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第3話 アマーリ

 気を失ったあと男は部屋に戻され、またそこで目を覚ます。その隣ではエヴァンがあやとりで四苦八苦していた。

 目覚めて早々に見る光景は面白く、もうしばらく寝たふりをしていようと企む。

 首をかしげながらも一所懸命に取り組む姿は面白く、ずっと眺めていられた。

 が。視線に気づいたのか、エヴァンが前触れもなく振り返る。芝居をうつ暇もなく、エヴァンと目があった。

「起きてたのか!」

 糸を遠くに投げ捨て、恥ずかしさのあまり挙動が可笑しくなる。その様相がさらに面白く、男は堪えきれずに笑った。

「起きてたんなら言えよ!」

 真剣に取り組んでいた分、見られていた事実がエヴァンの羞恥心を煽る。男は「悪かったよ」とわざとらしく謝った。

「言おうと思ったさ。でも邪魔しちゃいけないって思って」

 男の言い分は本当だ、他意はない。しかしエヴァンに「嘘をつけ!」と一蹴された。

 顔をうつむけながらも恨めしそうに男を見る。エヴァンの心情を知りながら、男は楽しそうに「なんだよ」と言った。

「ふん。もう出て行こうなんて考えないことだな」

 そっぽを向きながら話題を替える。男は肩をすくめながら「わかってるよ」と答えた。

「もうしない。これからしばらくは世話になるよ」

 仮にもう一度出ていくとする。目の前にいるエヴァンはどうにでもできるが、あの少女には敵わないはずだ。

 あのとき、自身になにが起こったかも未だに把握しきれていない。

 男は数々の修羅場をくぐり抜けてきたつもりだが、あんな事を経験したのは初めてだった。そして気を失う前に感じた殺気は、悪寒とともに鮮明に覚えている。

 ゆえに傷が治るまでは大人しくしていようと決めた。


「なぁ、あんたの名前はなんていうんだ?」

 エヴァンが不意に問いかける。思えばふたりはお互いの名前を知らないままだった。

 今後、相手の名前を呼ぶ瞬間は必ずやってくる。知っていれば不便もないだろうと考え、男に問いかけた。

()浩然(ハオラン)っていうんだ、好きなように呼んでくれたらいい。そういう君の名前は?」

「エヴァン……エヴァン、ホークショウ」

「エヴァンか」

 男、もといハオランから目をそらしながら答える。ハオランは「いい名前だ」と思ったことを素直に言った。

「そうだ。エヴァンに聞きたいことがある」

 前触れもなく、なにかを思い出したようにハオランが口を開く。エヴァンは肩をびくつかせ、ハオランに「どうしたいきなり」と返した。

「緑髪の女の子は、エヴァンの恋人か?」


 目覚めてすぐから気になっていた、エヴァンとアマーリの関係性が。顔立ちは全く似ていない、少なくともふたりは兄妹などではないはずだ。

 よって、考えられる可能性もある程度まで絞られてくる。


「……? あぁアマーリのことか? アマーリは親戚だ、それに俺には恋人とかはいない」

 最初、ハオランがなにを言っているのかさっぱりわからなかった。が、アマーリのことだとすぐに気づく。

「そうなのか。親戚だったんだ」

「なんだ。もしかして気になる感じ?」

「いや、そういうわけじゃないけど」

 たしかに気になっているのは事実だ。あの殺気をまた向けられるんじゃないかと気が気でない部分がある。

 エヴァンはアマーリと親しいのだろうが、ハオランには危険な存在にしか認識できなかった。

 しかしそれをエヴァンにうちあけることはない。

 仮にも『親戚』なのだ、アマーリに感じた恐怖は本音と一緒にひっそりと胸の中にしまい込んだ。

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