第一王子クロイツ(2)
俺は最強だと自負している。
自惚れではなく、実際に他の強者と言われている者達の戦闘をこっそりと観察した上で判断しているので、まぎれもない事実だ。
ついこの間も、身体強化で視力を強化しながらかなり遠くの森の中、深淵の森と呼ばれている場所を部屋から見ていると、とある男が魔獣と戦闘して負けそうになっていた。
最近の襲撃騒ぎでストレスが溜まっていた俺は、これはストレス解消のチャンスとばかりに救助に向かう事にしたのだが、急がねーと男は負けそうで着替えている暇はない。
このまま行けばどこをどう見ても貴族か王族と明らかになる可能性が高く、それで余計な詮索を受けたりすると後々面倒だ。
「おっ、これで行くか!」
取り敢えず、最近は弟妹が王城中に俺の悪評をばらまいている挙句、俺を守護すべき第一騎士隊隊長のベータまでが追随するので使用人達からの扱いも惨くなってきている。
そのせいか、俺のシーツは何故か王子なのに自分で換えている。
何が言いたいのかと言うと、そのシーツが余っている!
こいつを頭からすっぽりかぶるように体に巻き付ければ、簡易的な外套の出来上がりだ!
よし、行くぜ!!
男と魔獣が戦闘している位置から少し離れた場所に、気合十分で転移する。
「おい、助けはいるか?」
「!……誰だか知らねーが、頼む。このままじゃヤバイ!」
魔獣から視線を外せないながらも返事をする冒険者。これで言質は取った。
こいつを俺が仕留めても、文句を言われる事はねーだろ。
「そんじゃ、ストレス発散と行きますか!!」
手始めに、そこらに落ちている石を少々デカイ魔獣に向かって投げてみる。
……ボヒュ…………ズズーン……
ふへ?
「おいおい、何準備運動程度でくたばっていやがる!俺のこのイライラをどこにぶつけりゃ良いんだよ!舐めてんのか!オラ、生き返れ!!もう一度かかってこい!」
思わず倒れている毛むくじゃらの魔獣に近づき、頭を鷲掴みにして持ち上げる。
……ゴキ……
「ありゃ?」
なんでか首があらぬ方向に曲がっちまったぞ?
もう死んでいるから、どうでも良いがな。
「……た、助かった。助かったんだ。おいおい白尽くめの兄ぃちゃん……で良いのか?スゲーな。俺はこれでもこの辺じゃ名の知れた最強Bランカーの冒険者だぜ?そんな俺が手も足も出ねー奴を一撃かよ?それに念を押して首をへし折って止めをさすとは、まさかのAランカーか?いや、これ程の強さであれば幻のSランカーもあり得るな。どうだ?」
なんだか興奮気味のオッサンが少々鬱陶しいが、俺としてもせっかくだからいくつか冒険者から生の情報を仕入れておきたい。
「いや、俺は今のところは冒険者じゃねーんだ。あまり詮索はしてほしくねーな」
「や、こりゃすまねーな。恩人に対して無粋な詮索だった。俺はこのナスカ王国のギルドじゃ最高ランクのBランカー、ドルドイってモンだ。今回はホントに助かったぜ」
「礼には及ばねーが、代わりと言っちゃなんだが少し教えてもらいてーんだ。一応冒険者は基本的にはスキルを使って戦っているだろ?俺としちゃー転移とか収納とかのスキルが欲しいんだが、誰か持っている奴はいるのか?」
「ハハハ、面白れーな兄ぃちゃん。そんな転移やら収納やらは誰しもが憧れる幻の魔法だがよ、使える奴は一人もいねーな。かくいう俺も若いころにその魔法がありゃー最高だと思って色々調べてみたが、ギルドの資料にも周囲の連中も存在を示す様な情報は何一つ無かったぜ」
これで決まりだな。
「そうか。悪いな。そいつはあんたが好きにして良いぜ。じゃあな」
「おいおい、しっかりと礼くらい……」
これ以上接触するのも面倒なので俺は気配遮断のスキルを使ってこの場から消えたように見せかけると、再び転移を使って自室に戻る。
実際に冒険者と会話して得た情報だから、俺の力は相当なのだろうと確信した。
だから、自分が積極的に戦うと言う選択肢はない。
わかるだろ?最強だから誰と、何と戦っても必ず勝ってしまう未来しか見えない。
そんな結果が見えた勝負をしても楽しくないし、得る物もない。
負けるかもしれないから勝負であって、絶対に負けない闘いは勝負とは言えない。
だから……俺は自分から積極的に戦う事はしないと決めた。
いや、襲ってくる連中は始末するけど、無駄に喧嘩を吹っかけないと言う事。
当然この力は秘匿している。
本当の俺の力を知ったら挑んで来るバカが絶えないだろうし、外部からの暗殺者もひっきりなしにやってくる。今でさえ身内の対応で鬱陶しい状況だからな。
当然全て対処する事は容易だが、敵は無数で対処するのは基本俺一人の力。
疲れる事この上ないから、俺の本当の能力は絶対に秘匿する事に決めた。
それは直接的な戦闘力も有るし、間接的な戦闘、つまり頭脳戦に対する能力も含まれるので、何も知らない他の者達は俺を小バカにしてくる。
「クロイツ、聞いているのか?お前は何時まで経っても何もできない。それでは王位継承権が一位であったとしても、玉座には座れないぞ!」
毎日のようにうるさく言ってくるこの男は立場上俺の教育係らしいが、国家の歴史、周辺国の言葉、そんな事務的な教育を担当しているつもりになっている奴!俺にしてみれば言っている事も適当、他国の言語の発音も適当で、聞くに堪えないのが事実だ。
ではなぜこのような男が俺の教育係になっているのかと言うと、当然俺を良く思っていない弟や妹達の差し金だ。
あいつらは王位継承権が俺にある事をねたんで、何とか追い落とそうとあの手この手を使っている。
そのうちの一つが、ふざけた教育係の任命だ。
普段の俺ならこんな教育係は受け入れないし、口もきかない。
そもそも、王族である俺に対して名前を呼び捨てにする不敬をサラッとやってのけるほどの頭の無さ。
こんな奴が近くにいるだけで鳥肌が立ちそうでイライラするが、俺が深淵の森と呼ばれている不可侵とされている領域に内緒で遊びに行っている内に弟妹が両親に強く推薦して決まってしまっていた。
武術・魔術の教育係も同時に決められている。
こっちの方は確かに能力はあるが、実戦を持って教え込むと言う名目で基礎も何もかもをすっ飛ばして、ひたすら実戦をさせて来るバカだ。
その最中に普通の連中であれば簡単に殺せる攻撃を混ぜてくるあたり、事故を装って始末するように弟妹に言われているのだろう。
もちろん最強の俺は実力を隠しつつも、その攻撃を偶然躱しているように見せかけている。
少しだけ本気を出せばこんな雑魚の痕跡を含めた一切合切を消し飛ばす事は容易いが、あいつらが何を言ってくるか分からないので我慢している。
その結果事務的な教育係も、武術・魔術の教育係も俺の事をボロカスに言うし、弟妹も出来の悪い長兄として両親に報告している。
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