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第2話 北斗さんのたのみごと

 てっきり、どこか別の場所で話すのかと思っていたら、綾乃の帰り道での話だった。


 上条くんの家は、綾乃とは違う方向にある。

 だから今まで登下校が一緒になる事はなかったし、あっても学校の校門か、校舎に入る時に見かけるくらいだった。

 一度だけ、靴箱で鉢合わせした事があったけれど、綾乃が何か言う前に、後から来た桜庭さんが割り込んでしまい、ほとんど何も話せなかった。


 上条くんとは、それっきりになった。


 あれから半年。

 今になって彼のお兄さんがやって来た事も不思議なら、こうやって一緒に帰っている事ももっと不思議だ。上条くんなら緊張するのだろうけれど、お兄さんは大人だし、隣にいてもどきどきしない。もっとも、お兄さんの顔は上条くんによく似ていたから、ちょっと恥ずかしくはあったけれど。


 綾乃がいいと言った後、お兄さんは横に立って歩きだした。

 お兄さんの背は上条くんよりずっと高く、見上げると首が痛かった。


「それで、話してくれるかな。隼人のこと」

「ええと……上条くんは、同じクラスで、明るくて、やさしくて、サッカーが上手で」


 たどたどしく、綾乃が知る「上条くん」を話していく。


 先生や上級生に好かれ、下級生からも慕われていて、クラスでも人気者。上条くんを好きな女子は大勢いて、割とバチバチした関係だった。前述の桜庭さんと広岡さんが筆頭で、抜け駆けしようとする女子を許さないような風潮さえあった。

 そんな話を、お兄さんは興味深そうに、時にくすぐったそうに聞いていた(途中、我慢しきれなかったように噴き出したけれど、綾乃は見ないふりをした)。


「おっ……とうと、のやつ、思ったよりもモテてたんだなあ。正直、意外だった」

「怖かったですよ。こんなところを見られたら、私もまずいかも」

「俺、兄貴なのに?」

「抜け駆けですから」


 真面目な顔で言ったのが面白かったらしい。お兄さんはくっくっと笑い出した。

「大丈夫、言っとくよ。もしも困ったことになったら、ちゃんと助けるって」

「それは助かります」


 言った後で、お兄さんの名前を聞いていない事を思い出した。

「お兄さんのお名前は、なんて言うんですか?」

「俺? うーん……」


 ちょっと困った顔をした後で、彼は「(ほく)()」と教えてくれた。


「北斗七星の北斗だよ。分かる?」

「知ってます。星の名前ですよね」


 お兄さん、改め北斗さんを見上げる。

 上条くんをそのまま大人にしたような、綺麗に整った青年の顔。子供の上条くんよりも、もしかすると格好いいかもしれない。


 そういえば、前に聞いた事がある。「上条くんにはお兄さんが二人いて、ものすごくモテた」って。


 片方は伝説級に騒がれて、もう片方は伝説の後でも騒がれるくらいすごかったのだとか。お兄さんはひとりだという人や、とんでもない不良だという人もいたけれど、格好良くてモテるのは同じだった。


 ちらりと顔を見たけれど、やさしそうだし、穏やかそうだ。

 少なくとも、不良というのは間違いだろう。


(……でも、本当に美形だなあ)


 確か、上条くん本人も言っていた。「兄貴は俺よりずっとカッコ良くて、めちゃくちゃモテた」って。

 あの時は半信半疑だったけれど、本当だったのか。

 少なくともここにいる北斗さんは、今まで見た大人の誰よりも格好いい。

 感心する綾乃を、北斗さんは不思議そうに見つめていた。


「どうかした?」

「なんでもないです。ええと、ひしゃくの形をした星ですよね」

「そう、その星」


 微笑むと、北斗さんは上を見た。

 夕暮れが近い空はまだ明るくて、星は見えない。水色がうっすら色づいていく気配がするだけだ。

 長い影法師が二つ、並んで道に伸びている。

 まるで足長おじさんみたいだと思い、つい北斗さんを見上げてしまった。


「よく知ってるね。どうして?」

「本で読んだから」


 北斗七星は有名な星なので、綾乃の他にも知っている子はいる。けれど、北斗さんに褒められたのは嬉しかった。


「そうか。本、好き?」

「好きです」


 ずっと昔から、綾乃は本の好きな子供だった。

 本の中にはたくさんの世界があって、たくさんの物語がある。たくさんの人々が暮らしていて、たくさんの出来事が存在している。現実で何があっても、本の中は自由だ。一冊手に取るたびに、新しい世界が広がっていく。


 そこには海があり、森があり、知らない町やお城がある。そのひとつひとつと出会うたび、綾乃の心は柔らかく弾む。


 本の世界は大好きだ。そこにはなんだってあるし、なんだってできる。


「そうか。うらやましいな」

「お兄さんは、本を読まないんですか?」

「読むけど、そんなにじゃない。今は全然読まなくなった」


 そう言うと、北斗さんは寂しそうな顔になった。

 綾乃のお父さんも本が好きで、子供のころは本の虫だったらしい。一日に二十冊読んだ事もあるんだよと言っていた。でも大人になって忙しくなり、なかなか時間が取れなくなってしまったと。北斗さんもそうなのだろうか。だとしたら気の毒だ。


「でも、一冊だけ読んだよ。『なんでも願いを叶える本』」

 知ってる? とは聞かれなかったけれど、読んだ事のない本だ。綾乃はふるふると首を振った。


「知らない本です」

「そうだろうね。俺も初めて読んだ本だよ。本の中から悪い魔法使いが現れて、大切なものと引き換えに、なんでも願いを叶える話だ」

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