014 主人公キャラあらわる
「おーい、私はもう帰るぞ。」
「うーい。 そうかー、きーつけてなー。」
「ベロンベロンじゃねーか。 あまり店の連中に迷惑をかけるなよ。」
酔っぱらったハゲを横目に、飲み代を支払う。
「……まいど。 良ければまた来てくれ。」
「金と気が向いたらな。 じゃあな。」
◆◆◆
「……で、良かったのかい? そのまま行かせちゃって。」
ランスキーがいなくなった後、バーテンダーの男は静かに言った。
「ああ。 あいつはシロだ。話を聞く限り、《赤沼》からの刺客ではなかったな。 」
酔いつぶれていた筈のダナーは先ほどの態度とはまるで別人のように話していた。
「まったく、酔いに強い筈なのに弱ったふりをして油断を誘うなんて、流石はダナーだな。」
そう、彼は酒には強いのだ。そのためダナーは自分の強い部分を遺憾なく発揮できる酒場に案内したのだ。この酒場も、様々な仕掛けがある。
「ランスキーは傍目から見れば普通の奴だな。良くも悪くもない。ただ、あいつのスキルや職業は解らなかった。」
ダナーの言葉に男は意外そうな顔をする。
「へぇ、【覗きの魔眼】があるダナーが見ることが出来ないなんて……よっぽど強力な隠匿系スキルを持っているんだろうね。」
「………もう少しランスキーは見る必要があるかもな。 」
「そうか? 僕は彼はあまり害のないタイプの人間に見えたけどね。 ……ところで、ランスキーに渡したあの紙ってなんだい?」
「ああ、あれはあいつが欲しそうに眺めていた店の紹介状だよ。もし、あいつが只の賞金稼ぎだった場合の為のちょっとしたお詫びの品でもあるな。あいつの店は俺の兄貴がやってるから、紹介状の渡す役目も押し付けられたんだよ。」
「へー、そんなに持ってるんだ。」
「ほら、まだここに四枚も……………あれ?」
「お? どうしたんだい。」
「………なんで紹介状が五枚あるんだ? 」
ダナーが広げた服の内ポケットに五枚の紙が収まっていた。しかし、もう片方にあった筈の【勢力図】がなくなっていた。
「まさか俺、間違えて………。」
ダナーの顔からサッと血の気が引く。あのメモは《悪魔の血》のアジトの位置や、その他の敵勢力の位置を今まで苦労して集めた情報から作成したものである。
仲間でもないランスキーにそれを渡してしまい、彼がもしそれを敵勢力側に売ってしまったら? 漏らしたのが自分だと言われたら?
結果はわかっている。見せしめとして殺されるだろう。
でも、今ならまだ間に合うかもしれない。
「………早く行かないと不味い!! 悪い! ちょっと行ってくる!」
「気をつけてな。」
ダナーはハンマーを急いで担ぎ上げると、矢のように飛び出して行った。
◆◆◆
裏商店街に戻りながら私は、ダナーからもらった【勢力図】について考えていた。
このメモを何故くれたのか理由がわからないのだ。今日ちょっと見知っただけの他人にいきなりこんな重要そうなメモを渡すものか?
うーん、分からん。後から見ておこうかな。とりあえず、【勢力図】をインベントリにいれておいた。
《【通信】に反応があります》
ん? グラース様かな?
「はい。」
「スチュワートォオ!! 今何処をほっつき歩いてるの!!?」
耳元がキンキンなるような大声で、お嬢様の声が聞こえた。
「お、お嬢様……。」
「パパがさっきからうるさいのよ!! ストレスが溜まって仕方ないわ!! 」
ああ、あの親バカをまた発揮しているのか。
「しかし、私はまだ帰るまで時間が掛かります。」
「知ってるわ!! パパに仕事を押し付けられて外にいるんでしょう? だからついでに、表通りにあるお菓子屋さんで【限定☆ヴァームクーヘン】を買って来てよ!」
お菓子の調達ね、了解。
「かしこまりました。では、仕事が一段落し次第買ってきます。」
「はやくね!」
そのままお嬢様と通信を切った。
さて、表通りだったか────。
────ズガゴゴゴンッ!!
急に目の前から爆音が響き、遅れて衝撃が来た。急いで近くの屋根に登り、あたりを見渡すと、そう遠くない場所から爆炎が巻き上がるのが見えた。
何かが爆発したのだろうか?
「………あそこは、あの商店街がある場所か!」
急いで現場に急行する。野次馬根性というよりかは、何が起こってるのか確かめたかったのだ。
いきなりの爆発音にパニックとなり、道を走り逃げまどう人々には目もくれず、屋根づたいに走って行く。
「悪魔の手先め! 勇者である僕が悪を打ち倒す!!」
現場の近くからそんな声が聞こえた。確認のため、フードを深目にかぶり直し、屋根の影から様子を伺う。
予想は当たっていたようで、ついさっきまでいた裏商店が連なる商店街のあちこちから煙が上がり、いくつかの建物は風船のように爆発したのか、見るも無残な姿となっていた。
その周りを街の自警団と共に、火を消そうとしたり瓦礫に埋まった人を助けようとしている住人を取り押さえているプレイヤー達の姿もあった。
「店がぁ! 私の店がぁ!」
「非合法商売をしてきたツケだ! ほら! 立て!」
「くっ!あああ! 目が! 目が!」
「お母さん!お母さん!」
「お前もだ、来い!ガキ!」
「やめてー!!」
目の前に広がる地獄のような光景に、不思議と心は動かない。ただ、冷めた目で、現状を分析するだけの自分がいた。
「やはり私…いや、俺は冷たい人間なんだろうな。」
そう呟いてるうちに、店にいた住民達が一列に並べられていく。当然、みんな両手両足を紐で結ばれていた。そして、一人の青年が、住民達の前にでて来た。
「はじめまして、僕はアクト。君たちは今日を持って我々が逮捕した。」
「お、俺達が何をしたって言うんだ! 堅気には手を出してない筈だぞ!?」
「そうだ! 俺達は危険な道具や呪具を処理していただけだぜ?」
住民達が口々に反論する。しかし、アクトが手をあげると、整列していた自警団の槍が彼らの首に突き付けられ、黙らせられた。
「君達は犯罪者だ。僕はこの神に選ばれた職業、《勇者》として君たちを許すわけにはいかないんだ! 決められたことを守らず、調子のいいことばかり言ってる君たちなんかの言葉に耳を貸す必要はない!」
あー、完全にあいつアレだ。自分に酔ってるパターンだ。多分、二十歳そこそこかな? 若い頃ってあんな感じになるんだよね。
ま、聴くに耐えんな。
私は【通話】を起動し、グラース様に連絡をする。
「グラース様。」
「………なんだい? 今、私は忙しいんだ。要件なら手短にたのむよ。」
「《勇者》アクトという者に、裏通りの鎮圧を依頼しましたか?」
「………いや、そんな奴は知らないぞ? 一体どういうことだ?」
「《勇者》を語る青年が自警団らしき集団を連れて、裏商店街を破壊し、住民を縛り上げていますが……。」
「そんなバカな!? 自警団の奴等には私の許可がない限りノクト通りまで行けない筈だ! それは恐らく、《赤沼》の変装兵じゃないか? 奴等がよく使う手口だからな! 首筋に赤いイモリの刺青がないか?」
赤いイモリの刺青? …………あ、確かにあるわ。つまり……。
「ありました。ということは………。」
「その青年は騙されているんだろう。異邦人はこの世界を知らない。体のいいカモだろうな。よし、スチュワート今からそちらに私の兵士達を送る。それまでに、敵の指揮官クラスの変装兵を無力化せよ。」
「……《勇者》は殺しても?」
「異邦人は死なんだろう。好きにしろ。」
「……かしこまりました。」
通信を切り、ナイフを抜く。
「さぁ、始めるか。」
──ハンティングの時間だ。




