03 ごみ屋敷
とりあえず街の広場にあったベンチに腰掛け、ステータス画面を開くイメージをする。すると、目の前に半透明の設定画面が現れるのだ。
そこにある《アイテム》という欄をタップしてみる。
◆ ◆ ◆
《アイテム一覧》
・【初心者の剣 】
・【初級HP回復薬】
・【初級MP回復薬】
・【執事の仕事セット】
・【契約書】
◆ ◆ ◆
アイテムの中で気になった物を見ていこうか。まずはこれだな。
【執事の仕事セット】
・執事が主人の期待に応えるための仕事セット。裁縫セット、細工セット、手紙セット、靴磨きがセット内容である。(※スキル【執事の嗜み】がないと使用不可)
なるほどな、こいつは職業スキルで手に入れたものらしい。
生産スキルとしてはかなり使えるかもしれないな。
そして次はこいつだ。
【契約書】
・主従関係を結ぶもの。あなたが支えたいと思った人とつかいましょう(※盗難無効)
これは執事として、最初にやらなくちゃいけないやつだな。とはいえまだ右も左もわからない状況だ。しばらく使うことはないだろうな。アイテム欄を閉じると、ベンチを立ち上がる。
「さて、最初の街の探索でもやってみますか。」
観光案内みたいな施設があればいいんだが。
◆ ◆ ◆
街をぶらぶら歩いて施設を確認していると、とある扉が目にとまった。
人ひとりが無理して入りそうなその扉は真っ黒な木製扉で、注意してみないと見逃していただろう。
「はーい、いらっしゃい。何かお求めの情報でも?」
中に入ると、大量の本や羊皮紙の巻物が所狭しと積み上げられた棚が乱立しており、その奥にカウンター席に据わった女性が煙草をふかしながら、こちらを値踏みするようにみていた。顔は深目に被ったローブのおかげで見えなかったがな。
「……煙草を消すことをオススメします。本がヤニで痛みますよ。」
「それがアタシに最初に言う言葉かい? 他の客ならすぐ用件を言うもんだが。」
見た目に反しては若々しい声で喋る女だな。これが若造りというものだろうか?
「おい、今変なこと考えてなかったかい?」
「……そんなことは私の自由です。考えるのは誰にも邪魔されない自由の一つですから。」
「言うねぇ。わかった消してやるよ。」
女は煙草の火を消すと、そこらにあった灰皿に押し付けた。
灰皿にも吸殻が沢山積み上げられ、汚なかった。
「で? 用件を聞こうか。」
うーん、やはり本にも埃が溜まってるし、いくつか虫食いが酷いのもある。こういうのほっとけないんだよ。
「おーい? 」
うわー、吸殻があちこちに落ちてるわ。今までよく火災が起きなかったなあ。 あっ、ここら辺焦げてるわ。ダメじゃん。
「おーい? ちょっと聞いてる? 」
一番下の本なんかカビ生えてるし、これよく死なないな。いくつか虫の温床になってるし。
「おーい? おーい? どこ行くの……って! そっちは駄目ーー!!!」
こっちはどうなって………。こりゃ酷いわ。
「見ないでよぉ! 何で人ん家勝手に入るの!?」
いや、これ家って言えないだろ。あばら家の方がマシだわ。
「デリカシーのない男ね! 綺麗な紳士かと思ってたのに! 早く用件言って出てって!」
一応、嫌でも仕事はするのかよ。なら頼むかな。
「……情報、情報ね。それなら丁度欲しい情報があります。───街の地図はありますか?」
「そんなものないよ。 地図は領主サマか王サマしか持ってない。ウチはそんな危険な商売はしてない。」
なるほど、情報屋だと悪いイメージしかなかったが、まともな商売をしているのもいるようだな。
「ないなら仕方ない。ならば、雑貨屋がどこにあるか教えて頂いても?」
「それなら、この店の隣にあるけど……。それじゃお金はもらえないわ──って早っ! もう行っちゃった。」
雑貨屋は隣にあった。ここに来たのは掃除道具を揃えるためである。一応、彼女の家にもあったが、ボロボロで使い物になりそうになかったのだ。俺はあのゴミ屋敷を放ってはおけない。本が可哀想だからだ。
「いらっしゃい。何をお求めかな?」
「こんにちは、掃除道具を揃えたいのですが。」
「それならこれだな。【高級掃除セット】、今なら50,000リアだ。」
「欲しいけど高過ぎるね。もっと安いのはあります?」
リアはこのゲームでのお金の呼び方だ。今の予算は最初に持たされた5,000リアだけだ。一桁足りんな。
「予算は?」
「5,000リア。」
「ならこれだな。【ボロい掃除セット】これなら2,500リアで売ってやる。【掃除セット】は6,000リアだからな。」
ふむ、それならば値下げ交渉をしてみるか? いや、NPCにまで、そんなみみっちいことはできないな。
「では【ボロい掃除セット】を頂きます。」
「おう、2,500リアだ。」
アイテム欄の一部にあった2,500リアが革袋に入れられた状態で現れる。
それを手渡し、アイテム一覧に【ボロい掃除セット】が追加されたのを確認すると、雑貨屋を後にした。
「うわっ、戻ってきた。」
「うわっ、じゃありません。今からここを掃除しましょう。」
情報屋に戻ると彼女はまた煙草を吹かしていたようだ。口から煙草を奪い取り、火を消すと彼女に【ボロい掃除セット】の中にあるはたきを持たせる。
「きゅ、急になによ! この店をどうこうしようが私の勝手でしょう!?」
「こんな埃とカビと虫食いだらけの本に囲まれた店があってたまるか!」
彼女の言葉にカチンときて、ついロールプレイを無視した口調になって怒鳴ってしまった。
「……うう。わかった、やるわ。やればいいんでしょ! 私は自分の部屋からやるからあなたはこの部屋任せたわよ! 本とか棚は好きに移動させていいから!」
気圧された彼女ははたきを持つと、一番大変であろうこの部屋を押し付けて、奥の部屋に行ってしまった。
「え、ちょっと……。マジかあの女。」
でも仕方ない。むしろあいつが横からギャーギャー喚いて邪魔するよりマシである。そう思うことにしよう。