている。先生は兄貴を取った、憎いメイドさん達とは違う。嫌いじゃない」
五里川原がそう励ますと、甘奈先生は嬉しそうに飛び跳ねた。
だから、揺れてるんですって。
甘奈先生。
「甘奈先生のメイド服、可愛いわよね。ねえねえ、忍。あなたもメイド服、好き? 私も着てあげようか?」
なぜか優子もノリノリで、コスプレしようとする。
――メイド服より、聖女の神官服姿を見せてくれ。
喉まで出かかった言葉を、なんとか飲み込んだ。
欲望をど真ん中に投げ込んで、「この変態が!」と痛打されるのはゴメンだ。
優子の問いには、「別に……」と答えておいた。
するとなぜか、聖女様は不機嫌になる。
女の子って何考えてるのか、わからねえ……。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
俺達は学生なので、学業も疎かにはできない。
夜は毎日、屋敷の大部屋で勉強会が開かれる。
成績学年トップの俺が教え役。
教師と学生野球指導者を目指す俺にとって、これは貴重な経験だ。
もちろん現職教師である、甘奈先生も教えてくれる。
熊門で3年間学年トップだった、遠藤先輩も教えてくれる。
しかもこの屋敷には、弁護士にして公認会計士というとんでも頭脳なメイドさんもいる。
この人が、ウチの校長を支配下に置いているんだそうだ。
彼女も勉強を教えてくれる。
こりゃあ合宿しまくっている方が、みんな成績良くなるんじゃねえの?
勉強し終わった後は、就寝まで誰かの部屋に集まってダベったりしている。
内容は野球の話だったり、好きな漫画や音楽の話だったり、恋愛話だったり。
強肩おデブ、右翼手の右働は食いしん坊だ。
美味しいお店の情報を、やたら持っている。
俺も今度、行ってみよう。
憲正と同じく眼鏡キャラの二塁手二階堂は、野球漫画博士。
金生邸にも、百冊以上の蔵書を持ち込んでいる。
みんなで回し読みした。
プレーも性格もナルシスティックなところがある、左翼手左方。
こいつは今、「ナローシュ」というハードロックバンドにハマっているらしい。
ミュージックプレイヤーで聴かせてもらったけど、カッコ良かった。
小さな強打者の三塁手、三宮。
こいつは男子高校生のくせに、エロいことに免疫がない。
実はドスケベ&おっぱい星人である剣崎憲正のエロトークについて行けず、顔を真っ赤にしていた。
一塁手の一ツ橋は、のんびりしている。
自分から積極的には話さないけど、いつも他人の話をニコニコしながら聴いてくれる癒し系だ。
隙あらばヨガのポーズを取るという、変なところもあるけど。
遊撃手の小鳥遊は、彼女が8人いる罪で布団ぐるぐる巻きの刑に処された。
モテない男子高校生達の怒りを、舐めるなよ?
このヤマタノオロチが。
「なんかさ……楽しいよね、忍」
就寝するために、自室へと引き上げていく俺と憲正。
廊下を歩きながら、幼稚園来の親友はしみじみと呟いた。
「ああ、充実しているよな」
「こんな日々が、ずっと続けばいいのに……」
「ずっとは続かないさ。俺達高校球児には、3年間しか時間がない。限られた時間だからこそ、みんなと過ごせる一瞬一瞬を大切にしたいよな」
「3年……。3年か……。僕にはもう、今年しか……」
「ん? どうしたんだ? 憲正?」
「いや、何でもないよ。みんなで甲子園に行こうね、忍。限られたこの時間が、少しでも長く続くように……」
憲正はいつも通り爽やかに笑って、割り当てられた自室の中に消えていった。
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