第5話 人のいない道
「隣の地区で複数の死体が見つかったってよ。やっぱどこの国でも物騒なもんだな」
「あぁ怖いなあ」
人通りの多い表通りを歩く。エヴァンとハオランはこれからうどんを食べに、近くの屋台まで行くところだ。
前日にハオランから誘いを受け今に至る。前の晩は緊張のしすぎで、なかなか寝つくことができなかった。
それもあって多少の眠気はあれど大したことはない。いつものように振る舞い、自分の心に嘘をつくだけだ。
「本当にご馳走になっていいのか? ていうか一文無しじゃなかったんだな」
「それは偏見が過ぎるだろ。でも君のご家族が律儀な人たちでよかった、一文無しにならずに済んだからね」
「助けた相手の金を盗むほど困窮してないよ」
表通りを西に進んで左に曲がると、大きな橋に繋がっている。その橋を少し進んだ先にはいくつかの屋台が点在しており、そのひとつにうどん屋があった。
「あそこの屋台だ。俺のおすすめだよ」
「誰かに越される前に行こうぜ」
そこでエヴァンはきつねうどんを、ハオランはかき玉うどんを頼む。うどんができるまでの間、ふたりは縁台に座って待つことにした。
「エヴァンはさ、なんでこっちに来たんだ? 遠い国からやって来たんだろ」
不意にハオランが問いかける。店主はうどん作りに勤しみ、周りは喧騒に包まれていた。
今、ふたりがどんな事を話しても耳を傾ける者はいない。
「まあたしかに。でもこれといった意味はないよ」
エヴァンはそう言いながら、ハオランから目をそらした。
「じいちゃんたちが土地を離れるって話が出た時、そのついでに俺もついて来たんだ」
簡単な説明をして最後に「本当になにもないんだ」と付け足す。ハオランはなにか言いたげな顔をしたが「そうか」と相槌をうった。
「そういうハオランはどうしてここに?」
「仕事の都合できたんだ。でも今はその仕事も終わって、羽を伸ばしてるところかな」
ハオランの言う仕事とは、きっと怪我の件と関係があるのだろう。敢えて追及はせず、エヴァンも適当な返事をした。
「へーい、お待ちどう!」
店主がふたり分のうどんを持ってくる。ハオランはうどんを食べる直前に、手を組み合わせて祈りを捧げ始めた。
「……ハオランは信心深いのか?」
「あ、いや違う。これはいつもの癖で」
無意識にやっていたようで、エヴァンに指摘されて咄嗟に手を離す。どうやらハオラン自身は、特別信心深いというわけではないようだ。
「俺の恩師が信心深くてな。食事の時はいつもこうしてた」
遠い過去を思い出してるようで、ハオランの表情が少しだけ曇る。エヴァンが興味なさげに返事をしたことで、会話はここで途切れた。
「やっぱうどんは美味しいな。この後どうする?」
「そうだな、少し歩くか」
うどんを食べ終えた後、ふたりは帰るのではなく適当な道を歩き始める。そのまま帰るのは勿体ない気がして、敢えて家がある方向とは逆の道を選んだ。
人通りの多い道から、少しずつ人通りの少ない道に進んでいく。そして、いつしか人っ子ひとりいない道にでた。
「……きた道を引き返すか?」
「いや、もう少しこのままでいよう」
辺りは静まりかえり、ふたりの足音がやけに大きく聞こえる。微かに聞こえる呼吸音は、やがて緊張を高めるものに変わっていった。
ふたりの間に会話はない。そんななか、
「ひとつ、エヴァンに聞きたいことがある」
不意にハオランがそう切りだした。
普段の清涼感ある声とは違う雰囲気がある。なにか裏があるような、ほんの少し怖さを感じるような声だった。
「俺を助けたあの日のことだ。何故あのとき、エヴァンは俺を見つけることができた?」
「なんでって、いつも通る道にお前がいたんだろ」
ハオランの問いかけに怖じけつつも答える。
あの日のことはあまり覚えていないが、たしかに普段通る道にハオランがいた。それだけは間違いない。
「俺さ、実はあの日死ぬはずだったんだ」
「……冗談はよせよ」
突然切り出された内容に耳を疑った。咄嗟に冗談として扱ったが、依然ハオランの顔はよく見えないまま。
「冗談なんかじゃない」
そう言ってエヴァンに歩み寄る、その時にようやく彼の顔が見えた。ハオランの顔は真剣そのもので、これは嘘じゃないとすぐに悟る。
緊張はいつしか恐怖に変わり、エヴァンはその場から逃げ出したくなった。
しかし、気づけばハオランの顔が真横まで来ている。逃げ出そうにも逃げ出せない、そんな中ハオランが耳元で「俺に教えてくれ」とささやいた。