第30話 虹の向こうへ
「相談は終わったの? 何か秘策でもある?」
「とっておきのヤツがありますよ。遠藤先輩、怪我しないよう気を付けてくださいね」
遠藤先輩も心配だけど、優子も心配だ。
【装備品保護】スキルがあるから、キャッチャーミットが破壊されることはない。
だけど、衝撃はかなりのもんだからな。
【結界魔法】で軽減するって言ってたから、大丈夫だとは思うけど。
「遠藤先輩って、レーサーなんですよね?」
「そうよ。車にバイク、パワーボート、何でも乗ってきたわ」
「今までに乗った中で、最速のマシンって何km/hぐらい出てました?」
「F15戦闘機かな? マッハ2.5」
……それってレーサーが乗るものなの?
戦闘機パイロットでもあるのか。
無茶苦茶なメイドだな。
「それじゃマッハ2.5の世界を、生身で体験していただきましょうか」
人類リミッターを解除。
超音速の球を投げてやる。
よく考えたら、スキルやレベルの力を見せてもいいんだよな。
金生さんや遠藤先輩には。
異世界に理解があるし。
というわけでレベル298の身体能力と、【投擲】スキルランク10の力を解放。
これがジェット戦闘機の速度域だ。
俺の手から離れた次の瞬間、ボールはキャッチャーミットに収まっていた。
轟音とともに、ドーム球場内の芝生が波打つ。
「うっそぉ! 何ソレ!?」
さすがの遠藤先輩も、グレーの瞳をまん丸にして驚いた。
「優子、遠藤先輩、金生さん。誰も怪我していませんか?」
「大丈夫よ、忍。私の【結界魔法】を信じなさい」
さすが【聖女】。
優子は自分の手だけじゃなく、遠藤先輩や金生さんも魔法で守っていた。
このスピードだと、衝撃波が発生するからな。
【結界魔法】なしでは、遠藤先輩と金生さんは吹っ飛ばされてしまう。
「……服部くん、ギブアップだ」
「ちょっと、ご主人様! あたしはまだ、諦めていないわよ!」
「夢花、あれはお前でも打てない。ケガしないよう、大人しく降参しなさい」
「……わかったわ。ねえ忍くん。ギブアップするから、もう1球だけ今の剛速球を見せてくれない?」
遠藤先輩にも、プライドがあるんだろう。
スピードの限界域で生きる者のプライドが。
超音速の球でも、せめて視認するぐらいは達成したいってところか?
「見るだけですよ? 危ないから、打ちに行ったりしないでくださいね」
念押ししてから、振りかぶる。
アフターバーナー全開。
F15イーグルストレート。
ボールは再び、超音速の世界へ。
「やめろ! 夢花!」
金生さんが叫んだ時、すでに遠藤先輩はバントの構えを取っていた。
嫌な音がした。
くの字に曲がった金属バットが、宙を舞う。
クルクルと、現実味なく。
遠藤先輩は数メートル吹き飛び、動かなくなった。
「夢花!」
「遠藤先輩!」
俺も金生さんも、ぐったりした遠藤先輩に駆け寄る。
「2人とも離れて! 【回復魔法】!」
淡い光が、遠藤先輩を包み込んだ。
助かった。
死人でも生き返らせると言われる反則級回復術士、【聖女】優子がこの場には居るんだ。
「大丈夫。脳震盪と、手の骨折だけ。遠藤先輩、とんでもない頑丈さね。私の【回復魔法】なら、あっという間に全回復よ」
「ありがとう。夢花は俺の、大事な家族なんだ」
金生さんが、うっすら涙を浮かべている。
やがて遠藤先輩は、ゆっくりと目を開けた。
「遠藤先輩、すみませんでした」
「なんで忍くんが謝るのよ。あたしの方こそごめんなさい。意地になって、忠告を無視しちゃったわ」
遠藤先輩はそう言ってくれるけど、俺は申し訳なさに押し潰されそうだ。
自分の投球で。
野球のボールで。
人を殺しかけた。
「夢花……。あまり心配をかけないでくれ」
「ご主人様……。言いつけを破って、ごめんなさい……。いつものえっちなお仕置きは受けます」
「俺が、いつ、お前に、そんなことを、した?」
喋りながら、金生さんは遠藤先輩のほっぺたをグイグイ引き伸ばす。
フガフガ言いながらも、なんか嬉しそうだな。このメイド。
「服部くん、優子ちゃん。勝負は俺達の負けだ。きみたちは、素晴らしい力を持ったアスリート。ドーム球場の使用許可と、野球部への支援を約束しよう」
金生さんから提示された支援策は、とてつもなく手厚かった。
金生邸敷地内にある、全ての施設の使用許可。
ウェイトトレーニング設備や体育館、プールもだ。
学校まで、送迎バスを出す。
部員1人1人に、専属のトレーナーを付ける。
食事を完全に管理して、食費も金生さんが出す。
ボール、ユニフォーム、その他備品は購入し放題。
スポーツ用品メーカーに掛け合って、部員1人1人に専用設計のグラブやバット、スパイクを作らせる。
……おいおい。
プロ野球選手だって、ここまで手厚い支援は受けられないと思うぞ。
弱小校の野球部に、何十億円つぎ込む気だ?
「金生さん。どうして俺達に、そこまでしてくれるんですか?」
「OBとして、母校の野球部を応援したくなるのは普通だろう?」
『えっ!?』
俺と優子だけじゃなく、遠藤先輩まで一緒に叫んだ。
「ご……ご主人様って、熊門の卒業生だったの?」
「言ってなかったか? ついでに言うと、のりタン先生や珠代ちゃんも熊門の卒業生だぞ」
「ウチの屋敷、あたしの先輩だらけじゃない……」
それってつまり、俺や優子の先輩だらけってことでもあるんだよな。
「服部くん。企業がなぜアスリートを資金援助するのか、考えたことはあるかい?」
「いいえ。宣伝になるからですか?」
「もちろんそれもある。だけどそれ以上に、みんな夢が見たいんだよ」
……そうか。
わかった気がする。
俺達アスリートは分身なんだ。
スポンサーの代わりに夢の舞台に立ち、スポンサーの代わりに戦う。
そして一緒に勝利を掴む。
スポンサーは、夢にお金を出すんだ。
ならば、それに報いるためには――
「……俺達は勝ちますよ。勝って甲子園に行きます」
俺の宣言に、金生さんは満足げに頷いた。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
金生邸から帰るバスの中。
俺と優子は並んでシートに座っていた。
窓から外を見ると、ひどい雨が降っている。
さっきまで、晴れていたのに。
「忍。遠藤先輩にケガさせたこと、気にしているの?」
「当然だろ? 俺は自分の球で、人を殺しかけたんだぞ?」
思い出すと、背筋が凍る。
ぐったりして動かなかった、遠藤先輩。
もし優子が、側にいてくれなかったら……。
「俺は自分の力が……、異世界の力が怖い。こんなに恐ろしいものを、野球に使っていいんだろうか?」
「何をいまさら。中学時代から、口癖のように言ってたじゃない。『勝つために、使えるものは全部使う。反則以外は何でもやる。それが戦う相手への礼儀だし、ゲームを面白くする』って」
「だけど……」
突然優子が、俺の手を握り締めてきた。
「服部忍。あなたは強打者遠藤夢花を打ち取り、エースピッチャーとしての使命を果たした。金生氏からの支援を取り付け、主将としての使命も果たした。誰にも文句は言わせない。この私が言わせない」
「……ありがとうな、優子」
優子の手は、温かかった。
バスを降りる頃には、雨は止んでいた。
通り雨だったらしい。
「見て! 忍!」
優子に言われて、遠くの空を見つめる。
大きな虹がかかっていた。
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