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「セラ、久しぶりだね」


 セラは自転車に乗っていた。


「いやいや久しぶりじゃないでしょ。数日ぶりでしょ」

「そうだっけ?」

「そうだけど……嫌のことでもあった?」 

「別にないけど、どうしてそんなこと聞くの?」

「なんか、思いつめた顔してたから」

「そうか? 俺はいつも思いつめてるから、普段と変わらないと思うけど」

「へえ~、そうなんだ。意外だね。シュウくんは普段何も考えてない人だと思ってた」

「失礼だな。俺だってちゃんと考えてるんだぞ」

「例えば?」

「そうだな。今日も空が青いな~とか」

「フフッ……やっぱり何も考えてないじゃん!」


 セラは小ばかにするように笑みを浮かべた。それは明るく、優しく、爽やかなものだった。

 彼女の微笑みを見て、俺は確信した。セラはいじめられてない。全て杞憂だったんだ。なぜなら、偏見かもしれないが、いじめられている人間が、こんな心をポカポカさせる、暖かい笑みを作ることなんてできないはずだからだ。


 そうだ。セラがいじめられているわけがない。


「確かにそうかもな」

「おッ今度は表情が清々しくなった!」

「俺ってそんな表情がコロコロ変わってるの?」


 セラと目が合った。ずっと、あっちやこっちや地面とか眺めて話ている間、彼女はずっと俺の顔を見ていたのかもしれない。


 気まずかったので、一瞬で目を逸らした。自分の心臓の鼓動が聞こえてくる。多分顔は真っ赤になっているだろう。気づかれちゃうかな。すぐに横目でセラを見ると、どうやらセラも気まずさを感じたのだろう、明後日の方向を眺めていた。


「うん、すごい変わってる」


 正直、俺は感情が顔に出にくい、自称クールな部類に入ると思っていたが違ったみたいだ。


「ちゃんと、前みて歩くんだよ」

「そっちこそ、ちゃんと前みて自転車こぎな」

「ねえ、シュウくん」

「なに」

「明日、一緒に登校しない?」

「もちろんいいよ」

「あ、でもいつもシュウくん家出てくるの遅いからな」

「しょうがないよ。いつも朝ご飯食べてる最中だから」

「嘘ッだあ。いつもシュウくんのおじいちゃん『今寝てるんで、起こしてきますね』って丁寧に教えてくれるもん」


 じいちゃん、いつも『孫は寝てます。なんて恥ずかしくて言えない』みたいなことを垂れていたのに、嘘だったのか。


 セラの横顔はとても凛々しく、いつまでも眺めていられる自信があった。不安が徐々に消化され晴れて行った。彼女には夏の爽やかなオレンジが似合う。きっとオレンジの酸が、腐った俺の不安を溶かしてくれたんだろう。


 なんか笑えた。


「どうしたの? ニヤニヤしちゃって」

「いや、なんかおかしく思えてね」

「なにがおかしいのよ?」

「さあなんだろうね」


 自分が笑われて不快に感じたのか、セラは俺の肩を優しく小突いた。


「てか、もう少し早く歩いてくれません? 遅すぎて自転車のバランスが保てないんですけど!」

「悪い悪い。ちょっと疲れちゃってね。だったらセラが自転車を降りれば?」

「しょうがないね。シュウくんはわがままなんだから。大人の私が譲歩して歩いてあげますよ」


 セラが自転車を降りたときだった。


「イテッ」


 着地した足をとても痛そうにしたと思ったら、セラはバランスを崩して倒れそうになった。

 ギリギリ反応することができた俺は、セラの腕と、自転車を掴んでおさえることができた。


「大丈夫か?」

「うん。へいきへいき!」


 そう言いながらも左足をびっこ引くセラ。


「足を怪我してるの?」

「別にこれくらい大丈夫だよ」

「どこ怪我してるの?」

「足の裏だよ。今日、ちょっと大きい棘を踏んじゃってね」


 その瞬間、晴れかけていた俺の心は曇るどころか、隅々まで暗転してしまった。きっと、瞳孔が急激に開いただろう。夕方だというのに明るく感じる。


「保健室、ちゃんと行ったの?」

「シュウくんはやっぱり心配性だね! ちゃんと保健室行ったから大丈夫だよ。すぐ治ると思うし」


 セラは微笑んだ。

 急激にその微笑みが悲しく感じるようになった。爽やかで、明るくて、可愛らしい笑顔なのに、なんで悲しそうに見えちゃうんだ。


「怪我してるんだったら、セラは自転車に乗りなよ。歩くよりはましでしょ? ゆっくり歩かれちゃ、いい迷惑だ。俺が走ろう」

「なにそれ! いまさっきと言ってることが違うよ!」

「いいから、いいから」


 この日、セラが学校でいじめられていることを確信してしまった。


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