町へ(2)
あまりにも簡単に入国できてしまった事に疑問を持つクロイツ。
「こんなに簡単で良いのか?」
疑問はあるが入国できたのだからとりあえずは冒険者登録でもして身分証を手に入れようと、明らかにTHE冒険者と言う風貌の面々が向かっている後ろをテクテクとついて行く。
彼らは、剣と盾の看板がある大きな建物に吸い込まれるように入って行く。
初めて入るギルドに多少興奮しつつ、喧騒の中で受付に並ぶクロイツ。
「お待たせしました。冒険者登録でしょうか?」
恐らく見た事のない人物である事、装備も貧弱である事からそう判断したのだろうと思いつつも、受付の問いかけに首肯するクロイツ。
口を開かなかったのは、他の事で頭がいっぱいだったからだ。
『受付もアリか?この笑顔は相当可愛いが、俺に一目ぼれしたか?いや、そうなるとこのまま進めばこの国に定住する必要があるのかもしれない。はっ!良く考えれば冒険者を相手にできるほどの人物だ。ひょっとしたら相当強いのか?がっついた挙句に万が一にも尻に敷かれる人生が確定したら目も当てられないぜ。俺のバラ色人生が灰色人生になるのだけはゴメンだ!』
輝く笑顔で対応している人物に対して失礼な妄想をした挙句、勝手に彼女になってもらえると言う事ばかりかあろうことかその先、夫婦になれる事まで一気に妄想していた。
反応が薄いクロイツに困惑しつつも、門番からの仮の身分証と冒険者のギルドカードを交換する受付。
「えっと、クロイツ様?」
門番の所で本名を伝えその情報が仮の身分証となるカードに記載されていたので、冒険者ギルドのカードを渡す際に名前を把握している受付は何やら小声でブツブツ言っているクロイツに恐る恐る話しかける。
「……ん?あぁ、すまない。ありがとう。ところで君は男女の付き合いについてどう考えている?」
「え??」
真剣に夫婦になった頃までの事を勝手に妄想している所に突然声をかけられたクロイツは無意識下で思わず突拍子もない事を聞いてしまい、聞かれた受付も困惑する。
「……や!すまない。申し訳ない。少し家庭の事情が……ムニュムニュ……と、とにかくすまない!」
困惑する受付を見て完全に意識を取り戻したクロイツは慌てて言い訳にもならない事を言うと、受付からギルドカードを半ば奪い取るように受け取ってさっさとこの場を後にして真っ赤な顔のまま依頼書が張られているボードに向かう。
「ふ~、俺としたことが。あぶねー!もう少し落ち着いて行動しねーとな」
気持ちを落ち着ける為、そして冒険者としての生活を始める為に適当に依頼を受ける事に決めたクロイツ。
前世から引き継がれている“彼女欲しい病”が早くも急激に悪化しているのには自分では気が付かない。
王城にいた頃にはこれ程自由に他人と話す機会はなく、話しかけられる事もなかったからだ。
クロイツが向かった依頼書が張られているボードの前には他の冒険者も多数居て仲間で何かを相談しつつどの依頼を受けるか吟味しており、決まった者達は依頼書を剥がして受付に持って行っている。
「クッ、また受付に行く必要があるのかよ。早速厳しい試練が……いや、あの人以外の所に行けば問題ないはずだ!」
流石のクロイツも、醜態を晒した受付の元にこの短時間で再び突撃する事は出来なかった。
その狼狽えた状態でさっさと適当な依頼書を引っぺがし、なるべくさっきの受付からは離れた担当の列に並ぶ。
当然列に並んでいる最中も、能力の高さからその受付が時折自分の事を見ている事を把握できてしまっているクロイツ。
流石に自分に気があると勘違いはせず、まさかの不審者認定されたのかと内心では焦りまくっている。
「次の方」
早く依頼を正式に受注してさっさとこの場を後にしたいクロイツは、漸く呼ばれた受付にボードから剥がした依頼書を周囲の冒険者と同じ様にギルドカードと共に提出する。
「……クロイツ様。この依頼、クロイツ様のランクでは命の危険が……」
「いや、大丈夫だ。早く受注させてくれ!俺の尊厳が砕けそうなんだ!!頼む!」
受付の話が長くなりそうな気配を感じたクロイツは、少しでも早くこの場を後に出来る様に必死で懇願する。