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第9話 はなしの続き

 ハオランと別れてからしばらく経ち、夜を迎えた。夜を迎えてだいぶ経つが、ハオランはいまだ戻っていない。

 エヴァンは約束通りずっと待っていた。夕飯も食べずに、眠気と戦いながらひたすら待つ。

 しかし眠気には敵わなかったようで、いつの間にか寝落ちしていた。布団も敷かずに畳の上で、すやすやと寝ている。

 そんな折、部屋の襖がゆっくり開いた。そこから帰宅したばかりのハオランが顔を覗かせる。

 畳の上で眠るエヴァンを見て、ハオランは呆れに近い溜め息を吐いた。

「エヴァン、起きろ」

 手を伸ばし肩を揺さぶる、しかし起きる気配はない。無防備に眠るエヴァンを見て、悪戯心がくすぶった。

「こんなとこで寝てたら風邪引くぞ」

 エヴァンに覆いかぶさり、耳元に息を吹きかける。そして頬に鼻をすり寄せ、エヴァンにキスをした。

 それでも反応はない。今度はエヴァンの首筋に指を這わせ、軽やかな動きで下へと向かった。

 指が背筋に辿り着いたとき、エヴァンがようやく反応を示す。同時にエヴァンから離れ、何事もないように装った。

「ん、んん……ぁ、ハオラン……今、なんかした?」

「いやなにも? それよりだいぶ待たせてしまったね、エヴァン。悪かったよ」

 若干寝ぼけながらも起き上がる。寝癖のついた髪を手櫛でとかしながらハオランは謝った。

「仕事は終わったのか?」

「あぁ終わったよ。これから飯食いに行かないか? 腹減ったし、いろいろ話したいこともあるしな」

「うん、うん……わかった。行く」

 まだ頭は冴えていないがハオランの誘いに乗っかる。おぼつかない足取りで準備を済ませ、ふたりは外出した。


 外の新鮮な空気を吸ったことによって、眠気は次第に覚めていく。しばらく経つと完全に消え去った。

「屋台はまだあんのかね」

「あったよ。だから誘ったんだ」

 表通りはまばらに人がいる。そのほとんどが酔っ払ったおっさんや売女ばかりだ。

 酔っ払いとのすれ違いざまなんかは、酒の臭いが鼻をついて顔をついしかめる。それだけ周りは酔っ払った大人ばかりで賑わっていた。

「昼間はよく見逃そうと思ったな。てっきりあのまま、男を逃せとか困ることを言われるんじゃないかと思った」

 表通りから人通りの少ない橋に差し掛かったとき、ハオランが不意に口を開く(最悪殺そうと思ったことは口が裂けても言えないが)。

「普通の善人ならそう言うだろうな」

 ハオランの言った言葉にエヴァンは平然と答えた。返事の内容がやけに気になり、ハオランは首をかしげる。

「もしかして、そこらへんの善人とは違うとでも?」

「真の善人がどう考えるかは知らないが……悪人はどんな形だろうと裁かれるべきだ。例外はない」

「言っていることはわかるよ。じゃあどうしてエヴァンはそう考えるんだ? なにか恨みでも?」

 疑問が解消されると、さらなる疑問が生まれた。生じた疑問を解消すべく、ハオランは質問を繰り返す。

「別に恨みなんてない、どんな形だろうと悪人は報いを受けるべきなんだ。それに」

 連続する質問にエヴァンは面倒臭さを感じた。これ以上質問されないように語尾を強めて一旦区切る。

「仮にあの場面で助けてやってくれと言って、ハオランが逃したとする。どう言い訳しても仕事は失敗だ、仕事を請け負った大もとが俺らを殺しにくるだろ」

 エヴァンが連ね始めた仮定の話にハオランは「そうだな」とうなずいた。しかし、更なる疑問が同時に浮上する。

「なんで俺ひとりでやってるって思わないんだ?」

「ハオランの振る舞い方から個人でやってないと思った。ひとりならもっと別の方法があるはずだ」

 ハオランが抱いた疑問に憶測を交えて答えた。

 エヴァンの話を特に否定することもなく、顎をさすりながら「確かに」と納得する。エヴァンがあの状況でそこまで考えていたことに驚き、純粋に感心した。

「ふーん。……よしよし、よくわかってるじゃないか」

 褒めるついでにエヴァンの頭に手を乗せる。しかし恥ずかしさのあまりかハオランの手を払い除けた。

 照れ臭そうに視線をそらしたエヴァンを見て、ハオランは意地悪そうにくすくすと笑う。

「可愛くないなぁ」

「からかうのはやめろよ」

 ふたりはまばらに点在する屋台のひとつに入り、そこで蕎麦を頼んだ。長いことなにも食べていなかったため、遅めの夜食を食べる。

「エヴァンは俺のこと、軽蔑したりしないのか?」

「そうやって生きる人がいるのをあの時知った。それがたまたまハオランってだけで、軽蔑したりしないよ」

「エヴァンって、なにげにいい奴だな」

「どういうことだよ」

 短い会話を交わし、その後は黙々と蕎麦をすすった。夜食を食べ終わり、ふたりは早々に屋台を後にする。


 肌をかすめる夜風は心地よく、周りの風景を眺めながら適当な道を歩いた。屋台を後にしたら帰るつもりだったが、ハオランに「散歩しよう」と誘われいまに至る。

 塀に囲まれた小道は人気がなく、ふたりの足音だけがやけに大きく聞こえた。

「エヴァン、こないだの話の続きだけど」

「……」

「あの後ずっと考えてたんだ。エヴァンが俺に言ったこと」

 そう言ってあの日にした話の続きをする。エヴァンはただじっと、彼の話に耳を傾けた。

「俺は別にエヴァンを嫌ったりしない。まずそれだけは先に知っていてほしい」

「わかった」

「エヴァンが俺に言った『好き』は、友だちとしてじゃないな。正直に答えてくれ」

「そうだ。間違いない」

 顔が火照っていくのを感じながら正直に答える。ハオランの目を真っ直ぐに見つめ、同時に自分の本心と向き合った。

「俺はエヴァンのように教養はないし、いつ死ぬかもわからない世界にいる。そんな俺が好きなのか?」

「あぁ、ハオランが好きだ。ずっとそばにいたいと思う」

 ハオランと対等に向きあい、かつ見つめあっている。それだけでエヴァンの心は満たされた。

 自身の純情さに恥ずかしさを覚えながら、心の内に秘めていた願望を口にする。謎の自信がエヴァンの背中を押し、今だけはなんでも言える気がした。


「そんなこと、本気で思ってるのか?」

 エヴァンの言った台詞がおかしく感じたのか、ハオランはつい笑みを浮かべる。

 普段浮かべる取り繕った笑みとは違い、この時は自然と表情がほころんだ。まるで愛らしい幼子を見るような、そんな表情に近い。

「おかしいか?」

「いやおかしくない。あぁそうだな、ずっと一緒にいよう」

 ハオランは純粋に面白いと思った。

 頬を赤くし、照れ臭そうにする少年を見下ろす。彼は疑うことを知らない、そこがたまらなく面白いと感じた。

 本当ならそれ以上の関係に至るのを止めようと思っていたが、エヴァンの反応を見て考えを変える。

 ひとりの友人として、恋人としてこのまま彼を見守っていようと考えた。


 少年はいつ『ずっと』はあり得ないことを知るだろう?

 時間が過ぎ、ふたりに溝ができた時か? またはふたりのどちらかが浮気をして、片方を裏切ったときか?


 想像するのがたまらなく楽しい、胸が躍るとはこのことを言うのだろうと思った。

 少年がもの欲しそうにこちらを見つめている。それに気づいたハオランはほころんだ顔をいつもの表情に戻した。

 そして今度は額にじゃなく、少年が望んでいるだろう口にキスをする。エヴァンと初めて交わしたキスは、どこか味気ない感じがした。

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