09 悪魔騎獣と領主様の城
「おおお、これはまさか……悪魔騎獣か?」
背後から兵士達のそんな声がした。
悪魔騎獣……悪魔の名前を冠する者。それならばこの目の前にいる黒馬は、恐ろしい力を秘めているのであろうか?
というか、この馬喋れたのか。
「お前、名は?」
「……名はない。」
「悪魔なのにか?」
そう言うと、目の前の馬は歯茎をむき出すようにして笑った。
「ハハハ……。我はそんな大層な者ではない。我は【地獄獣】よ。悪魔の中でも爵位すら持たぬ半端者。それが、我だ。」
ふむ、悪魔は悪魔でも地獄獣というランクがあまり高くない個体だと言っているのだろうか?
「少しステータスなんかを見せてくれるか?」
そう頼むと、「よかろう。」と快諾してくれた。
◆◆◆
《ステータス》
名前:
種族:地獄魔馬【銀黒】
Lv.15
HP 700
MP 750
STR 70
DEX 30
VIT 50
AGI 80
INT 25
LUK 0
《種族スキル》
・【超跳躍Lv.2】
・【走破Lv.5】
・【後ろ蹴りLv.5】
・【炎獄Lv.3】
《スキル》
・【猪突猛進Lv.4】
・【雷走Lv.2】
・【噛みつきLv.3】
◆◆◆
え、強くね?
こんな強いやつが序盤に出ていいのだろうか。
「……どうだ、我の力は? これでもかなり力を失ったのだがな。」
「いや、今の力だけでも圧倒的だ。全然問題ない、むしろ良すぎるぐらいだぞ。」
ほくほく顔で喜んでいると、黒馬は立ち上がり、こちらに目を合わせた。
「……お主が名前を付けてくれ。それで我との騎獣契約が完了する。」
なるほど、名前をつけることで完全に契約したことになるのか。
となると、名前だが……うーん、なかなか良いのが思いつかんな。マタノフグリとか、ワキノキバミとか………どうだ?
「おい、変な名前は拒否するぞ? 我だとて珍妙な名前で呼ばれたくはないからな。」
クソ、駄目か。まあ当たり前だが。……ならば神話からとったあの名前にしよう。
「よし、決めた。今日からお前はディーノスだ、ディーノスと名付けよう。」
「ディーノス……良い響きだな。気に入った。ならば今日から我はディーノスだ。」
ディーノスという名前を気に入ってくれたようだ。真っ赤な目を細めながらクツクツと笑っていた。
「よろしくディーノス。改めて自己紹介しよう。私はスチュワート、しがない執事だ。」
「お主はスチュワートか。これから我はそなたに使える者。我を存分につれ回してくれ。」
ディーノスがそう答えると、今まで出ていた魔法陣が強い光を発し、光の玉となり、浮かび上がる。そして、二人の目の前で別れ、それぞれの身体の中に入っていった。
《契約が完全に完了しました》
どうやらこれで終わりのようだ。召喚の本もふわふわ浮かび、こちらに帰って来た。
よし、これでやっと移動できるな。
「では皆さんお待たせしました………て、なぜそんなに離れているのです?」
振り返ると、兵士達が私とディーノスからかなり離れた場所に退いていた。
「いや、ちょっとそのモンスターに気圧されてしまってね。話すことができる騎獣なんて竜系のモンスターだけかと思ってたからね。」
ふーん、やっぱりそういった系統の騎獣もいるのか。この先見つかると面白いかもな。
「では、街に戻ろうか。リリアナ様がお待ちだ。」
「そうですね。」
気持ちを切り替えたのであろう兵士の言葉に賛成する。
「……という訳だディーノス。さっそく初仕事だが、いけるか?」
「余裕だ。」
ディーノスは余裕そうにニヤリと笑う。
これは楽しみだ。馬に跨がるのは牧場の体験コーナー以来だが、【騎乗】のスキルもあるし大丈夫だろう。
ディーノスの身体に跨がる。
身体が大きい為、バランスが取りやすかったのは僥倖だった。
鞍や手綱が無いのは仕方ない。そのうち揃えよう。自作してみてもいいかもしれない。
「では、私が先導するのでついて来てくれ。初めてだから飛ばしてみたい気持ちは分かるが、すまんな。」
「いえいえ。私は後からついて行きますよ。」
兵士達の騎獣が走り出すと、ディーノスもそれに続いた。
夕焼けに染まる草原を駆ける騎獣達はまさに画になる。私達は風に乗るかのように、走った。ディーノスの銀の鬣がなびく度に、夕焼けに反射してとても綺麗だ。振動もあまり感じることはない。いたって快適な乗馬体験と何ら代わりはないようであった。
たまに出てくる不幸なプレーリーチキンを轢き倒しながら街へ向けて馬を進めること四半刻、歩く時とは段違いの早さで始まりの街ファスナに到着した。
「よし、普段ならここで騎獣から降りて貰う規則だが、今回は特別許可を貰ってる。このまま、領主様の城まで行くぞ。」
街の入り口で降りようとしていた私に兵士がそう言ってくれた。
領主の城は私達が入って来た門から街のセントラルを抜けた反対側にあった。
夕方の街は昼間見ていた時よりも、活気があるように見えた。特に、飲食店が看板を出し始めるこの時刻は、市場やハンターギルドから流れて来たハンター達や非番の兵士達が来るため、一際騒がしいようだ。
プレイヤーらしき人もちらほら見えた。
「さあ、あれがサリバン様の城だ。」
「おお。」
領主の城は近くで見ると、また一段と素晴らしい場所だった。磨き上げられた白い石造りの城であり、見栄えを重視した造りに見せながらも、至るところにバリスタ砲や投石穴が備え付けられていた。防御も固そうな城である。
城門から内部に入ると、そこでディーノスから降りるよう言われた。
「これから、リリアナ様へのもとへ案内する前にあなたの騎獣をアクセサリー化してくれ。もし、嫌なら獣舎に預けてもいいぞ。」
アクセサリー化か。ディーノスはどんなアクセサリーになるのか楽しみではあるな。
「ディーノス、しばらくアクセサリー化してくれないか? ここから先にはその姿では行けないよ。」
「ふむ、人間は面倒な生き物よ。……あいわかった。」
ディーノスはそのまま行く気満々だったようだ。ちゃんと言っておいて正確だったな。
「その必要はないわ!!」
急にそんな声が響いた。
声の出所を探すと、それは直ぐ見つかった。
お城の正面扉の前にいたからだ。
それはアンバーの瞳に茶髪の10歳程の少女であった。
桃色のかわいらしいドレスを身に着けて、トテトテとこちらに歩いて来る姿は保護欲を掻き立てられるようだった。
「……リ、リリアナ様。」
兵士の慌てた声に、私は意識を復活させた。
そうか、この子がこのファスナの領主の一人娘であるリリアナ・サリバン様なのか。