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東京暮らし四年目に行く歯医者

作者: ムルモーマ

 九時半という早い時間に、片道一時間半は掛かる場所にある歯医者へと予約を取った。

 そんな遠い歯医者に通っている理由は、大学時代に気付かない内に一本の歯の根元が腐っている事が発覚した事が原因だった。

 その歯を抜いた後、銀歯にするか矯正にするか、インプラントにするかという話で、金が結構掛かるもののインプラントを選んだ。矯正程では無いにせよ高額な料金は、正直に言うと親にせがんだ。

 社会人として東京に住む事が決まった後に、そのメンテナンスの為に紹介された歯医者は、そんなやや遠くにある歯医者だった。


 土曜。十年程使った一万しない黒縁眼鏡から、初めてオンラインストアで購入した約二万のモンハンコラボの眼鏡が届いて、度数も見た目も問題無いように見えてほっとしながらも、弦だけは多少きついそれに付け替えた翌日。

 余裕を持って、二時間前に出る予定にしていたが、結局ぐだぐだとして一時間半前に家を出た。マスクを忘れて取りに戻った。

 八時、飯も食わずに外を歩く。その日は幸いにもそこまで暑い事は無く、ただ、六時間も寝ていない事から疲れが溜まりやすいというか、体がまだ目が覚めていないというか。

 高校までは六時半までには起きて七時過ぎの電車に乗って通学していたし、時には六時台、五時台の電車に乗る為に更に朝早く起きる事もあった。その為に一時台まで起きている事すらほぼほぼ無かった。けれど今、特にリモートワークで働いている直近だと寝るのが三時、起きるのが十時半とか、そんな事もぼちぼちとある。

 そんな事を思っていると、一つ思い出した事があった。

 高校時代に、一回だけ遠くに遠征する為に始発より早い時間に集まれ、という事を指示された時があった。

 親に頼んで車で片道四十分は掛かるその高校まで送って貰ったが、今思うとたった一回だとは言え、ふざけてると感じた。親が無理、と伝えてしまえば行かなくて済んだだろうし、親は無理だと言うべきだとも思った。

 体育会系の部活だったが、正直その顧問の熱心さに自分は付いて行けなかったし、馬が合わない人もぼちぼちと居た。


 最寄り駅まで着くと、八時十分過ぎ。ただ、電車もこの時勢で本数を減らしているらしく、来るのは八時二十分。間に合うか不安になってきた。

 電車に乗り、一度乗り換える。

 ソシャゲをして時間を潰していると、目の前に挙動の落ち着かない人が座ってそして途中で下車して行った。

 自分が駅で降りた時、九時十五分。徒歩で何分掛かるか丁度十五分位の距離だった気がした。とにかく余裕が無いので早足で歩いて、そして丁度予約の時間とぴったしで着いた。

 汗を軽く拭って、メンテナンスが始まる。

 この頃に分厚いビーフジャーキーを自作して噛み続けていたら歯茎から血が出て、その旨を伝えてあった。念の為レントゲンをする事になって、幸いな事に異常は見当たらなかった。

 その後は歯石を取り除いたりして、特に何事も無く終わった。

 診察代はいつもよりやや高く、内訳を見てみるとレントゲン代がその内の三割程を占めていた。

 因みにビーフジャーキーを作る時に中華鍋にそのままスモークウッドを置いて燃やしたら、中華鍋のコーティングが少し剥げた。更にそれを常温で放置していたらカビが生えて半分以上捨てる事になった。

 外に出るとまだ十時半で、その隣にある蕎麦屋もまだ開店していなかった。

 腹が減っていたが、朝にアパートを出た時のような倦怠感はもう無かった。


 駅前まで戻って来る。駅にはショッピングモールが併設されており、中にはコージーコーナーがあった。

 二月にも入ろうと思っていたけれど、駅を出る所にあると言うのに、歯医者帰りに中々見つけられず、別の場所で昼を食べた。そして帰ろうとした時に見つけて、次来た時は絶対にここで食べるとずっと決めていた。

 十一時、丁度イートインが開いた時間だった。

 メニューを開くと、主にサンドイッチかパスタ系でセットメニューがあった。パスタ系は自炊で良くやっているのもあってサンドイッチに目が行く。休日限定でプチデザート付で同じ値段になっていて、それを頼む。

 プチデザートも選べてコーヒーゼリーを頼む。ドリンクはコーヒーにしようかと思っていたけど、コーヒーゼリーに合わない気がしてオレンジジュースにした。

 コーヒーゼリーは、上にモンブランがくっついて来ていて驚いた。

 結構合ってる。

 ただ、サンドイッチは少なかった。

 多少ソシャゲをしながら時間を潰していると、何組か客が入って来る。ワンオペだったっぽい事もあって、その客の注文が届いた頃に追加でパフェを頼む事にした。

 モンブラン乗せコーヒーゼリーは美味しかったとは言え、ミニサイズだった。休日の満足にはやや遠かった。四カ月程もここに来るのを楽しみにしていたのだ、金に糸目はつけない。給付金もある事だし。

 抹茶ケーキのパフェとか言う、ケーキと言う文字がくっついているのが多少気になるパフェを頼んで、暫くして出て来る。

 ケーキと名付けられているだけあって、スポンジケーキが所々に配置されている抹茶パフェだった。

 出て行った客のプレートの上にサラダが残っているのを傍目に見えて、それから食べ始める。

 ただ、数口食べて、これを今から食べるにはやや重いと感じてしまった。

 コーヒーゼリーが満足度の60%位を満たした位ならば、このパフェはそこに一気に100%を追加するようなものだった。物足りなさ過ぎから、物足り過ぎの閾値まで一気にすっ飛んで行く。特にスポンジケーキがその重みを増している。

 少し間違えたかな……と思いながらも、頼んだ飲み物がオレンジジュースであった事も加えて災いした。

 口直しが欲しかった。水ではなく、ちゃんと苦いコーヒーで。

 しかし頼んだ物はオレンジジュースだった。コーヒーなら百円でおかわりが出来るというのも見ていて、後悔が加速した。


 失敗したなぁ、と思いながらも食べ終えて、二千円の会計を払って出る。満腹感も余り無い。

 けれど、そこまで悔しいような思いは無い。まあ、ここに入って食べる事自体が目的のようなものだったのだろう。

 次入る事があれば、もうちょっと考えようと思った。

 それから多少買い物をして電車に乗って帰路に着く。電車代も含めると、最近買った山奥ニートの本で言っていた月の生活費の半分程を今日の半日で使っていた。

 社会人として東京で過ごし始めて四年目、中学、高校で過ごした時間より長く、大学ではもう授業は殆ど受けずにティーチングアシスタント等をやったりして金を稼ぎながら卒論に対して色々やり始めていたり、そして最も自由な時間が多かった頃。

 社会人として時間を過ごす時には嫌な事もあったりして、一時期はそんな山奥ニートに憧れもしたが、今は給与もぼちぼちと増えて行って、こういう贅沢もある程度惜しみなく出来るようになって、東京の物質的豊かさに溺れている。

 少なくとも、今の自分にはそこでの生活は合わなさそうだと思った。

 帰りの電車で漫画アプリを開いて、期間限定無料配信の、漫画の古本屋を題材とした漫画を読んでいると、乗り換えるべき駅を過ぎていた。

 時間を忘れて熱中した事は久々で、やっちまったなあ、と思いながらもそれでも満たされていた。

 自宅の最寄り駅にまで着いて、それからその漫画アプリでやっているかなり面白いホラーマンガの一巻が発売されているらしいと知っていたので、本屋に寄ったがそこでは売ってなく、今日はそれ以上に金を使う事無く自宅まで着いた。

 けれど今日読んだそれも、ホラーの方も、その両方もちゃんと紙の媒体で欲しいと思えるレベルのもので、近い内に買おうと決めた。


 帰ってからそんな良い気分だったのと、段々と日常が戻って来るこの近々に親がこちらに来るというので、久々に掃除をする事にした。

 エアコンのフィルターが埃塗れ。風呂場は多少色が付き始めている。

 そんな各所を掃除しながら、会社では七月から基本出社の方針を定められた事を嘆いていた。

 起きてすぐに出勤する事も、退社してすぐに飯を食う事も出来なくなる。大体二時間の自由が通勤で奪われてしまう事がとても悲しかった。

 リモートでそんな作業に支障が出なかった身としては、正直な所受け入れたくなく、その方針を定めた通知に対しても邪推をしてしまう。

 ただ、一つだけ良い点があるとすれば、会社の近くの飯処は充実していたし、そこには再び行けるようになるという事だった。

 それを差し引いても嫌な事は事実だが、仕方ないかと段々と覚悟を決めるきっかけにはなりそうだった。

 掃除を終えて体を洗うと四時頃だった。

 明日は近くのスーパー銭湯にも行こうとも多少考えていたが、気分も給与も、流石にそこまで荒使いする、出来る程でも無かった。

 ソシャゲを開くと新しいイベントが開催され始めていた。

メガネはティガレックス。

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