わたしには神様がついている
わたしには神様がついている。
ずっとそう信じて生きてきた。
覚えているのは幼稚園のころ。
運動会に行きたくなくて寝る前にお祈りをしたの。
「うんどうかいがなくなりますように」
って。
そうしたら次の日の朝、お父さんとお母さんが慌てて出掛ける支度をしていたの。
なにがあったのか聞いたら「おじいちゃんが亡くなったからお葬式に行くのよ。あなたも支度をしなさい」って。
うちから電車で一時間、ガタンゴトンと揺れる中うとうとしながら神様にお礼を言ったわ。
「うんどうかいなくしてくれてありがとう」
って。
次にお祈りしたのは小学生のとき。
クラスで好きな男の子と席が離れたときのこと。
せっかく仲良くなれたのに、離れちゃうのは寂しいと思って、神様にお祈りしたの。
「あの子の隣になれますように」
って。
そうしたら次の日、わたしの隣の席の女の子が目が悪いから前の方に座りたいって言い出したの。
好きな男の子は一番前の席だったから、交換して、わたしの隣の席になったわ。嬉しかった。
一度だけ、デートをしたの。
帰りの電車で揺られていたら、手を繋がれた。
少し汗ばんでいて、温かかった。
中学生のときは、試験のときだったかな。
「英語のテストでクラスで一番になりたい」
って。
だって、英語の先生とっても素敵なの。
先生に褒められたくて頑張って勉強したけど、一番が取れるかどうかは不安だったから。
そうしたらテストの日。クラスで一番優秀な男の子が、インフルエンザになっちゃったの。
もちろん、試験は受けられなかったわ。わたしは一番を取れたわ。
駅で逢った先生によくやったと頭を撫でてもらえたの。
高校生になったら、彼氏が欲しいって思ったのよね。
「年上のかっこいい人と付き合いたいな」
って。
そうしたらバイト先の先輩から告白されたわ。
でも合わないって思ったから、断ったんだけど、先輩はしつこくて困っていたの。
神様ったら間違えたのね、なんて思っていたらそれを知った店長が間に入ってくれて、怖がるわたしを優しく慰めてくれたの。
店長は既婚者だったけど、とても大人で紳士だったわ。
しばらく付き合ったけれど、店長が離婚するなんて言い出して、慌てて神様にまたお願いしたわ。
「別れたい」
って。
そうしたら店長が未成年に手を出したってことが、本部にバレてクビになったの。
わたしももちろん居づらくなってしまって、そのバイト先は辞めたわ。
駅ビルの中にあるお店だったから、しばらく駅には近寄れないのが不便だったな。
でも、わたしには神様がついているから、バイトくらい辞めたって心配ないもの。
すぐに新しいバイトが見つかったわ。
前よりも給料が良くて、楽なバイト。
こんな簡単に稼げるなら、高校に行かなくたっていいんじゃないかって思って、高校も辞めちゃった。
お父さんとお母さんは、おじいちゃんが死んでからどんどん仲が悪くなったから、わたしが高校を辞めても気にしないわ。
わたしは知らなかったけれど、お母さんはいずれお父さんがおじいちゃんの会社を継ぐのだと思っていたみたい。
それがおじいちゃんが死んですぐ、会社は赤字で身売りをしないと立ち行かないくらいにまで潰れかけていたんだって。
何年も時間を掛けてやっと精算をして残ったのは、ほんの僅かのお金だけ。
おじいちゃんの遺産目当てで買った家は、当然売り払わないといけなくなって、今は小さなアパート暮らし。
わたしは家を出ていくことに決めたの。
新しいバイト先で知り合った人が、部屋を貸してくれるって。しかも都内の高級マンション。
もちろん、わたしはそれに飛びついたわ。
よかった。神様にお願いしておいて。
「もっときれいなところに住みたい」
って。
大きな荷物をかばんにつめて、電車に揺られるとうとうとしてしまう。夢の中のわたしはとてもしあわせそうだったわ。
全部が偶然みたいに聞こえるかもしれないけれど、わたしにとってはこれが真実。
わたしには神様がついている。
始発を待つ駅のホームで子どものころを思い出したら、なんだか少し泣けてきた。
小さいけれど庭のあるおうち。お父さんもお母さんもときおりケンカはしても、わたしには優しくて。
おじいちゃんは怖い顔していたけれど、いつもわたしには優しくしてくれた。
小学校ではお友達もたくさんいたわ。
途中で転校することになって、お別れするのが寂しかった。目の悪くなったあの子は、わたしと隣になれたのは一瞬だったけど、もっと一緒に居たかったって。
中学生になって勉強を頑張れば、お父さんもお母さんも仲良しに戻れるって信じてた。
一番を取れば褒めてくれるって思ってた。
初めて告白されたとき、本当は嬉しかった。
でも、彼はわたしにはいい人過ぎたみたい。付き合ったあとのことを考えたら、わたしみたいな家の子では釣り合わないって思ったの。
可愛い服を着て、愛想を振りまけばお金がもらえるのは楽だったけど、どんどん心が疲弊していったわ。
お金持ちのおじさんが貸してくれた部屋には、おじさんのお友達が遊びに来るから、相手をしないといけない。
おじさんのお友達の言うことを聞かないと、怒られるから、わたしは人形みたいに口を閉ざしたわ。
もうお願い事も言えなくなってた。
夜中におじさんが自分の家に帰った後、わたしはシャワーを浴びていたの。
身体についた汚いものを必死でこすって、洗い流したけど、きれいになった気がしないの。
何度こすっても落ちない汚れ。
気付けば朝になっていたの。
眺めを売りにしているマンションだから、ビルの間から見える大きな橋に、朝日がかかって、それはとてもきれいだったの。
帰りたい。
そう思ったわたしは急いで着替えてマンションを飛び出したわ。
どこに?
わからない。
でも、帰りたい。
ちょうど駅のシャッターが開いたから、わたしは改札を抜けて下り線のホームへと走った。
人の少ないところへと思って、一番先頭まで来たら、朝日が見えた。
「帰りたいの」
ひさしぶりに自分の意思を口にした気がする。
「どこかわからないけど、帰りたい」
身体が軽くなった気がした。
がたんごとんと揺れる電車に乗る自分を思い浮かべて、ああ帰る場所はあそこだって分かったわ。
「帰りたいの」
ホームには始発の電車が到着するアナウンスが流れていて、わたしはそれを聞きながら宙に浮いたの。
わたしには神様がついて――