第16話 無自覚王子とケツバット聖女
「あ……あの、服部くん……」
「はい。何かご用ですか?」
学校の廊下で、見知らぬ女子3人組から声をかけられた。
制服リボンに入っている刺繍の色からして、3年生だ。
ちょっと返事をしただけなのに、なぜか先輩方は「きゃあ♩」と悲鳴をあげた。
「き……昨日の試合、観てました。カッコよかったです」
「昨日の試合だけじゃなくて、紅白戦も見てたよ! スケベな初条をやっつけてくれて、スカッとした!」
「ノーヒットノーマンって、すごい記録なんでしょ~? 見ていてドキドキしちゃった~」
ノーヒットノーランな。
いちいち訂正しないけど。
そう。
俺は昨日の聖魔学舎戦で、ノーヒットノーランを記録してしまった。
実戦の中でチームに守備練習をさせようと、あれだけ打たせまくったのに……。
四球はいっぱい与えたし、味方のエラーで出塁させてしまうこともあった。
だけどそれは、ノーヒットノーランに関係ない部分。
安打は打たれていない。
聖魔学舎の誰も、本塁を踏めなかった。
一方攻撃面では、途中から点を取ることをやめた。
舐めプとか言うなかれ。
点差が開きすぎて、コールドゲームになったら困る。
チームにとって貴重な、実戦の場が減ってしまう。
俺達スキル持ち以外のメンバーは、本気で攻撃し続けたんだけど。
それでも聖魔学舎のエース、深海鉄心さんは打てなかった。
3連続バックスクリーン直撃を食らっておいて、それ以降の打者は平然とシャットアウトって……。
かなりの精神お化けだったな、あの人。
最終的には9回までやって、6-0で勝った。
6点は全部、俺、憲正、五里川原の3人で叩き出したものだ。
「先輩達、わざわざ球場まで観に来てくれたんですか? 応援ありがとうございました」
春季大会は、そんなに重要な大会じゃない。
強豪校だって、本格的な応援団は来ない。
まだ1回戦だし。
そんな中、わざわざ球場まで応援に来てくれたんだから感謝しなければ。
お礼を言っただけなのに、また3人組は「きゃあ♩」と叫びながら軽く飛び上がった。
「あ……あのう。服部くんって、彼女とかいるんですか?」
「……? いませんけど」
彼女になって欲しい子はいるけどな。
だけど、異性として意識されてないんだろうなぁ……。
優子からは。
弟みたいなもんだと、思われていそうだ。
先輩方の「きゃあ♩ きゃあ♩」が、最高潮に達する。
何でそんなに、盛り上がってるんだ?
「ねえねえ服部くん。野球部って、人手足りてる? マネージャーとか、たくさんいた方がいいんじゃない?」
おっ!
これはひょっとして、労働力ゲットのチャンスか?
俺はウキウキしていたのに、背後から冷たい拒絶の声が聞こえた。
「いえ! 間に合っています!」
我が部のマネージャー兼、コーチ兼、スコアラー兼、練習試合では選手の聖優子だ。
こないだの聖魔学舎戦では、監督代行までやっている。
顧問の豊山甘奈先生が、野球素人だからな。
野球歴12年の優子が、采配を取った方がいい。
……優子さん?
なんで教室掃除用の箒を、担いでいらっしゃるの?
「野球部マネージャーは、けっこう大変なお仕事なんですよ? イケメン選手狙いの浮ついた気分で入ってこられたら、迷惑です!」
先輩方を、箒でビシリと指す優子。
あー。
このキャーキャー3姉妹、そういう……。
気持ちはわからなくもない。
野球部には、2大イケメンがいるもんな。
インテリ眼鏡イケメン捕手、剣崎憲正。
ワイルド系イケメンマッチョ外野手、五里川原。
あいつら、顔面偏差値高すぎるぜ。
羨ましい。
「おまいう!」
「わっ! なんだ優子? 突然……」
「忍がまた、『お前が言うな』的なこと考えてそうだったから」
……???
優子との付き合いは長いけど、時々なに考えてるんだか分からないことがあるんだよな~。
「え~!? 私達、野球が好きだからマネージャーやりたいんだもん。服部くん狙いだなんて、勝手に決めつけないでよ」
「そ……そうです。野球部の力になってみせます」
「ちゃんと~、野球の勉強するんだも~ん」
キャーキャー3姉妹の抗議を受けて、優子の瞳がギラッと光った。
「へえ……、野球の勉強するんですか。いいでしょう。私が毎日問題を作って、テストしてあげますよ。もし合格点が取れなかったら……」
優子は箒をスイングした。
憲正や五里川原に引けを取らない、物騒な風切音が聞こえる。
「もし合格点が取れなかったら、お仕置きです。私のケツバットを受けてもらいます」
キャーキャー3姉妹は、「ヒッ!」と叫びながらお尻を押さえた。
俺も思わず、自分の尻を押さえてしまう。
「わ……私達、やっぱり観客席から応援してるだけでいいかな~」
「次の試合も、応援に行きますからね」
「ケツバットは嫌ぁ~」
キャーキャー3姉妹は、脱兎の如く走り去った。
廊下を走るなよ。
「フン! ミーハーどもが」
「ああ……。貴重な労働力が……。別に追い払わなくても……。野球ファンが増えるのは、いいことだぜ。憲正や五里川原目当てだったとしてもさ。ミーハーでもにわかファンでも、大歓迎だ」
「この無自覚王子め……。忍はどんな形であれ、野球に関わる人を増やしたいのよね」
「ああ。俺の夢は、知ってるだろ?」
夏の甲子園に行くというのも、確かに夢だ。
だけどそれは、優子や師匠の夢を代わりに……という面もある。
俺自身の夢は、教師になること。
それで学生野球の指導者になるんだ。
監督でも部長でもコーチでも、何でもいい。
野球の楽しさ、面白さを、多くの人達に伝えたい。
もっと野球人口を増やすんだ。
「忍……。私は好きよ……」
いきなり優子から言われて、ドキっとしてしまう。
騙されるな、俺。
きっとこの台詞には、続きがあるぞ。
「あなたの夢は素敵。野球に関わる人達を増やしたいっていう想い、大好き」
ほら、やっぱり。
ちょっと顔を赤らめながら言うとか、反則だ。
勘違いしちゃうだろ?
「最近は、野球人口も減る一方だからな。誰でも気軽に楽しく、野球ができる世の中にしたいぜ」
「『誰でも気軽に』……か……。あいつとは、真逆の考え方よね」
「ああ。あいつとは、相容れない。『野球は選ばれし者のスポーツだ。凡人は、グラウンドに立つ資格がない』って考え方だったからな……」
俺は廊下の窓から、空を見上げる。
あいつは背が高く、いつもこんな風に見上げないといけない存在だった。
俺が所属していた中学の野球部。
そこのエースだった男。
奴のおかげで、3番手ピッチャーだった俺の出番はなかった。
「見てろよ、皇……。いつかギャフンと言わせてやる」
「『いつか』って、意外と早いかもよ? 次の対戦相手、火の国学院だし」
「いくらあいつでも、1年の春季大会でいきなり登板させてもらえるかな? 火の国学院は、ピッチャーだけで20人いるって話だぜ?」
俺の宿敵である皇王牙の進学先は、火の国学院。
県内最強の私立校に、特待生としてスカウトされていた。
お読みくださり、ありがとうございます。
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