第12話 「ここはオレに任せて先にいけ(キリッ)」をやられてもなぁ……
学校の裏山にある公園。
夜空に響く虫の音をBGMにして、俺達は五里川原を静かに待った。
「……来たか」
俺が呟くと同時に、虫達の鳴き声がやんだ。
ゆっくりと石段を、上がってくる奴がいる。
まずは園内照明に照らされて、逆立てられた燃える赤髪が。
続いて、肉食獣のように光る両目が。
最後にバットケースを担いだ、筋肉質な巨体があらわになった。
「……フン。ずいぶん大人数で、お出迎えだな」
「我が部の副主将と、マネージャーだ。ぜひ、五里川原のバッティングを見たいそうだぜ」
優子と憲正は、ただ五里川原のバッティングを見にきただけじゃない。
憲正には、当然捕手を務めてもらう。
優子は【消音結界魔法】担当だ。
魔法で音を消さないと、近所から苦情が来ちまう。
硬球を打ったり捕ったりって、けっこう大きな音がするからな。
「まずは勝負の大まかなルールを決めようか? 五里川原。まさか本当に、1打席こっきりの勝負をする気か?」
投手対打者の勝負では、「3打席に1度打てればバッターの勝ち」とよく言われる。
だから1打席勝負は、五里川原に不利すぎる。
「1打席もあれば充分だ。どちらが上か決める勝負じゃなく、エースの力を見極める勝負だからな。……ついて行く価値が、あるのかどうかを」
五里川原は金属バットをケースから取り出し、素振りをする。
なんつう物騒なスイング音だ。
異世界の巨人族が振り回す棍棒の方が、まだ可愛げがある。
バッティンググローブやエルボーガードまで着けて、ずいぶん本格的だ。
俺も投球練習を開始する。
肩を作る速さには、ちょっとばかし自信があるぜ。
異世界召喚前からな。
5球も投げればもう、臨戦態勢だ。
「さあ、打席に立てよ五里川原。ショータイムだ」
奴は無言で、右打席の位置に立った。
キャッチャーは憲正、球審に優子だ。
2人とも、【アイテムストレージ】からマスクや防具を取り出して装着している。
まずは第1球。
おなじみ左のトルネードから、ストレートを投げた。
狙うは外角低め。
ストライクゾーンには投げない。
ボール1個分外す。
五里川原の奴、振ってきやがった。
打球は後ろに飛ぶ。
ファウルだ。
154km/hの球に、いきなり当てるとはね。
慎重に、ボール球から入ってよかった。
どうやらゾーンから少し外したぐらいでは、平気で打ってしまうらしい。
安打にする気満々だった五里川原は、ちょっと納得いかないような表情をしていた。
今の球に当てられた、俺の方が納得いかないぜ。
続く第2球。
1球目と同じ外角低め。
今度はストライクゾーンに入れる。
……と見せかけて、ツーシーム。
ちょっと変化して、ゾーン外に逃げる。
これにも、五里川原は当ててきた。
今度は前に飛ぶ。
だけど打球は切れてファウル。
ヤバいな。
カウントはツーナッシングと追い込んだけど、タイミングは合っている。
人類の限界内に収めたピッチングでは、打ち取れない可能性が出てきた。
ここはひとつ、アレを投げるか?
俺はグラブの中で、ボールを挟み込んだ。
聖球也師匠直伝のフォーク。
バッター直前で、鋭く大きく落ちる球。
こいつで空振りを奪ってやる。
俺から出したサインに、憲正も同意してくれた。
よし!
3球勝負!
そう気を引き締めた時だった。
俺達を照らしていた、公園照明が消えた。
暗くなってしまったので、投球は一旦中断。
園内を見渡すと、全ての照明が順番に消えていく。
……?
公園の消灯時間か?
それにしては、まだ少し時間が早いような……?
照明が消えてしまってからも、公園内はうっすら明るい。
今夜は満月だからな。
突然、背筋を電流が駆け抜けた。
【索敵】スキルに、何かが引っかかったんだ。
不意に夜の闇が濃くなる。
月明かりが遮られた。
「忍! 上!」
優子に言われるより早く、視線を夜空に向けていた。
巨大な影が、月を覆い隠している。
「魔王竜……」
懐かしくも感じる名前が、口から漏れた。
異世界アラミレス、魔神の領域奥深くにしか生息しない巨大な黒竜。
翼をはためかせれば音速を超えて飛行し、口から吐く暗黒の息吹は一瞬で都市を丸ごと焼き尽くす。
異世界の人類を脅かすドラゴン種の中でも、最強最悪。
それが魔王竜。
「優子! 【次元結界】!」
なんでこんな魔物が地球にいるのか、理由はわからない。
今はそんなことを考えるより、周辺への被害を出さないようにするのが最優先だ。
俺の指示を受けて、優子は【次元結界魔法】を発動させた。
半透明な、青白い光のドームが形成される。
これで俺達は、外界から完全に切り離された。
デイモスドラゴンがブレスを吐こうが、一般市民が巻き込まれることはない。
「……なんだ? あの巨大生物は?」
あっ。
巻き込まれた一般市民、居た。
五里川原の奴は、【次元結界】の中に取り残されちまった。
この状況じゃ、仕方ないか。
1人だけ結界外に出すのは、無理だった。
「オレが幻覚を見ている……と思いたいが、感じるこの圧力はどう考えても現実だな。どこかの国が秘密裏に開発した、生体兵器といったところか」
五里川原の奴、SF好きか?
ファンタジー異世界の生物と考えるよりは、現実的かもしれない。
「おい、服部。キャッチャー眼鏡と女子マネを連れて、先に逃げろ。オレがあのドラゴンを、食い止める」
……は?
このゴリラ、何を言い出すんだ?
「いや、五里川原。あのな……」
「問答している場合じゃない。この中で、1番喧嘩慣れしているのはオレだ」
うーん。
確かに「喧嘩」なら、そうかもな。
でも、竜退治なら俺達3人の方が……。
「バットやボールを武器に使うのは、気が進まない。だが、非常時だ。やむを得ん」
「五里川原! やめろ!」
五里川原め。
いつの間にか持っていた硬球をノックして、デイモスドラゴンを狙いやがった。
打球は真っ直ぐ、黒竜の瞳に飛ぶ。
見事なバットコントロール。
だけど硬い瞼が閉じられて、打球はガキン! と跳ね返された。
「チッ。やっぱり効きはしないか……」
五里川原の奴、わかっててやったな。
こいつだって、超進学校である熊門に合格したんだ。
バカなはずがない。
喧嘩慣れもしてるみたいだし、相手の強さが分からないはずもないんだ。
絶対敵わないと思いつつも、デイモスドラゴンに攻撃した。
ドラゴンの注意を、自分に向けさせるために。
俺達を、逃がすために。
注意を引きつけるという狙いは、上手くいった。
デイモスドラゴンは五里川原に向かって、顎を大きく開く。
暗黒の息吹だ。
公園は裏山ごと、一瞬で蒸発した。
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