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 あれほど黒いものを目にしたことがなかった。炭化した植物の遺体や、人間の心の一部も黒いとされているが、あれの比ではない。


 あれほど明るく、あつい地獄を感じたことはない。暑い一日の肌を舐める湿気もあつく、撮影の照明は眩しいがあれとは比べものにならない。

 一閃の黄色い光がいくつも真っ黒な雲を切る。砂粒のようななにかが、閃光を横切る。蜂の大群か? いやあれはドローンだ。おそらく爆弾を積んでいる。


 地面からも同じく蜂が飛ばされる。そして真っ黒な世界は爆発に包まれる。

 お父さんとお母さんが何かを叫んでいる。なにを叫んでいるかはわからない。絶叫している。

 目の前に世界的なアーティストがいるのかな。全国的な有名人がいるのかな。芸達者なピエロでもいるのかな。


 違うよね。この絶叫は絶望だよね。

 はぐれた妹を見つけた。真っ黒な空の下にいる。でも、怖くて妹の所に行けない。勇気がないからだ。勇気がない臆病な俺は、お母さんとお父さんを探した。

 お母さんに手を惹かれた妹が、空を指さしている。

 真っ暗な世界を照らす、灯りの一つが飛んできた。


 次の瞬間、お父さんとお母さんが、妹を地面に押し倒したんだ。

 俺は防空壕の中で、知らない大人に地面に押し付けられた。

 地獄のような暑さと、天国のような白さが向かってきた。耳を塞ぎ、目を閉じる。白い白い。こんな白はいやだ。目がいたい。耳が痛い。眠りに落ちてしまった。


 闇は晴れていた。今度は赤い光が優しく照らし、それで目を覚ましたんだ。

 すぐに外にいるであろう妹とお父さん、お母さんのところへ走った。

 空みたいに真っ黒になったお父さんとお母さんが、妹に覆いかぶさって眠っていた。血をながし、背中は焼きただれて、目を開けて眠っていた。


「いたいよ……いたいよ」


 お母さんの下から、シクシクと泣く声が聞こえるんだ。そっとお母さんをどかすと、

 そこには腕と足がない妹が泣いていたんだ。


「きゃあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……」


 どうして? どうして? 全部、あの光が悪いんだ。あれが、あれが憎い。あれを飛ばしたのも全部ペルディア人だ。ペル公が殺したんだ。


 にくい。にくい。にくい。にくい。ペル公がにくい。この世のすべてのペルディア人が死にますように。

 もっと憎いのは俺なのさ。もし、親を頼らずに妹のもとへ駆け寄っていれば妹は助かった。もし俺に勇気があればみんな助かった。勇気がないから、両親は死に、妹は手足を失った。全部勇気のない、君がいけなんだ。ああ、にくい。にくい。にくい。にくいい。にくはおいしい。にくが食べたい。牛肉。豚肉。鶏肉。にく……



**********



 目を覚ました。汗で背中がぐちゃぐちゃに濡れ、シャツが貼りついている。息が苦しく、気づくと肩で呼吸をしていた。


 また嫌な夢を見た。こんな夢を寝る度に見せられるから、寝るのが嫌いなんだ。今日も夜は寝れないんだろうな。代わりにゲームでもやるしかない。


 窓から朝日が差し込んでいる。それはすこし赤く、やや白い。時計は七時と三十分を示している。今日は普段と比べて隋分と早く起きれた気がする。


「肉、肉。肉」


 予期せぬ方向から声がしたので、俺は声をだして驚いた。


「じいちゃん!」


 じいちゃんは彫が深く、肌は浅黒い。そして威圧感のある真っ白な髪をオールバックにしているので、一見、威厳のある怖そうな人に見える。だが、怖い見た目をしているのに、滅多に怒らない。多分、今までで怒っているところ見たのは一度もないだろう。口を開けば、変なことというか、ユニークなことを言う、対応に困るじいちゃんだ。


「やっと起きたか。朝ご飯はトーストだけど、肉も食べるか?」

「いや、トーストだけでいいよ。まさか、ずっと俺の横で『にく、にく』言ってたの?」

「そうだぞ。好きなものを聞きながら起きるのは目覚めがよくて気持ちがいいって、ネットに乗っていたんだ。どうだ、目覚めがいいし、気持ちがいいだろ?」

「いや、それ多分モノじゃなくて、好きな音楽だと思うよ」

「そうなのか。まあいいや。あとトーストは作ってない。嘘だ」

「え、そうなの」


 やっぱり反応に困るじいちゃんだ。


「起こした理由は一つ。君の知り合いの女の子が、来たんだ。セラちゃんだったかな。『孫は寝てます』なんて言えないから、『孫は今、二階の寝室でトースト食べてます。呼ぶのにちょっと時間かかるから待ってください』って伝えておいたぞ。まさに青春だな。ハッ。青春、青春。青春はアンビシャスだ!」


 セラが来てるのか!


「じいちゃん、それを先に言ってくれよ!」


 勢いよくベッドから飛び上がると、風のように階段を駆け下り、登校の支度をした。体に纏わりついていた眠気がジェット気流によって吹きとばされた気分だ。確かに、好きなものを聞くと目覚めがいいってのは、あながち間違えじゃなかったようだ。


 リビングで、バッグに荷物を積めていると、テレビが垂れ流しているニュースがきこえてきた。


『今日未明、ペルディア人男性二人が、強姦容疑で逮捕されました。逮捕されたのはペルディア国籍の……』テレビが消された。新聞を読むじいちゃんの手にはリモコンが握られている。


「まったく、日本の治安はどんどん悪くなってるな……治安。アン。アン。よし今日の昼はあんかけ焼きそばにしよ」


 ゆっくりしている場合じゃなかった。外でセラが待っているんだ。


「じゃあ、行ってくるね」

「いってら~」


 外では、自転車を止めてセラが待っていた。俺を見るや否や、「やっときた」と微笑んだ。


「ごめん、待たせちゃって」

「大丈夫だよ! 今ね、貧乏ゆすりが何回か数えてたところなの。何回か聞きたい?」

「大丈夫。ごめんよ」


 実は昨日、セラとの別れ際、俺は勇気を出して連絡先を聞いたのだった。かなり緊張したさ。なにしろ一度フラれたことのある女の子に連絡先を聞くんだから。緊張しないわけがない。それに、女の子に連絡先を聞くなんて、人生でまだ一度もしたことがなかったんだ。


 言い出す前が山の頂上だった。つまり一番緊張したってことだ。でも話し始めたらに心臓のバクバクは徐々に収まった。大袈裟だと思うが、俺は小心者だから、そんなものなのさ。

 セラの答えは「ごめん」だった。冷たい氷を背中に流されたかのような、激しい寒気を感じた。彼女の言い分はこうだった。


『ケータイを家に置いてきちゃったんだ』


 本で見たことがあった。世の中には忙しい女がいて、そいつは三六五日、毎日デートに誘っても予定が埋まっているからと言って断るんだ。嫌なことはなにかと理由を付けて断るっていうのが女なんだろう。いや、人間みんなそんなものか、俺も嫌な人に誘われたら、きっと何かと理由をつけて断るだろう。俺だって三六五日全部予定が埋まっちゃうことぐらいざらにある。


 でもセラは続けて言った。


「今はケータイがないから、明日だね! 途中まで一緒に登校しよう、そのとき交換だね。」


 多分このときだろう。いや、絶対このときだ。セラは爽やかな笑顔を浮かべていた。


 そう、このときだ。


 セラを再び好きになったのは。

 自分が正気か疑ったよ。一度フラれて諦めた女子を再び好きになるなんてどうかしてる。でも、好きになってしまったんだ。しょうがないだろう。


 昨日の夜はそんなことがあったのだ。

 普通であれば、男である俺がセラの家まで迎えに行くべきなのだが、セラは『私の家の方が学校から遠いから、私がシュウくんの家に行くよ』と言い張るので、今、セラが俺の家に来ている次第である。


 連絡先を交換すると、歩き始めた。俺は学校が比較的近いから徒歩で行き、セラは学校が少し離れているので、自転車を押している。きっと途中から乗るのだろう。

 家から学校まで長い田んぼ道を行く。遠くから吹く爽やかな風は、新緑色の稲を揺らし、木や土、稲の匂いを一緒に運んでくる。この臭いは絶対に都会じゃ嗅げない、田舎の匂いだ。


「そういえば、昨日、どうしてコスプレなんてしてたの?」


 ふと、昨日のことを思い出したので、質問してみた。本当はなにをしてるのかとか、なにをしていたのかとか、友達のこととか、彼氏がいるかとか、聞いてみたいけど、突然そういった踏み込んだことを尋ねるのは不自然に映る。


「アニメが好きだからだよ! シュウくんはアニメとか見ないの?」

「あんまり見ないかな」

「え~もったいないよ。アニメはすごい力を持ってるんだよ!」

「どんな力?」

「どんな力って、すごい力だよ」


 なるほど。すごい力か。きっとそれはすごいんだろうな。


「私ね、一回だけドイツの田舎町に行ったことあるんだ。確か、ルクセンブルクの方だったかな」

「ごめん、ルクセンブルクがどこかわからない」

「向こうも、アジアを一つの国だと思ってる人が多いからね。そんなもんか。質問に答えると、ルクセンブルクはドイツの西にある小さい国だよ。話を戻すと、その田舎町の書店にも日本の漫画が沢山売ってたんだ。ビックリしちゃったよ」

「へえ、そんな人気あるんだ。でも、それって漫画でしょ? アニメが売られてたわけじゃないじゃん」

「はあ、そういうわけのわからないツッコミは、女子が一番嫌うやつだよ。やめたほうがいいよ。おじさん臭いし」

「俺、臭いか?」

「におうよ。シュウくん趣味とかあるの? ないんだったら、アニメでも見て、子どもに戻ろう。きっとその臭いも変わると思うよ」

「趣味か……趣味って言えるものはないかもだけど、強いて言えばゲームかな」

「あら、そうなの。てっきり趣味は昼寝だと思ってたよ」

「寝るのはあんまり好きじゃないんだ。嫌な夢を見るから。そうだな、そこまで言うなら今度アニメ見てみようかな。セラのお勧めのアニメはなんなの?」

「お、よくぞ聞いてくれた! 私がこの世で最も愛するアニメは、『ブルーフィールズ』というアニメだよ!」

「なるほどね。今度見てみるよ」


 いつも下を見て歩く癖が、俺にはある。でもセラといるときだけはその癖がなくなり、視線がいつもより上を向くようだ。その理由は単純で、無意識にセラを追ってしまうからだ。じっと、柔らかい笑みを浮かべながら話す彼女を見つめる。


 セラがこっちを振り向くと、それに合わせて俺は視線を空へと逸らす。なぜか本能的に目が合うのを避けてしまうんだ。

 セラと歩いていると、よく空を眺めることになるようだ。

 この変化はあることを俺に気づかせた。


「あれ、あそこの電柱、折れてる」


 俺はつい声に出して止まってしまった。田んぼ道から住宅街に入る通りの電柱が真ん中で折れ、先が黒く焦げていたのだ。約一か月間、学校に登校する度この道を通っていたが、電柱がこんなになっているなんて、気が付かなかった。

 セラは「あれ、どうしたの?」と俺の目線の先を見ると、


「ああ、知らなかったの?」

「まあね」

「爆弾積んだドローンがこの電柱に墜落したらしいよ」

「そうなんだ」


 折れた電柱にはポスターが張られていた。


『ペルディア人は国へ帰れ!』


 生まれながらにして、蒼い瞳と髪が特徴であるペルディア人。見た目は普通の人間と変わらないが中身は大きく異なる。奴らには感情というものが存在しない。恐らく喜怒哀楽が欠落しているのだろう。ペルディア人に流れている血は青いと聞く。血の成分がまったく異なるため、彼らの血を日本人に輸血することはできない。


 感情がないから一切微笑まない。温かみがない。だから奴らの平均体温もずっと人間よりも低い。世界における常識だ。


 そんな奴らは日本をめちゃくちゃに破壊し、世界に敗れ困窮し、日本で暮らそうとしているのだ。それも日本人に紛れて。そりゃあ、帰れと言いたくなるのは当然さ。


「こんなポスターもあったんだ」

「いや、これは初めて見た」


 戦争の爪痕はまだまだこの国に残っている。目に見える形、そうでない形でも。

 住宅街を抜けると、南高校の通りに出た。俺は左にまがり、セラは真っ直ぐ進む必要がある。

 セラは押していた自転車に跨った。


「じゃあ、学校頑張ってね!」

「ああ、ありがとうね。じゃあ」


 セラは自転車に乗って行ってしまった。次会う約束も、連絡をする約束もせずに、行ってしまった。


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