序章 2
それは流星の落ちた地で起きた。
災厄を招いた隕石を調査する為、という名目で各企業より派遣されたチームが、
隕石周辺にキャンプを設置し、調査や採取を行なっていた。
企業同士は反目し合っているものの、現地調査員にはどこ吹く風。
足りない実験器具や物資の貸し借り、調査結果の共有、
合同での炊事当番の取り決め、果ては裸の付き合いまで…
企業の幹部が見たら大目玉を食らう状況だったが、
そんな事では小揺るぎもしない絆が、そこにはあった。
―――まず気付いたのは誰だったか。
隕石の影に小動物が居た。少し前までそれらしい気配はまるで無かったが、
愛らしいその姿と、こちらに興味を抱いているその様子を警戒する者は居なかった。
ある男がゆっくり近づき、右手を伸ばした。
刹那。尋常ではない痛みが男を襲い、反射的に手を引っ込めた。
あまりの痛みに男が手を見てみると、
人差し指と中指が失われていた。
痛みと恐怖で男は絶叫を上げた。
声に反応して駆け寄った調査員がその惨状を目撃し、慌てて発砲した。
小さな的に当てられる程の腕は無かったが、続けざまに撃つことで、
偶然にも一発だけ命中した。
頭部への直撃、即死である…筈だった。
一度倒れたそれは何事も無かったかのように起き上がり、変じた。
目は赤く、口は裂け、不揃いな牙と爪が皮膚を突き破り、
体長は倍以上に膨れ上がった。
その変貌に男達が驚いていると、そこかしこで悲鳴が上がり始めた。
目前の怪物から視線を外して周りを見れば、至る所に赤い眼光。
その事実に身体がすくんだ直後、横あいから衝撃が走った。
転んだ男が振り返ると、先程の研究員が蹲っていた。
…その脚は大きく抉れており、最早立つ事は不可能だと分かった。
パニックになった男は、転んだままがむしゃらに暴れた。
怪物は気にも留めずに近づき…男の脚に当たって消し飛んだ。
二転三転する状況に混乱しそうになったが、男はある事に気付いた。
無意識の内に蹴り脚にスキルを発動していたのである。
男はすぐさま大声を上げた。スキルを使え、と。
一方的な蹂躙は反撃手段を得た事で持ち直し、怪物は引き上げた。
残された状況はしかし、全く良くは無かった。
機材は無事だが、輸送車は全滅。
研究員も、指2本を失った男がマシだと思える程、皆酷い怪我ばかりだった。
何故か脚を執拗に狙われており、まともに立って移動出来るのは、
男だけであった。
次の襲撃には持ち堪えられない。…答えは一つしか無かった。
調査結果の統合は、すぐに終わった。
持ち帰れなければ、都市に危機が及ぶ。
省ける物は…無かった。
片手に傷を負った男では持てる量に限界がある。
何より、急いで出発しなければならない。
…形見など、持つ余裕は無かった。
別れの挨拶も早々に、男は都市に向け駆け出した。
残された者は、男に声をかけなかった。
ある程度の距離が開くと、残された者は大声を上げ、
魔獣を引き寄せようとした。
何故か男を追おうとする魔獣が多い。
スキルを、武器を、身体を使って足止めをした。
声は次第に少なくなり、そして完全に止んだ。
男の姿は、もう見えなかった。