第23話 チート級ピッチングをしたつもりが、なぜか師匠はご機嫌ナナメです。ゴリラの起用法を間違えた監督に、勝利の女神は微笑まない
ようやく3つ目のアウトを取られて、チェンジになった。
3つとも、バットを持たない球也師匠から取ったものだ。
俺と憲正は、1回もアウトになっていない。
1回表を終えた時点で、点差は10-0。
大量得点回もいいところだな。
こんなに一方的な展開なので、俺は将野に提案した。
「俺達、今後の攻撃を放棄します」
「放棄するとは、どういうことだ?」
「残り27個のアウトを取るまで、そちらが一方的に攻撃し続けていいってことですよ。3アウト時点でランナー残塁なら、チェンジのつもりで一旦帰ってもらいます。そうしないと、残塁したまま打順が回ってきちゃうかもしれないんで」
「投手のお前は、ずっと投げ続けることになるぞ?」
「おかまいなく。俺はタフなので。それに15個目のアウト時点で10点差なら、5回コールドになります」
コールドありって言い出したのは、将野だからな。
「馬鹿にするな!」って怒るかと思ったのに、将野は特別ルールをあっさり了承した。
この条件ならまだ勝ち目があると、本気で思っているのかもしれない。
「さーて。遠慮はしないぜ? 小鳥遊」
マウンド上から、相手1番バッターを見下ろす。
俺が一緒のチームにいる時は、4番の小鳥遊。
こいつは本来、先頭打者タイプなんだ。
自軍ベンチを、チラ見する。
師匠、見ていてくれよ。
俺はあなたのトルネードで、甲子園にいく。
この試合は公式戦じゃないから、他校の目はない。
剛速球解禁だ。
162km/h。
160km/h。
165km/h。
いけね。
ついうっかり、高校生最速を更新しちまった。
まあいいか。
スピードガン構えている奴なんて、いないだろう。
ストレートのみで、3球三振。
わあっ! と大歓声が上がる。
あれ?
いつの間に、こんな沢山の観客が集まったんだ?
続く2番打者、二階堂。
優子の【回復魔法】によって、膝はもう完治している。
こいつはバントやバスター、カット打法といった小技が上手く、足も速い。
今回は、小技なんて使わせないぜ。
160km/h台のストレートだけで、3球三振。
観客の声援が、さらに大きくなる。
やっぱ剛速球は、ロマンなんだな。
……あれ?
師匠が不機嫌だ。
ベンチで口を、への字に曲げている。
ここからはクリーンナップ。
3番打者は助っ人の巨漢ピッチャー、砂賀だ。
リーチが長い分、内角は苦手だろう。
膝元へのストレートで、1ストライク。
打者が最も速く感じる、内角高めへのストレートで2ストライク。
そして……。
砂賀のバットが、勢いよく空を切る。
聖球也直伝。
伝家の宝刀フォークボール。
ワンバウンド寸前まで、ストンと落とした。
どうよ?
師匠?
俺、めっちゃ球速くなっただろ?
「こらぁ! 忍! 俺ぁお前を、そんな投手に育てた覚えはねえぞ~! 雑なピッチングしてんじゃねえ!」
ええっ?
怒られた?
「憲正も、リードが甘いぞぉ! 忍の球威に頼るな!」
憲正も?
うーん。
そんなに雑な組み立てだったか?
球数も節約しないといけないし、ストライク多めに投げるのは当然だろ?
守備もバッテリーだけだから、打たせて取るピッチングはできないし。
……ハッ!
師匠のコレって、大丈夫か?
アドバイスは、プロアマ規定違反にならね?
師匠にこれ以上喋らせると、高等学校野球連盟の逆鱗に触れかねない。
よーし。
リクエスト通り、丁寧なピッチングで黙らせようじゃないか。
3アウトを取ったけど、打ち合わせ通り相手の攻撃が続く。
4番、捕手砂歴。
かつて将野のチームが甲子園出場を果たした時も、4番打者はこいつだった。
コーナーを厳しくついていく。
失投で、ど真ん中に行ってしまった……と見せかけてフォーク。
ワンバウンドを空振りさせる。
ストレートとフォークを織り交ぜて、狙いを絞らせない。
最後は高めのストレート。
砂歴はボールのだいぶ下を、空振りした。
どうよ?
最盛期の師匠を、再現してみせたぜ。
優子のピッチングスタイルも、こんな感じだ。
自軍ベンチの師匠を見やれば、「そうじゃねえ」って顔をしていた。
なんだよ?
師匠は一体、何をさせたいんだよ?
悩みながらも俺は、5番から8番をあっさり打ち取った。
さて。
次の9番打者は、五里川原だ。
あいつが9番とか、意味が分からない。
そりゃあ9番は上位打線との繋がりを考えて、出塁率の高い打者を持ってくる作戦もあるんだけど……。
将野のこれは、違う。
どうせ五里川原が反抗的だから、なるべく打席に立たせたくないんだろう。
将野の奴、私情バリバリな選手起用だな。
ゴリラの持ち腐れだぜ。
五里川原にだけは、打たれる可能性が高い。
元から強打者だし、レベルとスキルの恩恵で身体能力は超人だ。
バッテリーしか守備のいない俺達にとっては、ちょっとしたゴロでもすぐ失点になる。
なのでこいつには、奥の手を使わせてもらう。
俺は右手のグラブを外し、左手に嵌めた。
将野の奴、驚いてやがる。
ちょっと観察すれば、わかったことだろう?
このグラブが、左右両方の手に装着できる両投げ用だって。
右バッターの五里川原は、右投げでお相手するぜ。
まずは初球。
五里川原の体をめがけて、160km/hの球を投げる。
「……っ!」
さすがは五里川原。
ちょっと仰け反っただけだ。
初条みたいに、すっ転んだりしない。
俺の高速スライダーは、ほとんど沈まない。
大きく真横に変化して、ストライクゾーンを通過した。
右打者にとっては、見えにくい球だろう?
さらにもういっちょ、高速スライダー。
1球目と違い、横手投げから投げる。
しかも、ピッチャープレートの右端から。
横方向に、角度が付くぜ。
右打者にとっては、背中からいきなりボールが飛び出してくるように感じる。
いかに超人的な身体能力を持っていたとしても、見えなきゃミートできないはずだ。
ツーストライクと追い込まれて、五里川原は打席を左に移した。
ふーん。
そうくるか。
ウチの部ではほとんどの打者が、左右両方素振りをする。
身体のバランスを整えるためだ。
五里川原だって、左も振り込んでいる。
だけど憲正や小鳥遊みたいな両打ちじゃないから、付け焼き刃の左に過ぎない。
それでもセンス抜群なバッターだから、油断出来ないけど。
「大サービスだ。魔球を見せてやる」
ピッチャープレートの右端から、五里川原の内角を抉る。
対角線投法だ。
通常クロスファイヤーは、速い球で勝負するのが定石。
だけどこれは、140km/h。
今まで投げてきた、160km/h台のストレートよりは遅い。
もらったとばかりに、鋭くスイングする五里川原。
バットの遥か上を、ボールは通過した。
空振った五里川原は、不思議そうな顔をしている。
スリーアウト。
9個目のアウトだから、3回裏が終わったのと同じ。
将野軍は、無得点だ。
そして俺はまた淡々と、アウトを取り続ける。
15アウト目。
6番打者の左方を打ち取った。
普通の試合なら、5回終了。
この時点で10点差がついているから、コールドゲーム成立だ。
五里川原は、2回目の打席に立てなかった。
もっと前の打順にしておけばよかったのに。
将野監督はたった2人相手に、甲子園出場経験のある助っ人を加えた9人で挑み、負けた。
それも5回コールドで。
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