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 数日が経過した。

 北高校から返事はこない。メールが正しく送信できていなかったのではないかと思い、もう一度確認してみるも、メールはしっかりと学校に送られていた。


 メールに気がついていないのか。見てみぬふりをしたのか。相手にすらされなかったのか。それとも、返信はしないだけでセラのいじめに対処してくれたか。

 楽観視はしていないつもりだった。でももしかしたら、心のどこかで、楽観的になっていて、学校に通報すれば、なんとかしてくれるだろうと、過信していたのかもしれない。


 ホームルーム前、ぬっきーは血相を変えて、俺の席にやってきた。

 仮面を付けているのになんで血相が判断できたのか、俺にもよくわからない。ぬっきーは、「シュウ大変!」といつもつけている『にょ』をつけず、走って俺の元にやってきた。


「そんなに慌ててどうした?」

「セラちゃんがいじめられている動画を入手したにょ」

「……猿木からフォローリクエストが許可されたってこと?」

「正確には裏ルートから手に入れたんだけど、まあ、そんな感じにょ。それで……」


 ぬっきーは突然無言になって固まった。


「それで?」


 固まったぬっきーを急かすと、


「みるにょ?」


 背中から、変な汗が湧き、自分の心臓の鼓動が聞こえはじめた。


「ああ、見ないわけにいかない」


 セラがいじめられている動画はいくつかあった。

 俺は二つだけみた。

 いじめの主犯は猿木ではなく、その彼女の狐坂という女だということがわかった。

 狐坂は複数人でクスクスと笑い合いながら、上履きに画鋲を数本入れると、下駄箱の影に隠れた。しばらくすると、何も知らないセラが現れた。

 ああ、その靴を履いちゃだめだ。そう叫びそうになったがなんとか堪えた。

 セラは上履きを履いてしまい、足に画鋲が刺さったみたいで、すぐに上履きを脱いだ。


 とても痛そうだった。俺の心もチクチクと痛かった。

 狐坂たちの下品な笑い声が、廊下に響いていた。

 二つ目の動画は、トイレでの出来事だった。

 複数人が、トイレのドアが開かないように押さえている。


「ねえ、誰がやってるの? 出してよ!」


 セラの声だった。セラはトイレの個室に閉じ込められていたのだ。

 するとまた、クスクスと笑いながら、女たちが個室の上部から水の入ったバケツをひっくり返した。大量の水が床に叩きつけられると同時、個室の仕切りと床の間から、水が流れ出た。

 女たちは一斉にトイレから逃げると、動画は終了した。

 ぬっきーは言った。


「なにもしないだけ、北高校はマシな方にょ」


 北高校はメールの返事をくれなかったし、なにか対処をしようとしたわけでもなかった。ぬっきーによれば、それはまだいい方らしい。

 学校側が無理に介入すると、いじめがより酷くなったり、いじめがなくなっても、よりセラが孤立することになるみたいだ。


「最初にそういう考えを教えてよ」

「ごめん、言おうと思ってたけど忘れたにょ。とりあえず、いじめ関係の問題は学校とか教育委員会とか、全くあてにしちゃいけないにょ」


 結局、作戦は失敗に終わったみたいだ。



**********



 夢を見た。悪夢だった。酷い悪夢だ。長らく見ていなかったのに。

 光のない、真っ暗な世界。俺のせい。激しい爆音と閃光。両親が死に、妹は手足を失いさらに重傷を負い苦しむ。


 長い間、そんな悪夢を回避できたのはセラのおかげだった。現実世界でセラに恋心を抱くが、夢の世界で彼女は救世主だった。


 そんなセラがいじめられていた。

 俺はそれを当然のように止めることができなかった。でもまだもがいたわけじゃない。

 死ぬ気でもがけば、きっと止める方法があるはずだ。そうと思いたい。



**********



 セラに二人で会おうと誘われた。

 嬉しい気持ちと同時に、ヘドロのような重くぐちゃぐちゃとした黒いものが、心の底でかき混ぜられた気がした。


 セラと会ってすぐ、


「どうしたの? 洗濯物を干した部屋みたいな、陰鬱な雰囲気だよ?」

「あ、そう? 多分、おじいちゃんが俺の部屋で洗濯物を干したから、こんな雰囲気なんだよ。セラは足、どうなの?」

「足? ああそれ随分と前のことじゃない。もうとっくに治ってるよ」


 その場でぴょんと飛び跳ねるセラ。


「まだ一週間くらいしか経ってないでしょ?」

「一週間もあれば、こんな怪我治るよ。それより、そのくっらい顔するのやめてくれる? 私も黒に染まっちゃうよ」

「まあ、まあ、始めましょうや。ゴミ拾い」


 そう、『二人で会おう』はどうやら『海でゴミ拾いをしよう』ということだったらしい。

 だから俺が暗いオーラを作り出していると言っても過言ではない。


「はいこれ、シュウくんの分ね」


 セラはバッグから、トングとゴミ袋を渡してきた。どうやら今回は俺の分も用意してきたらしい。藍色より深い、黒く青みがかった勝色の髪を海風になびかせながら、セラは青色のタオルを腕に巻いた。

 風は生暖かい。水平線の彼方まで続く海も、セラの髪のような碧い黒色をしている。白く肌色がかった砂浜も、縦にどこまでも伸びている。波が引き、薄い水が張った砂浜は、青く照り輝き、鏡のように空を反射している。


 様々なゴミが落ちている。それをトングで拾う。とても単調な作業だが、まったく苦ではない。むしろ、わくわくすることができる。


 きっとセラが近くにいるからだ。セラがいるところが世界の中心のように感じる。

 彼女を中心に回っているのは世界ではなく俺なのだが。

 ゴミ袋が半分ほど埋まったころ、変なオーラを放つゴミを見つけた。

 ポスター位の大きさの段ボールだ。海水に浸っていたため、しわくちゃになり、朽ちている。

 この不思議な感覚、覚えているぞ。

 ほら、誰かの視線を感じる。


 すぐに周囲を確認するも、俺のことをじっと見ている人は見当たらない。でも感じるんだ。どこかから、凄い眼力で睨みつけられているのを。背筋をくすぐったく舐めるような、暖かくも冷たい視線。

 とりあえず、この段ボールも捨ててしまおう。水に浸かっていたので、容易に折りたたむことができるだろう。

 段ボールを裏返すと、そこには『19』と書かれていた。数字は歪んでいて、わかりにくいが、俺にははっきりとわかった。他の人が見たら、何が書かれているのか見当もつかなかっただろう。


 数字を『19』だとわかったのは、以前も海で数字の書かれたゴミを見つけたからだろう。

 一つ、気が付いたことがある。今までゴミに記されていた番号を正確には忘れてしまったが、すくなくとも、徐々に数字が小さくなっているんだ。一番最初に見つけたときは確か『70』前後だったはず。次も同じように、数字の入ったゴミを見つけたら、きっとその数字は『19』以下ということだ。


 じゃあ、もし番号が『0』になったらどうなる?

 嫌な予感がした。具体的にどんな予感かはわからない。でも、胸がざわめくんだ。

 いったい、この数字はなんなんだ?


「シュウくん、目つぶって!」


 背後でセラが言った。


「なんで?」

「日頃の感謝を伝えたくて」

「感謝? 俺、感謝されるようなこと、なにかしたか?」

「うん、まあ色々……例えば、一緒に海でゴミ拾いをしてくれるとか? とりあえず、目、閉じてよ!」


 感謝か……

 まさか……次こそキッスとか……なわけないことはすぐにわかる。どうせ、またなにか変ないたずらをするんだろ?


 そんなことわかっているさ。俺の予想はきっと天気予報よりも正確だ。

 さあ、俺はどんな嫌がらせをさせられる? どんと構えてやろう。


「わかった。さあこい」


 目を閉じた。

 足が砂を踏む音が近づいてくる。


「本当に目、閉じてる?」

「閉じてるよ」

「薄目してない?」

「してないよ」

「やっぱり信じられないから、目隠しするね」


 そう言うとセラは閉じている目のさらに上から、タオルらしきものを巻きつけた。

 海から吹く風にほんのりと甘い香りが混ざりはじめた。タオルの匂いだろうか。

 セラが回り込んできて、目の前にいるのが足音でよくわかる。


 柔らかく、生暖かいなにかが、そっと頬に触れた。その何かはやや湿り気がある。真っ白な泡と赤ちゃんの肌のような匂いに、爽やかさと誘惑さを混ぜたような、毒ではないかと疑うほどの香りが、鼻孔をさした。


 俺は思わず息を止めてしまった。

 自分の鼓動が、さっきとは違う理由で伝わってくる。

 頬から、なにかが離れると、打って変わって鼻をつまみたくなるような、生臭さが漂ってきた。

 セラはタオルを解くと、


「目開けていいよ」


 目の前に、魚の死体があった。

 俺はビックリして尻もちをついた。

 魚は目が白く、口を開けている。この生臭さの正体はコイツだったのか。


「どうだった? ビックリした⁉」


 セラは天真爛漫な笑みを浮かべて喜んでいる。


「ビックリしたよ。まさか魚にキスされるなんてね。拾ったのか?」

「そう、向こうの方に落ちてたの。可哀想だからあとで埋めてあげよ」

「よく魚の死体なんて持てるね……」

「別に私も無抵抗で触れてるわけじゃないよ。ちょっと嫌かな。こういうの手にするの、なんだかんだ二回目だし」

「そうなんだ」

「やっぱり、同じ反応だったよ!」

「同じ反応?」

「以前にもシュウくんに同じことしたんだよ。まあ、シュウくんは覚えてないよね?」

「ああ……覚えてないな……じゃあ、そのときも俺は尻もちをついて驚いてたのか?」

「そうだよ」


 当時の俺が泣かなかっただけ、良しとするか。

 セラの笑顔を見て、俺は強く、心の底のさらに底からきつく決意した。

 俺がこれを守ろうと。


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