第19話 自軍監督こそ最凶最悪の敵
中間テストの結果が出た。
熊門高校は今どき珍しく、廊下に成績上位者の名前が張り出される。
「う~ん。ちょっと点数取り過ぎたか?」
俺の成績は、学年1位。
【記憶力UP】や【思考加速】スキルの恩恵だ。
もちろん、毎日コツコツと勉強してるっていうのもある。
あんまり高得点を、取るつもりはなかったんだけどな。
大学進学を希望しているけど、教育学部のある大学ならどこでもいい。
そこに合格できるだけの学力があれば、充分だ。
「ちぇ~っ。忍に負けちゃったか。あの問題で、掛け算ミスしてなかったらな~」
学年2位だった優子が、唇を尖らせている。
中学の時から、優子の方がずっと成績は上だった。
「お前問題解き終わった後、見直ししないで寝てただろ? 詰めが甘いぜ。それだと勝負の世界では、足元をすくわれちまう」
「忍って昔っから、物事に対して慎重で丁寧よね」
「『持たざる者』の戦い方ってやつさ」
並んで貼りだされている、俺と聖優子の名前。
その隣に位置する学年3位は、剣崎憲正だ。
「憲正、学年トップぐらい取れよ。野球部内での成績トップは捕手だって、相場が決まってるだろ? 眼鏡キャラなら、なおさらだ」
「ははっ、何それ? 忍の偏見じゃない? 僕は大学進学しないから、学校の勉強はそこそこでいいんだよ」
「そりゃ、初耳だな。日本プロ野球でも、目指すのか?」
元から憲正は、隠れた好打者だった。
異世界からの帰還後は、超人的な強打者だ。
捕手としてのインサイドワークは元から上手いし、肩だって反則的に強くなった。
打てるキャッチャーというのは、どこの球団でも欲しがるだろう。
「いや、NPBではないかな……」
「何だ? もったいぶって。俺にも話せない目標なのか?」
「時期がくれば話すよ」
そう言って笑顔を浮かべる憲正が、少し寂しそうに見えるのは気のせいだろうか?
「ゴリくんが、学年4位か……。彼、勉強に応用できそうなスキルは取得してなかったのに……」
「五里川原は、元から頭良かったんだろ? シニアで世界大会に出られるほど野球に打ち込んでおきながら、熊門に合格できるなんて相当なもんだぜ」
あのインテリヤンキー美形ゴリラは、成績発表を見に来てもいない。
硬派だ。
ブラコンだけど。
学年1位なんて面倒なものを取ったせいで、俺はやたら目立ってしまっている。
「服部くんって野球部のエースなだけじゃなく、勉強もできるのね! あたし数学苦手なんだけど、ちょっと教えてくれない?」
「あっ! 抜け駆けはずるい~! 私も! 私も教えて~!」
「私も勉強教えて。保健体育の実習とか、してみない? うふふふっ」
なんで女子ばかり集まってくる?
どうせなら、イケメンの憲正や五里川原から教わればいいのに。
「はいは~い! 忍は野球部の主将だから、忙しいのよ! 熊門に受かった秀才なら、勉強ぐらい自分達で何とかしなさ~い!」
集まってくる人垣を、優子が追い散らした。
そうだ。
いつまでも、こんなところでグダグダしちゃいられない。
早く野球部の部室に行かないと。
今日から監督が、やって来るんだった。
○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●
「ワシが将野だ。監督として、2回も甲子園出場を果たしたことがある。お前達のような頭でっかちのモヤシ共でも、ワシの言うことを素直に聞けば試合に勝てる。ワシに従え」
部室前で、新任監督の自己紹介。
初対面で確信した。
このジジイは、ハズレだと。
だからって、「チェンジ」とか言うわけにもいかない。
少しでもマシな関係を築き、少しでもマシな采配を振るってもらわないと。
面倒だけど、これも主将の仕事だ。
「主将の服部です。ご指導ご鞭撻のほど、よろしくお願いします」
爽やか高校球児を演じ、お行儀よく頭を下げる。
勝って甲子園に行くためなら、大人達のご機嫌を取るのなんて苦にならない。
そう思っていた。
「ん? お前が主将だと? お前みたいな童顔のチビが主将だと、他校から舐められるだろうが。交代だ。他の奴がやれ」
これにはさすがに呆れた。
「監督! 忍は部員全員から推薦されて、主将になったんです! 信頼されているんです!」
「マネージャー風情が、監督の指示に口を挟むな! 野球のことを、何も知らんくせに!」
怒鳴られて、優子は口をつぐむ。
ウチの部で1番野球経験が長い優子に、「野球を知らない」とは。
「おい。そこのデカいの! お前が主将をやれ」
「ふざけるな。忍兄貴を主将から外して、舎弟のオレがやれるわけないだろう」
「な……なんだその反抗的な態度は? それにその逆立てた赤頭……。高校球児なら、丸坊主にせんか!」
「知るか。熊門は去年から、頭髪は自由だ。校則違反じゃない」
五里川原の奴、監督相手でも全然引かないな。
頼むから、短気を起こして退部したりしないでくれよ。
「チッ! ならばそこの眼鏡ノッポ! お前だ! ちょっと貧相な体格だが、まあいいだろう」
なんだこの監督?
身長至上主義?
自分だって、身長低いくせに。
そりゃ身長高いと、色々有利ではある。
だけど身長だけで、野球に勝てるわけないだろ。
まあ、憲正が新主将になるのは幸いだな。
元々俺は、憲正を主将に推薦していたぐらいだし。
「僕なんかより、忍の方がずっとキャプテンに相応しいと思いますよ」
「つべこべ言うな! ノッポ! くそ! これだから進学校の頭でっかち共は……」
「わかりました。やらせていただきます。……これも将来に向けた、勉強か」
ふう。
何とかなったか。
俺が主将でなくなっても、大した問題じゃないだろう。
投手としての仕事に、専念できるとも言える。
「オラ! 何をボサっと突っ立っとる! 練習を開始せんか!」
「わかりました。ではいつも通り、念入りにストレッチから……」
「馬鹿者! 練習と言ったら、まずは走り込みに決まっとるだろう! 20kmの走り込みだ! その後裏山公園の石段で、ウサギ跳び10往復! ストレッチなんぞで、楽しようとするな!」
はあ!?
何言ってるんだコイツ!?
軽いウォーミングアップならともかく、20kmも長距離走やらせてどうするんだ?
俺達は瞬発力がモノを言う野球選手だ。
試合中ずっと走り続ける、サッカー選手とかじゃないんだぞ?
極めつけがストレッチの軽視と、ウサギ跳びの強要だ。
ウサギ跳びが百害あって一利なしの誤ったトレーニング法だなんて、今どき小学生でも知ってるぞ?
まずいな。
俺達が甲子園を目指す上で最大の障害となるのは、火の国学院なんかじゃないかもしれない。
将野監督は無能どころか、熊門高校野球部に課された重いハンデだ。
お読みくださり、ありがとうございます。
もし本作を気に入っていただけたら、ブックマーク登録・評価をいただけると執筆の励みになります。
広告下のフォームを、ポチっとするだけです。