第7話 エピローグ――兼、プロローグ――
翌日、学校では上条くんの噂が広まっていた。
桜庭さんや広岡さんは涙ぐんでいたけれど、綾乃は淡々と時を過ごした。
噂になるまで時間がかかったのは、手続き上の関係らしい。それから、大人達がある程度まで口をつぐんでいた事も。
綾乃はいつも通りの時間割をこなし、図書室で本を一冊借りて、北斗さんと歩いた道をひとりで帰った。
本を借りる時、北斗さんから教えてもらった本を探したかったけれど、ぐっと我慢した。
約束したのだから、待たないと。
それは少し待ちきれないようで、同じくらい楽しみだった。
綾乃が借りた本は、『遥かなる国の物語』。
もう一度読んでみたくなったのだ。
一枚めくると、ぷんと独特な匂いがした。
古びた紙とインクと、人の手を経た本の匂い。
いつか、上条くんも同じ本を読むだろうか。
そんな事を考えながら、綾乃は本の世界に入り込んでいった。
***
それから長い時間が過ぎた。
誰も上条くんの名前を出さなくなり、たまに「そういえば…」と、前置き付きで話題が出されるくらいになった。
あんなに執着していた桜庭さんも、広岡さんも、バスケが得意な遠藤くんに夢中になって、上条くんの話はしなくなった。
まるで最初からいなかったみたいだ。
綾乃は毎日学校へ通い、六年生になった。
小学校を卒業し、中学生になっても、地味な生活は変わらなかった。
桜庭さんがアイドルのオーディションに応募して、一次選考を突破したのが一大ニュースになったり、広岡さんが三人の男子に告白されたりしていたが、綾乃の生活は変わらなかった。
中学生活は何事もなく過ぎ、高校生になった。
高校生になっても、綾乃の日常は変わらなかった。
いつも通りに本を読み、部活をして、たまには友達と遊びに出かけたりもする。
告白もされたけれど、そんな気にはなれず断ってしまった。
高校生活はそんな感じで過ぎていった。
やがて、高校を卒業し、綾乃は大学生になった。
大学生になったころ、ひとりの男性に出会った。
本が好きで、映画が好きで、やさしい笑顔が素敵な人だった。
一緒に映画に行かないかと誘われて、ごく自然に承諾した。
二人きりで出かけても、彼の印象は変わらなかった。
このまま付き合うのかなと思ったけれど、何かが心を引き留めた。
胸の中に説明できない違和感があって、どうしても拭い去る事ができない。
たとえるならそんな感じだった。
彼に告白された時、違和感はますます大きくなった。
ごめんなさい、と言うと、彼は残念そうな顔をしていた。
どうして断ったのか、自分でもよく分からなかった。
大学生活が終わり、就職するころになると、ちらほら地元の噂も耳に入った。
だれそれが結婚したとか、子供が生まれたとか、なんと離婚も経験したとか。
進学する者、就職する者、外国へ移住する者と、進路はそれぞれ分かれていき、綾乃も地元の銀行に就職した。
そして、二十三歳になった時、久々に同窓会があった。