第2話 高校球児の球速は、短期間に驚くほど伸びる。MAX115km/h→マッハ7
「罰走100周、終わりました。キャッチボールに入ります」
「お……おう」
周回数をカウントしていた先輩は、混乱していた。
日が暮れるまで走らせてやろうとか考えてたんだろう。
こんなに早く終わるとはね。
正直言って俺自身も、少し混乱している。
足、速すぎだろう。
憲正の言う通り、異世界で魔神と戦った記憶は夢じゃないっていうのか?
だとしたら……。
「おい、憲正。ちょっと目立たないところに行くぞ」
俺はグラブを掴むと、グラウンドじゃなくて部室棟の裏へとやってきた。
キャッチボールには充分なスペースがあるけど、建物の陰になっていて人目につきにくい。
立ったままの憲正に向かって、軽く投球。
異世界へ行く前と、そんなに球威は変わらない。
イメージ通りの軌跡を描いて、ボールはキャッチャーミットに収まった。
「忍の球……、普通だね」
「ああ。まだ全然、力を入れてないからな」
小学校時代から投手を務める俺だけど、肩は弱い。
左投げじゃなかったら、他のポジションにコンバートされていただろうな。
相変わらずのヘロヘロ球だ。
返球してくる憲正の球も、ふわっとしたもの。
こいつもあんまり、肩が強くない。
だけど……。
「レベルが297で、【投擲】スキルもMAXのランク10まで上げた。そんな俺が全力投球すると、どうなるかな?」
「絶対やめてよ? 僕のキャッチャーミットが、バラバラになっちゃう」
「ボールも大気との摩擦で、燃え尽きるだろうな。……いや、やっぱ大丈夫かも? 俺達は、【装備品保護】のスキルも取得していただろう?」
俺は異世界でもピッチャーらしく、投擲を武器に魔物と戦っていた。
接近戦で忍刀を振るうこともあったけど、苦無や手裏剣みたいな飛び道具がメイン武器だ。
それで飛び道具の攻撃力を上げるために、【投擲】スキルっていうのを取得したんだけど……。
異世界行きが夢じゃなく、地球でもスキルの効果が発揮されるとしたらヤバい。
向こうの世界で、野球のボールに似た魔導武器を全力投球したことがあった。
その時は、マッハ7が出たからな。
「まずはちょっとだけ、力を入れて投げてみたら?」
「そうだな。ちょっとだけ、ちょっとだけだ」
憲正は座って構えた。
キャッチャーミットに向けて、俺は投げる。
全力投球には程遠い。
だけどさっきよりは、ほんの少しだけ力を入れて。
轟音がした。
テレビで見た戦車の発砲音が、こんな感じだったな。
あまりの音量に、頬がビリビリと震える。
俺の球が、ミットに収まった音。
「ちょっとだけって、言ったのに……。キャッチャーが僕じゃなかったら、ミンチになってるよ」
「いや……。本当にちょっとだけしか、力を入れなかったんだよ」
地面の砂が吹き飛んで、俺と憲正の間には綺麗な線が引かれていた。
「球速は3638km/h。音速を超えちまった」
【投擲】スキルの恩恵だ。
自分が投げた飛び道具の速度は、1km/h刻みで測定できる。
「忍……。こんな剛速球、試合では使えないよ」
発生した衝撃波で、部室棟の窓ガラスが割れていた。
投球の度に衝撃波が発生したんじゃ、試合にならない。
バッターや球審が死ぬ。
憲正じゃなかったら、キャッチャーも即死だ。
【装備品保護】のスキルがなかったら、俺のユニフォームも破けていただろう。
マウンド上で、全裸になるのは勘弁して欲しい。
「今の音は何?」
ジャージ姿の美少女が、部室棟の陰から顔を覗かせた。
穏やかだけど、意志の強さを感じさせる瞳。
長く艶のある髪を、腰まで伸ばしている。
邪魔にならないよう、毛先だけ括っていた。
聖優子。
野球部のマネージャーにして、俺や憲正の幼なじみ。
そして異世界では、【聖女】という職業で勇者パーティの回復役を務めていた。
……異世界行きが、俺や憲正の夢でなかったらの話だけど。
「この惨状は……。忍。あなたスキルを使って、全力投球したのね?」
割れたガラスと砂が吹き飛んだ地面を見て、優子は呆れたようにため息をつく。
「お前も異世界に行ってたのか?」なんて、訊ねるまでもなかった。
間違いない。
優子も異世界帰りだ。
「いや、全力を込めたわけじゃ……」
「どちらにせよ、力加減をミスったんでしょ? しょうがないわね……。【回復魔法】」
周囲に光の粒子が舞い、割れた窓ガラスが再生した。
地面も元通りだ。
優子の【回復魔法】は、生物以外も修復することができるんだよな。
「まさか魔法まで、発動するとはね……。異世界に行って魔神を討伐したのは、やっぱり夢じゃないのか?」
「何を言ってるのよ、忍。あれが夢であるはずないでしょ? もっと現実を見なさい」
優子の隣で、憲正もウンウンと頷く。
どうしてファンタジー異世界に懐疑的だった俺が、「現実を見なさい」なんてお説教されなきゃいかんのだ。
普通は逆だろ?
憮然としていたら、もう1人やってきた人物がいた。
「……こっちの方から、何か凄い音がしたような……? おい! チビワカメ! ノッポ! 何サボってやがるんだ! 罰走はどうした!?」
先ほど竹刀で俺の顔面をぶん殴った、3年生にして野球部主将の初条だ。
「罰走は終わらせました。2年の先輩に聞いて下さい。サボってなんかいませんよ。キャッチボールをしていました」
「うるせえ! 上級生の言うことに、『はい』以外の返事をするんじゃねえ!」
ならば、「はい」と素直に答えられそうなことを言って欲しいもんだ。
「チビワカメ。生意気なテメエには、気合を入れてやる」
「あっ、初条先輩。右手はやめておいた方が……」
忠告も聞かず、初条は俺の腹を殴りつけた。
「痛ってえええっ! テメエ! 腹に何か仕込んでやがるな!?」
「いえ、カチカチに鍛えているだけですよ」
ほら、やっぱりこうなった。
初条もピッチャーなのに、暴力振るって利き手を傷めるなんて論外だ。
うーん。
どうするかな?
正直、2、3年の先輩達って邪魔なんだよな。
俺の野望である、夏の甲子園出場を目指すためには。
初条とかは、戦力になりそうだと思っていた。
だけど俺と憲正がスキルの力で無双した方が、勝利に近づける気がする。
それよりも、こいつらが野球部に居座るデメリットの方が大きい。
下級生への暴力は日常茶飯事だし、顧問の先生にはセクハラするし、タバコや万引きの常習犯もいる。
このままだといつか不祥事で、野球部全体が処分されちまう。
今夜あたり、先輩達全員を暗殺してしまうか?
【忍者】の職業持ちである俺ならば、不可能じゃない。
お読みくださり、ありがとうございます。
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