016 契約と新たな力
「…お前か? 魔界の扉を開いた者は。」
兜からチラチラ覗く青白い目は私を見据える。
「そうだ。……私が呼び出した。」
「ほう。悪魔を呼び出す召喚の儀をする者はほとんどいなくなったと思っていたが……。望みはなんだ?」
ん?この悪魔意外と話が通じるタイプか?
「契約に応じてくれるのか?」
「いや、魔界の扉を開けた者が久しくてな。どのような欲深な輩か見てみたくなって来ただけ………だったんだが………。」
悪魔は言葉を切ると、こちらを頭から爪先まで見る。
「………どこかの貴族の執事が呼んだなんて驚きだ。しかも悪魔を呼ぶにしては魂の色もそこまで悪くないのが面白いな。………興味が沸いた。お前、私にどんな契約を持ちかけるつもりだったのだ? 内容によっては引き受けることもやぶさかではないぞ?」
お? これはチャンスでは?
『主! 主! やめとけ! 我でもこのお方の力は測り知れん! 何を対価に要求されるかわからんぞ!』
しかし、心を読んだのかディーノスが注意を促す。
なるほど、確かにそれはあるかもな。
もし危険な悪魔なら全力で門を閉じなければ……。
「ん? どうやら貴様は既に悪魔を従えてるようだな?そんな寄り代に隠れてないで出てこい。」
「…………ディーノス。」
バレてるぞお前。
諦めて出てこい。
『……仕方ないの。』
モノクルが蠢くと、ポンッと軽やかな音とともに巨大な馬となった。
ディーノスである。
しかし、先程とは違い生まれたばかりの子馬のようにガクガク震えていた。
「ふむ。………お前は悪魔獣の類か。本来ならば我々のような悪魔は人と相入れない存在。しかし、どんな集団にも物好きは居るものだ。何故貴様はこの人間について行こうと思ったのだ?」
「………はい。我……いや私は彼の人間に呼ばれる前には、神々より封印されていたダンジョンの中にいました。獲物を待ち構える日々……しかし、肝心の挑戦者はいくら待ってもでて来ない退屈な日々でした。そんなある日に、主に呼ばれました。初めて見る外……人間界はあのダンジョンのような薄暗い場所ではなく、とてもとても素晴らしい景色でした。その時にはもうあそこに戻るという選択肢はありませんでした。」
「ディーノス…………。」
ディーノスは最初は震えていたものの、最後は力強く答えきった。
まさかそこまで思ってくれていたとは。
会ったばかりでわからなかったが、なかなかかわいい所があるじゃないか。
「なんと! 貴様はあの塔に封じ込まれた同胞であったか!」
鎧の悪魔は装備をガチャガチャいわせながら驚きの声をあげた。
ディーノスのいた《ラスト・オブ・タワー》はたしか、エクストラダンジョンとアナウンスが言っていたな。
エクストラダンジョンは愚か、普通のダンジョンですら未だにトッププレイヤーでも見つけてないみたいだし、かなりレベルが高いダンジョンなのだろう。
しかし気になるのは神に封印された、というのはどういうことだろうか?
神が封じる程のヤバい奴をそのダンジョンに閉じ込めていたのか?
謎は深まるばかりだ。
それはともかく、まずはこの鎧の悪魔が先だ。
「私の契約内容を話しても?」
「……ああ、悪かった。いいだろう、言ってみるがよい。」
「契約内容は……ここにおられるリリアナ様の護衛、それだけだ。」
「……………は?」
鎧の悪魔は気の抜けた声を出した。
そんなおかしな契約内容だろうか?
見た目騎乗の格好をした悪魔ならそのような契約をメインにしているのかと思っていたが。
「待て待て待て! それだけか!? たったそれだけなのか!? そんな契約をしたくて【悪魔の笛】をも使って我を呼んだのか!?」
「それだけ? もしや、契約の内容が触媒と釣り合ってなかったのでしょうか?」
それか供物が足りなかったか?
「逆だ逆! 我が貰いすぎだ! 【悪魔の笛】は我らの中では最高級の供物、触媒だ。そんな契約をする時はだいたい傲慢な黒魔術師が世界を支配したいとか欲深な国の王が永久の寿命を求めたりとか……そんな高いランクの契約に使う物だぞ!? 」
え、マジか。そんな危険物がなんで最初の町の裏商店街にあるんだよ。
後で聞きにいかなきゃな。
「………ぬぅ。まさかそんな欲深ではない者が悪魔を召喚するとは………しかし、条件は悪くない…………そうだ、そうすればいいのか!」
鎧の悪魔はしばらく考え込む。そして、何か思い付いたのか、手をたたくとこちらに向き直った。
「………よし! わかった、その契約乗ってやろう。」
「本当ですか?」
「ああ! 少し時間を貰うが、釣り合いを取る方法を思い付いた。」
それは何か、と聞く前に手で制された。
「まあ、そう焦るな。直ぐに……そうだな3日程時間をくれ。そうしたらかき集めてこられる。」
集める? いったい何をだ?
しかし、悪魔は答える気はないようだ。
ここは一つ、楽しみにしておくとしよう。
「かしこまりました。それでは契約を。」
「うむ。…ああ! 一つ忘れていた。契約するのはそこで立ったまま失神している娘より、貴殿がいい。」
あ、本当だ。立ったまま失神してる!器用だなぁ。
「私にでしょうか。」
ふむ、性格も悪くなさそうだしリリアナお嬢様に直接契約させようと思っていたが、本人が望むのであればそっちがいいのだろう。
契約主がお嬢様か私かの違いだけである。
「わかった。ならば改めて契約をしましょう。」
「了解した。【契約の儀式】よ!」
悪魔がそう唱えると1巻きの羊皮紙と羽ペンが空中に現れ、そこには契約書と書かれていた。
「ささっ! こいつにサインをしてくれ! 契約内容に不備がなければだがな。ちゃんと確認はたのむ。何か追加したいなら気にせず言ってくれ。」
気になって理由を聞けば過去に契約内容以上のことをさせようとした輩がいるらしく、悪魔が「そんなことは契約内容になかった」と断ろうとしたが召喚主も引かず、結局頭にきた悪魔が召喚主とその所属していた都市ごと真っ二つに切り裂いて契約解除(物理)をしたようだ。
いや、都市ごと真っ二つって…。考えないようにしよう。
「ふむ、契約内容で特に言う所はないですね。」
契約内容はお嬢様が望む期間の護衛と私の補佐役としてサポートすると………まあ、ちょっと求める内容が違うが誤差である。
「よし!ならば【我、アグレアスの名において契約す】!」
悪魔、アグレアスがそう言うと契約書が紫の炎を上げて燃えあがり、互いの左胸の中に吸い込まれるように消えていった。
「……これで契約は成った。これからよろしくたのむぞ、新たなる主よ。」
「はい、よろしく頼みます。」
《悪魔と契約に成功しました!称号【悪魔と契約せし者】を獲得しました》
《契約内容によりスキル【悪魔のセンス】【悪魔法】を獲得しました》
《お知らせします、このワールドで初めて悪魔と契約したプレイヤーが現れました。これより悪魔・天使の種族が進化先として解放されます。また、新たなスキルも解放されます。》
《初めて悪魔を良好な状態で契約されたプレイヤー:スチュワートには称号【悪魔の隣人】が贈られます。尚、この情報は秘匿されます。》
おおう、沢山のスキルや称号が増えたな。
まあ、確認は後にして今は目の前の悪魔と話をせねば。
「さて、我は先ほど言ったように一旦魔界に帰る。召喚の釣り合いを取るためにな。なに、3日あればすぐに戻れる!」
アグレアスは胸をゴーンと叩く。
「それです。3日間の間代わりの者などをお願いできますか?」
リリアナお嬢様はとてもワガママである。今日は失神しているので無理であろうが、明日と明後日からは悪魔の護衛を引き連れ、街にくり出して行く予感というより確信がある。
3日間寝たきりなら問題ない(それはそれで私が領主からキルされかねない)が、起きてしまったら早速に3日のお預けをもらい、いよいよ癇癪玉を破裂させるだろう。その対策のために何としても代役が必要であった。
「ふーむ。たしかに貴殿の主はそんな気がするな。よし、ならば3日明けるのは契約に反するということにして代役を遣わそう【悪魔生成】!」
赤黒の魔法陣が現れ、その中から2体の影?靄のような者が生えてきた。
よく見ようとすると嫌がるようにくねくねするのがちょっとかわいいな。
「そいつらは【ミミック・デーモン】。普段は何か箱状の物に憑依しているからあまり本体をじろじろ見るのはやめてあげてくれ。こいつらが恥ずかしがってる。」
あ、やっぱり恥ずかしかったのか。
「これは失敬。」
「だからお嬢様?にはこいつらを取り付かせた小箱を持たせておけはいいだろう。我が生成した悪魔ゆえ貴殿の言うことにも従う。」
「なるほど。では後程私が【細工】でアクセサリーにしましょう。どうせなら綺麗な箱がいいでしょうし。」
ミミック・デーモンは肯定するかのように影をゆらした。
「よくわかってるな。ミミック・デーモンは綺麗な箱に取り付くと色々特性を持つようになる。能力については取り付いた箱の評価や本人の好みによって変わるらしいがな。」
それなら尚更いい箱を作ってやりたくなった。スキルをフル活用して作ってあげよう。
「わかりました。それでは私はお嬢様を部屋に運んでいきます。箱作りはそれからでも?」
「まあ、好きにしな。我もなるべく早く戻るよう努める。それでは一旦失礼する。」
アグレアスはそう言うと魔界の門を開き、帰っていった。
よし、私も行動を開始しますかね!
ミミック・デーモンA「なーなー俺たちまだこのまんまかな?」
ミミック・デーモンB「まあ、あの人間があのチビッ子運んだら作るって言ってたけど?」
ミミック・デーモンA「でもさー、ちょっとこの姿だと恥ずかしいんだよなー。」
ミミック・デーモンB「人間からしたら俺達素っ裸だからな(笑)」
ミミック・デーモンA「いや笑い事じゃねーよ。…………早く作ってくれるように運ぶの手伝うか。」
ミミック・デーモンB「そうだな……。」
この後、ミミック・デーモン二人によるサポートによりスチュワートはかなりの速さでお嬢様を部屋のベッドに寝かしつけるのに成功。サリバン(セ○ム)に見付からずに済んだのも彼らのお蔭であったりする。




