第一王子クロイツ(3)
俺の悪評を流しているのは弟妹、教育係、本来俺の守護をすべき騎士隊長、更にはその噂を信じて余計な尾ひれをつけて言い回っている使用人達。
つまりは、王城のほぼすべての人間と言う事になる。
教育係が俺への教育の進捗を両親へ報告する場には、弟妹、そして護衛の騎士隊長の中には何故か俺の護衛をすべきベータもおり、こいつらの報告に対して追認するかのように言いたい放題言っている為、両親からの視線は日に日に厳しくなってきているのは俺も肌で感じている。
一度聴力を強化して聞いた報告の中には、ベータが俺の戦闘力はカス以下で成長の見込みがないと言い切っていた。
巷の冒険者のレベルに敢えて当てはめれば、新人冒険者のFランクだそうだ。
対応できる魔獣は子供で対処できるだろうスライム程度に相当すると、少々笑いながら言っていたのを聞いた事がある。
それを聞いた両親も、失笑していたのには愕然とした。
そんな両親、最近は弟妹が俺の命を狙っていると知っている上で止めないのだから末期だと言えるだろうな。
「ったく。こんなめんどくせー事、なんでやらなきゃいけないんだ」
最強とは言っても面倒くさい事は面倒くさいし、血の繋がった弟妹に理不尽に悪く思われ、更には両親からも冷たい視線を投げかけられると思わず自室で本音が漏れてしまうのは仕方がないだろう。
と、自分自身の言葉に妙に納得するところがあった。
そう、なんでこんなに面倒くさい事をしなくてはならないのかと言う事…‥‥
「そうだよ。さっさとこの場からおさらばすれば良いんじゃねーの?やっぱり俺って天才だな」
そうと決まれば善は急げだ。
収納魔法に部屋中の物と言う物を適当に詰め込む。
この部屋の中の物、流石は王族の物と言うだけあって相当使い心地も良いし価値がある。
食糧保管庫に転移すると、そこでも料理長に迷惑にならないと思われる範囲で物資を巻き上げ……いや、表現が悪いな。ありがたく頂戴する。
この世界では収納魔法も転移魔法もありえない魔法と言われているのを確認できているので、突然何もなくなった俺の部屋や一部の食糧が消えても俺の仕業と思える奴は存在しない……はずだ。
神隠しにでもあったかと思うのが関の山だろうな。
「そうそう、金も少しは貰っとくか。今までの慰謝料だな」
この流れで宝物庫にも転移して奥に置いてある、目立たないながらも高級な物や貨幣をがっつりと頂戴する。
「こんなもんか。足りなくなったらまた取りに……頂きにくれば良いしな」
家族はこんな事が行われているとは思いもよらないだろうなと思いつつも、そのまま部屋からさっさと転移する事にした。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
翌日、朝も早くから不必要に教育や鍛錬をさせるために部屋に乗り込んだ二人の教育係は、王子の部屋にいつもの通り乱雑に侵入すると、そこで暫く唖然としてしまった。
いつもの通りノックも無しに部屋に侵入して無駄に豪華なベッドで寝ているクロイツを叩き起こそうとしたのだが、ベッドだけではなく全ての物が無くなっており、只々広い空間があるだけ。
当然この部屋の主であり、教育対象者である王子のクロイツの姿もない。
「「……」」
只々無言の時間を過ごす二人。
最早日常となっている罵声が訓練場から聞こえてこない事を不思議に思った弟妹が部屋に来るまで、二人は動くどころか口を開く事すらできていなかった。
こうしてある意味厄介者である第一王子のクロイツが消えたナスカ王国。
王位継承を争っていたのは第二王子であるドレアであり、双子の妹である第一王女のリーナには王位継承権はなく、リーナとしても今の所はとある事情で双子の兄であるドレアに王位継承権を取ってもらいたいのでこの結果に満足していた。
これで国家が安定するだろうと王城の誰もが思い、悪評が広く伝わってしまっていた城下町の人々も第一王子失踪の一報を受けて明るい未来を想像していた。
そして暫くすると……クロイツの存在自体が無かった事になった。
クロイツは物心がついて自分の能力に気が付いた頃からその能力を検証するため、王国に近接する深淵の森と呼ばれる人族不可侵とされている危険な森に時折出向いて人族の領域に近づいている魔獣を始末していた。
実際にクロイツがそのような行動をとる前から数年に一度厄災とも言える魔獣が王都を襲い、そのたびに少なくない被害を受けていたのだが、クロイツが生まれて適当に魔獣を始末するようになった頃からは王都に危険な魔獣が現れなくなった。
一度だけ“とてつもない”戦闘が行われている事を感知したクロイツだが、深淵の森の相当深い部分であると理解していたのでこのような時は積極的に対応する事は無かった。
その成果のおかげで王城の人々、王都の人々がクロイツに対して余計な噂を流す様な余裕を産んでしまっていたとも言える。
そんなクロイツがいなくなればやがてナスカ王国に高レベルの魔獣が多数襲ってくる事は間違いないのだが幸か不幸かその兆候は表れていないので、今の所は王族・貴族、そして王都に住む人々は冒険者も含めて安定した生活を送る事が出来ている。
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