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 猿木たちにかち合わないよう警戒しながらも、俺とセラは屋台を見て回った。メインストリートに面する中央公園ではフリーマーケットが開催されていた。一周見て回ったものの、興味をそそられるものがなかったので、次は公園の周りを覆うようにして出店された屋台を回ってみることにした。


「いっらしゃいにょッ!」


 知っているお面をつけ、知っている特徴的な語尾で話す男が、焼きそばを売っていた。

 こいつ、まさか。と思ったときにはもう遅かった。男はこちらを見ると、


「へいへいそこのイケメン兄さんッ! 焼きそばでも買っていかないかにょ?」

『イケメン兄さん』ってことは、俺じゃないから無視だな。

「へいへい、そこのシュウ。焼きそばはどうにょ?」


 やっぱり、男はぬっきーだった。


「ぬっきー。こんなところで焼きそば売ってたのか」

「そうだにょ! お手伝いだにょ。買ってくれにょ!」

「いやあ。ぬっきーが作った焼きそばか……なんかいいや」

「どうしてそんな酷いこと言うにょ! 買ってくれにょ! このままだと赤字でぬっきーの臓器が売り飛ばされちゃうにょ。だから頼むにょッ!」

「やっぱり的屋ってヤクザと関わりあったのか! じゃあ、なおさら買わん!」

「ごめん、うそにょ! だから買ってくれにょ! ぬっきーは一晩で百万くらい稼いで焼肉パーリーしたいにょ!」

「嘘ついたから買わん」

「そ、そんな……」

「二つください」


 セラが財布を出した。どうやらぬっきーの焼きそばを二つも買うみたいだ。


「ぬっきーの焼きそば買うのか?」

「うん。別にいいでしょ? おいしそうだし!」

「おお、ありがとうにょ。シュウとは違ってあなたは優しいにょ!」


 くそ。ぬっきーめ。調子に乗りやがって。

 セラはぬっきーに金を渡し、焼きそばが入った容器を二つ受け取ると、一つを俺に差し出してきた。


「え、それ俺の分だったの?」

「そうだよ。一人で二つも買うわけないじゃん」

「じゃあ、お金は……」

「いいよ。早くして。冷めちゃううよ」


 意固地になって受け取らないわけにはいかない。


「ありがとうにょ」


 俺とセラは縁石に座って焼きそばを食べた。ぬっきーのことだから、焼きそばに謎の物資でも使われているのではないか予想したけれど、思ってた以上においしかった。

 多分、セラがくれた焼きそばだからだろう。


 その後、俺はセラと屋台を回ったり、出し物を見たりして、祭りを満喫した。

 そして、祭りも終わりが近づいてきた。


 この祭りは花火でくくられるため、終わりがはっきりとしている。

 祭り会場からやや離れた、学校前の歩道橋で花火を見ることにした。そこは花火の眺めがよくまたひとけも少ないのだ。


 しばらくして花火が打ち上げられた。今まで拝んできた花火の中で一番、こころ踊る花火だった。花火ではなく、花火を一緒に見る人が特別なのだと、考えなくてもわかる。


 花火は空をみすぼらしく染めるが、振動が空気を通じて人々を圧巻する。胸の奥まで花火の重低音が響くものだから、気持ちまで弾んできた。


 薄い花火の灯りに照らされたセラの横顔は、きゅっとプレゼントボックスを閉じる赤い紐のように胸を締め付けた、


「セラって彼氏いるの?」


 ずっと知りたくて、ずっと勇気がなくて聞けなかったことを、そっと花火の昇り曲と爆発音に紛れてようやく言うことができた。でもたぶん、セラには届いていないだろう。むしろ届いてない方がありがたい。


 もう一度、セラの方に視線を向けた。目と目とがあった。セラも俺のことを見ていたのだ。届いちゃったみたいだ。


 セラはどこか悲しそうな笑みを浮かべると、


「う——


 花火が鳴った。セラの答えは聞こえなかった。『うん』なのか『ううん』なのかわからない。聞き返すなんてことは天地がひっくり返ってもできやしない。だから俺は「そうなんだ」と相づちだけ打つことにした。


「シュウくんって鈍感だね」


 鼓動のように途切れることなく続く花火の音の中で、確かにセラはそう言った。

 夜空に静けさと暗さが取り戻されると、祭りは終了した。


 帰路についた。会話はそこにはなく、空白を虫やカエルの鳴き声が埋めてくれた。

 あっという間にいつも別れるT字路に着いた。

 俺は左に曲がり、セラは真っ直ぐ進む。ここでお別れだ。


「今日、誘ってくれてありがとう。楽しかったよ」

「こちらこそ」

「じゃあ、また今度」

「うん」


 家に向かおうと、再び歩き出したときだった。


「シュウくん」

「なに?」

「あのね……実はね……私引っ越すことになったの」


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