11
「セラ、久しぶりだね」
セラは自転車に乗っていた。
「いやいや久しぶりじゃないでしょ。数日ぶりでしょ」
「そうだっけ?」
「そうだけど……嫌のことでもあった?」
「別にないけど、どうしてそんなこと聞くの?」
「なんか、思いつめた顔してたから」
「そうか? 俺はいつも思いつめてるから、普段と変わらないと思うけど」
「へえ~、そうなんだ。意外だね。シュウくんは普段何も考えてない人だと思ってた」
「失礼だな。俺だってちゃんと考えてるんだぞ」
「例えば?」
「そうだな。今日も空が青いな~とか」
「フフッ……やっぱり何も考えてないじゃん!」
セラは小ばかにするように笑みを浮かべた。それは明るく、優しく、爽やかなものだった。
彼女の微笑みを見て、俺は確信した。セラはいじめられてない。全て杞憂だったんだ。なぜなら、偏見かもしれないが、いじめられている人間が、こんな心をポカポカさせる、暖かい笑みを作ることなんてできないはずだからだ。
そうだ。セラがいじめられているわけがない。
「確かにそうかもな」
「おッ今度は表情が清々しくなった!」
「俺ってそんな表情がコロコロ変わってるの?」
セラと目が合った。ずっと、あっちやこっちや地面とか眺めて話ている間、彼女はずっと俺の顔を見ていたのかもしれない。
気まずかったので、一瞬で目を逸らした。自分の心臓の鼓動が聞こえてくる。多分顔は真っ赤になっているだろう。気づかれちゃうかな。すぐに横目でセラを見ると、どうやらセラも気まずさを感じたのだろう、明後日の方向を眺めていた。
「うん、すごい変わってる」
正直、俺は感情が顔に出にくい、自称クールな部類に入ると思っていたが違ったみたいだ。
「ちゃんと、前みて歩くんだよ」
「そっちこそ、ちゃんと前みて自転車こぎな」
「ねえ、シュウくん」
「なに」
「明日、一緒に登校しない?」
「もちろんいいよ」
「あ、でもいつもシュウくん家出てくるの遅いからな」
「しょうがないよ。いつも朝ご飯食べてる最中だから」
「嘘ッだあ。いつもシュウくんのおじいちゃん『今寝てるんで、起こしてきますね』って丁寧に教えてくれるもん」
じいちゃん、いつも『孫は寝てます。なんて恥ずかしくて言えない』みたいなことを垂れていたのに、嘘だったのか。
セラの横顔はとても凛々しく、いつまでも眺めていられる自信があった。不安が徐々に消化され晴れて行った。彼女には夏の爽やかなオレンジが似合う。きっとオレンジの酸が、腐った俺の不安を溶かしてくれたんだろう。
なんか笑えた。
「どうしたの? ニヤニヤしちゃって」
「いや、なんかおかしく思えてね」
「なにがおかしいのよ?」
「さあなんだろうね」
自分が笑われて不快に感じたのか、セラは俺の肩を優しく小突いた。
「てか、もう少し早く歩いてくれません? 遅すぎて自転車のバランスが保てないんですけど!」
「悪い悪い。ちょっと疲れちゃってね。だったらセラが自転車を降りれば?」
「しょうがないね。シュウくんはわがままなんだから。大人の私が譲歩して歩いてあげますよ」
セラが自転車を降りたときだった。
「イテッ」
着地した足をとても痛そうにしたと思ったら、セラはバランスを崩して倒れそうになった。
ギリギリ反応することができた俺は、セラの腕と、自転車を掴んでおさえることができた。
「大丈夫か?」
「うん。へいきへいき!」
そう言いながらも左足をびっこ引くセラ。
「足を怪我してるの?」
「別にこれくらい大丈夫だよ」
「どこ怪我してるの?」
「足の裏だよ。今日、ちょっと大きい棘を踏んじゃってね」
その瞬間、晴れかけていた俺の心は曇るどころか、隅々まで暗転してしまった。きっと、瞳孔が急激に開いただろう。夕方だというのに明るく感じる。
「保健室、ちゃんと行ったの?」
「シュウくんはやっぱり心配性だね! ちゃんと保健室行ったから大丈夫だよ。すぐ治ると思うし」
セラは微笑んだ。
急激にその微笑みが悲しく感じるようになった。爽やかで、明るくて、可愛らしい笑顔なのに、なんで悲しそうに見えちゃうんだ。
「怪我してるんだったら、セラは自転車に乗りなよ。歩くよりはましでしょ? ゆっくり歩かれちゃ、いい迷惑だ。俺が走ろう」
「なにそれ! いまさっきと言ってることが違うよ!」
「いいから、いいから」
この日、セラが学校でいじめられていることを確信してしまった。