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「私ね、退院したらお兄ちゃんと海に行きたい」


 パソコンの画面越しでそう話す妹、晴香の顔は以前と比べるとだいぶやつれ、元気がなくなっていた。


「いいぞ、どこにだって連れて行ってやる。湘南、沖縄、ハワイもいいな。どこの海に行きたい?」

「家の近くの海がいい」

「ええッ! そんなところでいいのか? 汚いし、冷たいし、広告とかアニメで見るエメラルドグリーンの海じゃなくて、黒にちかい色をしたみすぼらしいところだよ?」

「それがいいの。だって、昔よくお父さんとお母さんとお兄ちゃんとで行った海だもん」

「そうか、じゃあ晴香が退院したら、そこに行こうな」

「うん。海でアイス食べたいな」

「いいぞ。なんだって買ってやるよ」

「もっといろんなこと、やりたかったな」


 晴香の声が急に細くなった。俺は息を呑むと、表情をできるだけ変えずに、


「これからできるよ」

「お兄ちゃんは、最近どうなの? 暗い顔してるけど……」

「そう見えるか?」

「見えるよ。お兄ちゃん隠すの下手だから。なんでもお見通しだね」


 俺はしばらく考えた。心当たりが二つある。一つはセラのこと。もう一つは晴香の……

 どちらを理由にするかはもう決まっている。ただどう言い表せばいいのか難しいところだ。


「そうだな……この前、悲しいアニメを見たんだ」

「それで」

「そのアニメでな、主人公はある女の子を好きになるんだけど、その子は影でいじめられていたんだ。それを知った主人公は、その子をいじめから救いたいけど、方法がわからないんだ」

「その子を助ける方法?」

「ああ。主人公とその女の子は別々の学校に通っているんだ。だから、できることがなにもないんだ。それに女の子はいじめられていることを、主人公に隠そうとしているから、余計難しいんだ」

「ふーん。それで、最後どうなったの?」


 最後? 俺はきょとんと、マヌケ面で固まった。


「アニメの最後だよ」

「ああ、アニメの最後か。まだ途中までしか見てないからわからない」

「そうなんだ」


 妹の腕が一瞬だけ画面に映った。腕の先は丸く、包帯に巻かれており手はない。手首から先は、爆撃で失ってしまったのだ。

 昔はよく、家族で海に行った。時期によっては全国から人が集まるので、海水浴場は賑やかになる。父はサーフボードを持ち、母はパラソルと荷物を持ち、時々後方を歩く俺たちを気にしていた。俺はまだ小さい晴香が迷子にならないよう、晴香と手を繋いで砂浜を移動した。


 その繋いでいた手はもうない。

 全部俺のせいだ。全部ペルディア人のせいだ。俺が勇気を出して晴香をシェルターに呼びに行っていれば。ペルディアが爆弾を落とさなければ。

 父さんも母さんも、妹の手足も   も———のに。


「ごめん」


 無意識に謝っていた。


「なんでお兄ちゃんが謝るの?」


 妹は細い声で、できるだけ以前の強気を見せようとしてきた。それがより、俺の胸を締め付けた。


「いや、その……」

「私、そのアニメの続き知りたいな。放送したら教えて」

「もちろんだ」

「私の分も頑張ってほしいな。その主人公と女の子には」

「俺もだよ」

「フフッ———ありがとうね。お兄ちゃんも、応援してあげてね」


 晴香は笑顔を浮かべると、

「そろそろ寝ないといけない時間だから、もう切るね」

「お休み」



**********



『お兄ちゃんも応援してあげてね』 

 という妹の言葉は、セラを助けたい、幸せになってもらいたいという気持ちをより強くさせた。


 今までは、北高校に密告していじめを止めてもらおうと、試みたが失敗に終わってしまった。セラの外部環境を変えることはとても難しいと痛感したのだった。


 そこで俺は、セラの内部を変えることにした。つまり、セラはいじめられていて、俺の前では明るくそして時々強く振る舞っているが、実際はかなり精神的にきているはずだ。その心の負を少しでも和らげる。それが今、可能でかつ最善な方法だと考える。


 その解は余暇だ。

 余暇は気晴らしになる。暗い気持ちを僅かでも明るくしてくれる。

 セラを楽しくさせる余暇……

 俺はセラに珍しく連絡した。


『明日一緒に登校しない?』


 この文章を送るのに、三十分以上時間を費やした。しまった、やっぱり『もしよかったら、明日一緒に登校しない?』の方が謙虚でよかったかもしれない。いやでも、それは些か謙虚すぎるような気がする。あまりに腰を低くして接していると、セラに年寄りかと笑われてしまう……ことはないが、雰囲気がすこしフレンドリーじゃない気がする。


 ああでも、メッセージを一回消して、文章を考えなおしたほうがいいかもしれない。

 と悩んでいると、すぐにセラから、

『いいよ』

 と返事がきた。俺が何十分も考えて送ったメールをたった数十秒で返してくるとは……



**********



 次の日、俺はセラと登校した。

 会ってそうそう、セラはニヤニヤしながら傘を俺に見せてきた。


「あれ、今日って雨降る予報だっけ?」


 深い青色の空が広がっており、雲は僅かが遠くでプカプカと浮いているだけだった。


「いいや。天気予報の降水確率はゼロだよ。シュウくんが突然、誘ってきたから。ほんと珍しくて、今日は槍でも降るんじゃないかと思って傘を持ってきたの」

「槍が降ってくるんだったら傘じゃ防げないでしょ。てか俺が誘うことがそんなに珍しいのか?」

「珍しいでしょ。生まれて初めてなんじゃないかな。シュウくんに誘われたの」

「それは言い過ぎでしょ」

「で、何か私に用事があるんでしょ?」

「ああ……」


 ここまで来て、急に恥ずかしくなってきた。俺が登校している理由、それはセラを映画に行こうと誘おうと思っていたからだ。

 でも、もし断られたらと考えると、恐ろしくて誘えないし。そもそも誘うこと自体が恥ずかしい。

 セラは笑顔を浮かべながら、じっとこちらを見ている。

 くそ……またこんなところで勇気がでない。俺はなんて臆病なんだ。


『お兄ちゃんも応援してあげてね』


 この前、晴香に言われた言葉を思い出した。なんだか力が湧いてきた気がする。


「今度、一緒に映画見に行かない?」

「映画?」


 セラにとって、俺は予想外のことを口にしたのだろう。セラは口を半開きにして呆然とこちらを眺めた。


「実は昨日おじいちゃんから映画のチケットを二枚貰ってね」


 チケットホルダーをセラに渡した。


「これ、多分アニメだと思うんだ。だからセラもどうかなって……」

 俺は二つ嘘をついた。このチケットは貰ったものではなく、なけなしの金をはたいて買ったものだ。『多分アニメだと思うんだ』と言ったが、これは絶対にアニメの映画だ。チケットを購入するとき、俺はさんざん悩んだ挙句にこのアニメ映画を選んだのだから。


「ホントにッ! 私この映画見たかったんだよね!」


 よかった、どうやらセラは喜んでくれたようだ。


「でも、映画館って都市部まで行かないとないよね……」

「そうだね、電車で一時間くらいかかるよ」

 セラは小さな声で「都会か」と呟いた。

「嫌いなの?」

「まあ、そんなところかな。あ、でも別に映画に行きたくないってわけじゃないよ。だから、絶望のふちに立たされてる人みたいな、顔するのやめてもらえる?」

「俺そんな顔してる?」

「あ、ごめんもしかしたら元々そんな顔だったかも」



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