第27話 正義と我が儘
「とまれ! 急に現れたモンスターめ!」
門の前にはやはりかつて裏商店街を襲っていたあの青年がいた。剣を振り上げ、歩兵の行進を邪魔している。先行した旗持ちが説得を試みているが、暖簾に腕押し糠に釘であった。
「………これはこれは。」
エンディムは彼らの姿が可笑しいのかクスクス笑っている。
「むぅ、こいつは困ったな。」
「そうですな。おそらくアグレアス様は前にでるべきではないかと。問答無用で切られます。」
そう言って二人は私を見る。
「……私しかいませんね。」
「うむ! 頼むぞ。」
「私はまだ人間の魔術師に似てますから、お供しますよ。」
エンディムと二人で兵士達の間から前に出ると、道を塞いでいた青年は目の前で話していた旗持ち達を振り払い、こちらにズカズカやってきた。
「ようやく話が通りそうな奴がでてきたな。 お前が親玉だな? 」
「まあ、そのようなものです。私はこの街の領主に仕える執事、スチュワートと申します。」
「なっ! 領主がモンスターと繋がっていたのか!?」
「いえ、彼らは私が呼び集めました。領主様は人手不足にお悩みになられていたので。契約は交わしていますよ? 危害は加えません。むしろ街を守ってくれます。」
「くっ! そうか! 貴様が誑かしたんだんだな! 」
悪役とはこんな気分なのだろうか、力の強いクレーマー相手にしてる気分になってきた。
「お前を倒し、俺は領地を救う! お前達、力を貸してくれ。」
「おう! 【下位筋力上昇】!」
「まかせて! 【下位聖霊召喚】!」
自称勇者の後ろに控えていた二人が魔法を唱えると、勇者達の身体がオレンジのオーラのようなものを纏い、小さな魔法陣からは真っ白な鳩が表れた。
「…戦闘は避けられないようですな? 」
エンディムは楽しそうに言う。
「はぁ、彼らは私を傷付けたらどうなるかわかっていないようです。」
家紋を持つことを許された家臣を傷付ける。これは街を支配する領主に対する宣戦布告と取られ、街にいれなくなるどころか、国から犯罪者扱いを受けることになる。
貴族はメンツが命である。そのメンツを潰された場合は徹底的に報復するのが、この世界でこの国での貴族達である。
自分の首を絞めていることに気づいてなかった。
「いくぞ!【一閃】!」
勇者が剣を横凪にはらってくる。しかし、それは見えない壁により弾かれた。
「そのようです。では私もサポートしましょう後ろの二人はおまかせを。【障壁】」
エンディムがどうやらやってくれたらしい。
「はぁ、仕方ありません。死は覚悟してください。」
【一閃】を弾かれた勇者は身体がよろける。そこに一気に詰め革鎧の隙間に指をいれて持ち上げ、投げ飛ばす。
「うわぁぁぁ!?」
勇者は地面に顔から突っ込み、草むらが顔を擦った。
「くそっ! うぉぉぉぉぉぉぉ!!」
しかし、すぐに起き上がると咆哮をあげながら斬りかかってくる。
スキルならばいざ知らず、実戦はこちらが経験豊富である。マインゴーシュで防ぎ、弾き返す。しかし、勇者の一撃は強化をもらってるからかかなり重かった。防御したにもかかわらず、ダメージを受けたのだ。
「うわっ!」
「…まだ続けますか? 」
「モンスターになんか負けないぞ! 【熱帝寿燐】!」
勇者は身体にきらめく炎を纏った。熱帝寿燐がどのようなスキルかわからない為、距離を取ろうとした。
先ほどとは比べ物にならないスピードで勇者の剣が迫る。
寸前で防御したが今度はこちら側が吹き飛ばされてしまう。
「もらったァ!」
地面に倒れてしまった私を勇者が追撃する。私はブレイクダンスのように足を振り回し抵抗した。
決死の一撃は身体を掠め、地面に深い切り口をつくる。
「しまった!」
チャンスだ。勇者の足に自分の足を絡ませ、両手でも足を掴んだ。
「ッ!?」
「痛みは覚悟してください!」
そして身体をねじり、体重を乗せて回転した。
ゴキィ!と鈍い音と共に勇者の片足は本来ならばあり得ないほうに回っていた。
「ぐぁぁぁぁぁぁ!!」
勇者は痛みに悶える。片足では立つこともままならないだろう。靭帯断裂に足首の関節を破壊したのだから当然だがな。それよりも気になった。
「……おや、痛覚制限を解除してましたか。」
痛覚設定は初期設定では2%ぐらいまでだったはずだ。戦闘なんかやったこともない人がほとんどな為の措置である。
もちろん外すことはできるが、10%からは同意書が必要だし、それでも50%までだ。それ以上は課金要素にしてある。
私? 私は上司の意向により100%痛覚設定かつエログロ表現全てを解除されてる。
おそらくこの勇者はこの世界を純粋に彼なりに楽しもうとしたのだろう。
しかし勇者の答えは予想を超えた。
「……くそぉ、配信でルーレットに負けてやっただけだ! だから90%にぃぃぃぃ! ギャアアアアアア! やっぱり痛い痛い! 」
どうやら見栄を張ってやったような節である。
そのうち勇者くんは身体が光に包まれ消えてしまった。緊急ログアウトが発動したのだろう。脳が異常なほど反応した時に働くセーフティのようなもので、モンスターの戦闘によるトラウマを作り、戦場から帰ってきた後の兵士のような精神病にならないようにである。
なんだか拍子抜けであった。
「……決着はついたようですな。」
エンディムは勇者のサポートをしていた二人を難なく倒していた。いや、撃退というべきだろうか? ボロボロになった二人は街の中に捨て台詞を吐いて逃げたらしい。
街の中では戦闘は御法度だ。特殊なエリア、もしくはPVPシステムを利用すれば闘える。
彼らが逃げたのはその為だろう。
「彼らはどうするんです?」
「顔は覚えています。後で兵を派遣し取り押さえてしまいましょう。」
エンディムは少しウキウキしたように言う。
騒ぎを見ていた野次馬達に目を向けると、たじろいた。
少し怯えてしまったようだ。
「お見苦しいものをお見せしました。彼らはこれから街の防衛に携わる人員達です。街の治安を守るためにも、外部からの攻撃にも対抗するためにもどうかご理解とご協力をお願いいたします。」
こう言っておけば大丈夫だろうか? あとで各ギルドにも御触れをださないといけないな。
「エンディム。」
「大丈夫かと。彼らからは恐怖の感情が薄れた気がします。」
それを聞いて安心した。
「それはよかったな。では皆! 旗を上げ音楽を鳴らせ!」
いつの間にか来ていたアグレアスの号令により、太鼓やラッパの音がリズミカルに響き、悪魔達による行進が行われた。
最初は度肝を抜かれていたがプレイヤー達はお祭り気分になり大騒ぎを始め、それにつられて住民達も騒ぎはじめた。
祭りの雰囲気に乗って、交遊を深めようとするプレイヤー達も見られた。
ワイバーン達による火の曲芸や飾り装備を身につけた騎馬隊の行進は人々を楽しませた。歩兵部隊は槍をリズムにあわせ
回して見せたりした。
安全なモノ、味方だと受け入れられたら後は早かった。プレイヤーは言わずもがな住民は悪魔だろうが人だろうが、守ってくれると認識すれば案外どうでもいいようだ。
領主の屋敷までパレードは続き、正面入口にはお嬢様がまさに仁王立ちして待っていた。周りの使用人達がなんとか行儀よくさせようとしていたが、腕を組みふんぞり返っていた。
「お嬢様、ただ今戻りました。」
「【千里眼】で見てまってたわ。後ろの悪魔達はあなたの配下なんでしょ? スチュワートの足を引っ張らないように頑張りなさい。」
いつもとは違う凛とした言葉と姿に気圧された。これが支配階級のカリスマというものだろうか。
「ええ、せっかくの人間界。しっかりサポートさせていただきます。」
「わっはっはっは! この前に立ったまま気絶していた小娘か! しかし面白い! 流石はスチュワートが仕える主よ! 力を貸そう!」
エンディムは面白そうにアグレアスは楽しそうに答えた。
「兵士達は屋敷の裏に騎士団、自警団達の訓練場があるからそこに一旦移動させるといいわ。パ…お父様からの指示よ、あなた達の代表は今から私達と話をしてもらうわ。スチュワートはお茶を用意なさい。」
「かしこまりました。」
的確に指示を飛ばすお嬢様は逞しく支配者としての片鱗を見せた。いつものワガママを見ていた側としてはとても喜ばしい――
「あ、スチュワート、お菓子はいつものバームクーヘンがいいわ! ダッシュで買ってきなさい! 」
小声で後から要求された。急には変わらないものだねやっぱり。
注意)スチュワートが勇者(笑)にやった技は実際にできます。簡単にアキレス腱や足関節壊せてしまう技なので絶対に喧嘩やじゃれあいなどで使わないでください。




