第25話 黄昏空の下、聖女はエースを信じていた
「ば……馬鹿な……。ワシはセクハラなど……」
「断っているのに、しつこく何度も食事に誘われたのです。『野球のことを、ワシが教えてやるから』と。他にはスリーサイズを聞かれたり、下着の色を聞かれたり、『何を食べたら、そんなに胸が大きくなるんだ?』と言われたり。実際に、胸やお尻を触られたこともあったのです」
「そ……そんなこと、ワシは言っておらん! しておらん!」
おー、おー。
将野の奴、バックレる気か?
そうはいかないぜ?
「校長先生。実は、こんな画像があるんですけど……」
どこから出したか気付かれないよう注意しつつ、俺は【アイテムストレージ】からスマートフォンを取り出した。
画面を校長に見せる。
むりやり将野の車に連れ込まれようとしている、甘奈先生の姿が映っていた。
もはやセクハラというより、誘拐だな。
「服部くんの親戚には、プロの探偵さんがいるのです。相談したら、陰からガードをしつつセクハラの証拠を撮影してくれたのです。この時は探偵さんが駆けつける前に、自力で逃げられたのですが……」
ごめん、甘奈先生。
親戚の探偵って、それ嘘。
俺自身が【隠形】スキルで隠れながら、ガード&情報収集してた。
授業とか部活の練習で手が離せない時は、【分身の術】を使って分体に見守らせていた。
こういうのは、【忍者】の得意分野だぜ。
「ふ……ふざけるなぁ! この女ァ! デタラメを!」
将野は甘奈先生に襲い掛かった。
いつの間にか、手には金属バットが握られている。
俺は先生を庇おうとした。
だけどそれより早く、立ち塞がった男がいる。
五里川原がバットのヘッドを掴み、動きを止めていた。
「先生、大丈夫か?」
「へ……平気なのです。五里川原くん、ありがとうなのです」
甘奈先生の顔が赤い。
たぶん五里川原を「攻め」にした、BL漫画のアイディアでも浮かんだんだろう。
「しょ……将野監督! 生徒達への問題ある指導に、本校教師へのセクハラ……。おまけに目の前で暴力事件を起こされては、擁護できません」
「ち……違います、校長! これは暴力ではなく、聞き分けのない小娘への指導で……」
もう聞くに堪えない。
これ以上喋らせとくと、五里川原がぶん殴っちゃうかもしれないしな。
【隠形】スキルを発動。
さらに一般的な地球人には捉えられないスピードで、将野の背後に接近する。
そして素早く間合いを外した。
「あがっ! うぐっ! がががが……」
将野は泡を吹いて気絶した。
はた目には、持病かなんかの発作に見える。
実際には俺が、危険なツボに指を突き立てたんだ。
周りの人達には、何が起こったのか見えていない。
見えたのは、優子と憲正ぐらいだろうな。
五里川原や師匠でも無理だ。
「これはいけない。誰か救急車を呼んでください」
ピクピクする将野を抱き支えながら、俺は知らん顔で指示を出した。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
将野が救急車で搬送されていった後、解散となった。
奴がこのままクビになるのは、間違いない。
野球部の新しい体制は、明日ミーティングをして決める。
俺は優子と一緒に下校していた。
憲正はいない。
他に寄るところがあるらしい。
「パパの車で、一緒に帰ろう」
と師匠が提案してきたのに、
「パパの車狭いし、乗り心地悪いからパス」
と、優子は断ってしまった。
球史に残る偉大な守護神は、泣きながらスーパーカーで走り去った。
こうして俺は、優子と並んで歩いている。
空はもう暗く、星が見え始めていた。
……最近少し、優子との身長差が縮まった気がする。
そう信じたい。
「なあ、優子。なんで師匠は、俺のピッチングに不満そうだったんだろう?」
「う~ん、そうね。忍ってさ、パパの投球スタイルに憧れ過ぎよね。剛速球と、切れ味鋭い変化球で三振を取りまくる……みたいな?」
俺が憧れているのは師匠……というより、聖優子の投球スタイルなんだけどな。
師匠と優子のピッチングは、瓜二つだ。
「投手なら誰でも、憧れるスタイルだろ? これぞ本格派って感じの」
「憧れたり真似したりするのは構わないけど、それにばかりこだわらなくてもいいと思う。昔から忍は忍で、凄いピッチャーだったよ。皇なんかより、ずっとね」
そんなバカな。
異世界に行っていなけりゃ、俺の球速はMAX115km/hだった。
下手すりゃ、小学生に負ける。
「私達が異世界行く前から、パパは言ってたよ。『忍のストレートは、俺と変わらないぐれぇ速えって』」
「さすがにそれは、師匠の欲目だろう。MAX166km/hの元プロと、比べるなよ……」
「こうも言っていたわ。『スピードガンなんて、まやかしだ』って」
確かに、球速が全てじゃないと思う。
だけど速い球を投げられるというのは、それだけで強力な武器だ。
キャッチャーまでの到達時間が短くなり、相手打者が判断する時間を奪える。
「女の子が凄いって褒めてるんだから、素直に喜びなさいよ~」
「スキルやレベルが、自分の力じゃないとは思わない。これは戦いの中で、コツコツと積み上げた力だからな。だけどさ、ここは地球なんだ。徐々に異世界の力を失ったり、ある日突然使えなくなる可能性だってある。そうなったら俺は、三流ピッチャーだよ」
「この卑屈王子め。賭けてもいいわ。スキルとかレベルがなくなっても、忍は勝てるピッチャーよ。火の国学院打線が相手だって、完封しちゃうんだから」
「またそういう、根拠ないことを……。賭けるって、何を賭けるんだよ?」
「忍の童貞」
「この性悪聖女! いたいけな男子高校生を、からかいやがって!」
鞄で軽くどつこうとしたら、優子はヒラリと身をかわした。
ケラケラと笑いながら、自宅に向かって駆けていく。
それを追って、俺も走り出した。
幼稚園の頃から、ちっとも変わらない関係。
もどかしいけど、心地よい距離感。
俺は優子のことを異性として好きだけど、この想いはしばらく胸に秘めておこう。
今の関係を、壊したくない。
黄昏空の下を駆ける、聖優子。
俺の憧れる竜巻。
マウンドの【聖女】。
その背中を、追いかけ続けた。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
優子を送って、聖邸に着いた。
相変わらずの豪邸だ。
球也師匠がプロ野球選手時代に稼いだ金を、投資家の奥さんが資産運用して増やしたんだ。
聖家は、とんでもないお金持ちだったりする。
「忍のバカ……。俺の優子たんを、取りやがって……」
門を開けると、半泣きの師匠が出迎えてくれた。
「私、パパのものじゃないし」
「うぉおおおん! 娘が反抗期だぁ~! 忍! お前のせいだぞ! お前なんかに、娘はやらないからな! お前が婿に来い!」
「いや。意味がわからないっスよ、師匠」
聖親子のからかいには、付き合い切れないぜ。
さっさと帰ろうとしたのに、聖一家に引きとめられた。
優子の母である、光さんからもだ。
晩御飯を、食べていけという。
この一家、全員がものすごく食うんだよな。
俺に出された料理も、かなりの量。
パンパンなお腹を抱えて、帰路につく羽目になった。
お読みくださり、ありがとうございます。
もし本作を気に入っていただけたら、ブックマーク登録・評価をいただけると執筆の励みになります。
広告下のフォームを、ポチっとするだけです。




