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 妹、晴香は死んだ。戦争が終わって約半年の間、晴香は徐々に弱っていき死んだ。晴香にとっては地獄の数か月だったのかもしれない。

 殺したのはペルディア人で、妹が死んだ原因は勇気のない俺だ。


 こんな奴らがのうのうと生きていて、良いのだろうか。激しい憎しみが湯水のように湧いてくる。

 病院で亡骸を目にした。単に眠っているだけのように思えるほど、普段となにも変わっていなかった。一見すると、何も変化がないようにうかがえるが、確かにそこには暖かい大切なものが抜けていた。それは直接触ることも、目で確認することもできないが、感じることはできる。晴香からその大切なものは感じることができなかった。


 おじいちゃんと合流した後、車で家に帰った。途中おじいちゃんが、「腹すいたろ。どこか店に行かないか」と気を遣ってくれたが、食べ物を口にできる気がしなかったので、俺は断った。

 家に着くと、おじいちゃんは手紙を渡してきた。晴香が俺宛に書いたものだった。

 自室にこもると、そっと封を開けた。手紙は随分と弱々しい字で書かれていた。



**********



 一晩、眠ることができなかった。気が付くと、紺色のカーテンに淡い光が当たり、部屋を青く染めた。

 もう、今日は眠れないだろう。


 ずっと考えた。今、晴香のために自分がなにをできるのか、自分が何をしたいのかを。

 何度も手紙を読み、そして晴香との思い出を振り返った。


 これは俺のエゴかもしれない。単なる自分勝手な解釈かもしれない。

 晴香は続きが知りたいと言っていた。手紙にも書いてあった。その内容は、いじめられている子、つまりセラを俺が助けるのだ。


 妹を助けることはできなかった。だから次こそは、大切な人を助けてあげて。晴香にそう言われたような気がした。


 俺は勇気がなかった。だから晴香を助けることができなかった。弱虫だった。だから、未だセラになにもできていない。

 行動を起こせば、なにか変わるかもしれない。行動だ。行動こそ勇気の証明だ。

 カーテンを開けると、真っ赤な太陽が姿を現していた。


 鼻をすすると、一階の洗面所で顔を洗う。水は冷たくて気持ちいが、薬品の匂いが酷い。鏡を見ると、目は充血して腫れていた。泣きすぎた。こりゃあ、一日引かないだろう。

 気持ちの整理がついた。


 セラをなんとしてでも助けよう。これが俺のエゴだとしても。

 そして、ペルディア人に復讐しよう。なに、殺そうとか思っているわけではない。日本にいるペルディア人を追い出したいだけだ。ただこれ、いつかやりたいことだ。多分今すぐじゃない。いつかここぞという時が訪れるはずだ。その時まで待とう。

 


**********



 セラをいじめているグループの主犯格であろう猿木という男に直接、話すことにした。なんとかいじめをやめてもらえないか。説得するのだ。いくらいじめの加害者だとしも、良心は彼にもあるはずだ。


 これは俺がセラのためにできる最終手段なのかもしれない。説得に失敗すれば、いじめがエスカレートする可能性もある。だから、それを考慮して、話す内容を考えないといけない。


 この日、俺は学校を休み作戦を考えた。

 まだまだ太陽は顔を出しているが、やや薄暗くなり、ヒグラシが鳴き始めた頃、俺は北高校へと向かい、校門の前で猿木を待ちぶせた。


 すぐに猿木とそのグループ数人が現れた。その中にセラはいなかった。猿木はグループの中心でべらべらと大声で話している。


 俺は猿木が一人になるまで、彼の後を慎重に追った。

 どうやら今日、彼らは遊ぶ約束をしているわけではなく、寄り道をしないで家に帰宅する模様だった。こちらには都合がいい。


 駅の歩道橋を渡り、サンピアを右折したところで、彼は一人になった。

 そして、公園の前を通りかかったとき、ここが勝負頃だ。


 だが、一言目が、なかなか出ない。彼の名前を呼べばいいだけなのに、まるでマンションの屋上から飛び降りる直前かのような、激しい緊張と心臓の悲鳴を感じた。

 勇気を出すしかない。勇気のない自分を恨んでいたのだろ?

 さあ、やれ。


「猿木くん」


 俺はできるだけ大きな声で、威嚇をするように低く冷たい声で彼の名を呼んだ。


「なんだ……ッて、おたくどちらさん?」


 振り向いた彼は、刃物のような鋭く細い目で、睨んできた。知らない男に話しかけられたんだ。警戒するのも無理はない。


 実際に話しかけてみると、思ったよりもいけそうな気がした。


「こりゃあ、失礼。俺は南高校の東雲っていうんだけど、ちょっときみに聞きたいことがあるんだ。そこの公園でどう?」

「はなし?」

「別に、君と喧嘩しようとか、そんな物騒なことを考えてるわけじゃないよ。そうだ。すぐそこに自動動販売機があるから、そこで何か飲み物でも買おう」


 俺は公園を指さすと、自動販売機の方へと向かった。少し声が震えてしまった。猿木は無言で後を追ってきた。なんとか第一関門はクリアした。

 なんだか背中がチリチリと熱い。


「どれがいい?」

「じゃあ、コーラで」


 財布からお金を出し、猿木のコーラと自分の分のお茶を買った。コーラを猿木に渡すと、彼は歪んだ口元を開き、


「で、なんの話?」


 猿木は妙な威圧感を放っている。

 唾をゴクリと飲み込んで、声が震えないようにした。


「単刀直入に聞くよ。君は、『五月 世羅さん』をいじめているよね?」


 突然、猿木は大きくため息を吐いた。そのため息には、俺に対する威嚇も含まれているのかもしれない。俺は身構えた。


「なに? きみはアイツの手先なの? またこの話か」

「アイツの手先? 俺は誰かの手先じゃないし、セッ……五月さんと知り合いという訳でもない。単にいじめのことを小耳に挟んで、そのいじめをなくしたいと思っただけの者だよ」

「じゃあ、あのイカれたボランティア集団じゃないんだな?」

「ああ、そうだよ。そのイカれたボランティア集団が何なのかすらわからない」

「そうか。なら質問に答えよう。いじめはしていない。似たようなことはしてるかもしれないけどな。まあ、狐坂ほど酷いことはしてねえけどな」

「じゃあ。それを君が止めることはできないの?」

「俺が?」


 猿木は笑いながら言った。


「そうだ。君がいじめの主犯格なんだろ?」

「いやいや、何言っちゃってるの? 俺は主犯格じゃないよ」


 猿木はヘラヘラと笑った。


「君に良心っていうものはあるのかい?」

「失礼だな。あるに決まってるだろ? 俺は心優しき立派な人間だよ。だから彼女もいる。いいか。俺はいじめなんてしていない。確かに、ちょっと奢ってもらったことはあるけどな」

「それをいじめって言うんじゃないのか?」

「いいや。同意があったさ。あのさ、お前は当事者でもなんでもないんだろ? 無関係な奴がしゃしゃり出るんじゃねえよ。そろそろムカついてきたよ」


 猿木の顔から笑顔が消えていた。


「じゃあ、五月さんが、嫌がっていることをやめてくれないか? どうせ君は同意を強制したんでしょ?」

「さっきからなんなの? 無関係のお前が、俺たちに首突っ込まないで欲しいんだけど」

「いや、そういう問題じゃないでしょ? 嫌がることをするなって話だろ?」

「あのさ……」


 猿木は地面を踏みつけるように歩いて近づいてきた。

 それでも俺は続けた。


「俺は知ってるんだ。君たちが、五月さんの頭から水を被せたこと。上履きに画鋲をいれたこと。他にもあるんだろッ! それをやめろって言っ——


 左頬に硬い何かが直撃した。俺は吹き飛び、ベンチに背中をぶつけた。

 気が付くと、猿木は俺を跨るようにして立っていた。俺はこいつに殴られたようだ。

 猿木は俺の髪を掴むと、耳元で囁いた。


「いいか。お前が知ってるのはほんの一部だ。俺の周りの奴らはもっと酷いことをしてるぞ。でもな、俺もそいつらもいじめとは思わない。そうだな。区別みたいなもんだ。だから先生たちも、認知しながらなにもしない。原因はあいつにあるからな。俺はお前みたいな偽善者が大っ嫌いなんだ。二度と俺の前に現れるんじゃねーぞ」


 猿木はそう言い残すと公園をあとにした。

 ジリジリと殴られたところが痛い。


 また失敗してしまった。

 俺は感情的になりすぎてしまったのかもしれない。


 そういえば、まだ買ったお茶を開けていなかった。お茶を飲むと、口の中を針で引っかかれたような痛みが走った。口の中を切ったらしい。


 痛みは口から体全体へと広がっていった。

 俺は選択を間違えたことをしたのかもしれない。

 日は殆ど沈み、暗くなりつつあった。家に帰ろう。


 帰る途中、サンピアの横を通った。一階はファミレスがあり、ガラス張りになっているので、外から中を眺めることができる。


 外は薄暗いが、店の中は橙色の光に照らされ明るく、暖かそうに見えた。不思議だった。外は汗が止まらないほど暑いのに、店の中の方が暖かく快適に見えてしまうなんて。


 その店の中で楽しそうに笑っているセラがいた。

 話しかけに行こうかと一瞬思ったが、流石にただ挨拶するだけのために、店に入るのはやりすぎだ。それに、あの明るい雰囲気を壊したくない。


 セラと楽しそうに話している相手は誰だろうか。仕切りが邪魔で見えない。

 少し進み、角度を変えて、セラの方を見た。

 なんと相手は、いつぞや俺に『君はセラと関わらない方がいいよ』と言ってきた、謎の美少年だった。


 彼と話すセラは、普段俺と話すセラと全く異なって見えた。なんだかこちらのセラの方が、笑い方がおしとやかで、大人びていて、でも心を通わせているようにみえた。

 こっちの彼女が素で、俺のときはつくっているように見えてしまう。


 急に彼女は悲しそうな表情になった。セラもあんな表情を浮かべるんだ。きっと心が通じあっていて、信頼できるから、あんな表情を彼の前で浮かべるんだ。

 すぐにその場を離れた。


 俺って何やってるんだろう。自分がなにをしたいのか。何をしているのか、わからない。やってきたことがくだらなく思えてきた。


 田舎道はすっかり暗かった。西の空の入道雲は暗い影を作り、わずかに赤い光が漏れている。

 生ぬるいお茶を再び飲むと、口の中がチクりと痛んだ。


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