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第24話 エドガー

 エヴァンの母・あかねはハオランを丁重にもてなした。なにかと気にかけ、夕食の場でもそのそぶりがうかがえる。

 食堂にはあかねの他に、歳の離れた妹と弟がいた。合計で五人、その場に義父はいない。

 食堂は物静かで、たまに食器と食器が触れ合った時にでる音だけが聞こえた。

 元から会話の少ない家庭なのか、それとも客人がいるからなのか。ハオランにはわからなかった。

「ところで、ふたりはどういった経緯で知り合ったの?」

 そんな折、弟のエドガーが沈黙を破る。エドガーの目線の先にはエヴァンとハオランがいた。

「あ、あぁ、怪我してた俺をエヴァンが助けてくれたんだ。そこから親しくなった」

 いろいろと端折った部分はあるが、大体の経緯をハオランが説明する。エヴァンは答える気がないようで、フォークで野菜をつついていた。

「ふーん、そっかぁ。なあエヴァン、もう二度と風呂場で居眠りはするなよ」

「こらやめなさい」

 エドガーがそう口にした瞬間、あかねが険しい表情で叱咤する。エヴァンは未だ黙り込んでいるが、エドガーを睨みつけていた。

 ただでさえ重く感じていた空気がさらに重くなったように感じる。いたたまれなさを感じ、ハオランは咄嗟に笑顔を取り繕った。

「この料理、とても美味しいですね」

 咄嗟の話題作りのため、陳腐な話題になってしまう。だが、あかねはハオランの心情を察してか「それはよかった」と笑顔で答えた。

 その様子を尻目に見ていたエドガーは溜め息を吐き、おもむらに立ち上がる。

「ちょっと、どこへ行くの?」

「食べ終わったから僕はもう行くよ。ごちそーさま」

 母親の問いかけにもぞんざいに答えて、エドガーは部屋を出て行った。エドガーはふたりのことを快く思っていないのだろうか。

 ハオランにはそんなふうに見えた。

 あかねが無理に笑みを浮かべて「ごめんなさいね」と謝る。彼女の心情を察してしまい、逆にハオランが申し訳なくなった。


 食事を食べ終えた後、ふたりは部屋で各々にくつろぐ。

 ハオランは窓を全開にして夜風に当たっていた。エヴァンはベッドの上で所持金を数えている。

 今晩ふたりはこの部屋で夜を過ごす、あかねの厚意によって野宿せずに済んだ。

「明日街に行こう。それで借家を探して、荷物をまとめてさっさと出ていこう」

「……うん。なぁエヴァン、あれ」

「なに?」

「いま敷地に馬車が入ってきた」

 所持金を数える手を止め、エヴァンも隠れるように窓の外を覗く。外は暗くよく見えないが、馬車から降りてきた人物を見て嫌そうな顔をした。

「うそだろ。帰ってきた」

「誰が?」

「義父だよ。今日は帰ってこないって聞いてたのに」

 エヴァンはそう言うと、所持金を大雑把に缶の中に片付ける。カーペットをどかし、床板を一枚だけ剥がした。

 そして床下のなかに缶を隠す。エヴァンは所持金など、大切なものはいつもそこに隠しているようだ。

 ハオランは窓際で頬杖をついてその様子を見守っている。

 玄関が開く音が聞こえた、同時にエヴァンも落ち着きがない様子になっていった。

 どれだけ義父を嫌っているのか、ハオランは呆れ気味に溜め息を吐く。エヴァンは部屋を出ると、階段の手すりを盾に母親と義父のやりとりを観察した。


「エヴァンが帰ってきたわ。恋人さんを連れて」

「その恋人やらは大丈夫なんだろうな。また以前のようにならないといいが、信用できるのか?」

「彼なら大丈夫よ。面と向かって話したけど、普通の人が良さそうな青年だったわ」

「といって、前の愚か者人が良さそうだったろ。そういうお前は人を信用しすぎだ」


 平穏な会話から次第に不穏な空気に変わっていく。穏やかそうなあかねも喧嘩腰になり、夫も負けじの姿勢でいた。

 なかなか見ることのない夫婦喧嘩を、エヴァンとハオランは手すりの隙間から見ている。


「どういうことよそれ。私はあの子を想って尊重して……」

「そう言って、また浴槽の時と同じことが起きたらどうするんだ。俺は仮にも父親だぞ、息子を気にかけてなにが悪い」

「気にかけるにしても、まず信じなきゃ意味ないでしょ」


 喧嘩はヒートアップしていくばかりだが、悪いことばかりでもなかった。初めて聞く義父の言葉に、エヴァンは面食らった顔をする。

「とうさん……」

 これまで無意味に反発して義父に叱られてばかりいた。叱られるたびにさらに悪さをして、悪循環に陥った時もある。

 正直、エヴァンは義父に嫌われていると思っていた。でなきゃ可笑しいと、それが当然だと。でも実際は違った。

 義父は義父なりに息子を愛していた、その事実にエヴァンは今頃になって気づく。同時に一粒の涙が頬に流れた。

「なーにしてるの、おふたりさーん」

 隣の部屋からエドガーが顔を覗かせる。手すり付近にいるふたりに近寄り、小声で話しかけた。

「俺らのことで喧嘩してる」

「ふーん、夜遅いのに元気だなあ。僕はもうこんなに眠っていうのに、喧嘩すればする程仲が良いって言うけど」

 エヴァンの隣までやってきて、同じように手すりの隙間からふたりを観察する。エドガーはふたりを見て、呑気そうに鼻歌まで歌っていた。

「母さんも父さんもエヴァンが心配なんだ。さっきも言ったろ、もう二度と風呂場で居眠りはするなって」

「あぁ、もう二度としないよ」

 今になってエドガーが言った言葉の意味を理解する。単にからかっているわけではなかった、エドガーなりに気遣ってくれていたのだ。

「喧嘩は僕が止めてくるから、ふたりはもう寝なよ。どうせ明日は早いんだろ?」

「なんでそれを……」

 エドガーは軽く手を振ると、ゆっくりと階段を降りていく。未だに言い争っているふたりより、エドガーは一際大きな声で「ねえ」と言って遮った。

「こんな夜遅くに喧嘩なんてよしてよ。僕、明日も早いのふたりとも知ってるでしょ?」

 ゆったりした口調で、しかし芯がある声で喧嘩を止める。その様子をエヴァンとハオランは息を呑むように見守っていた。

「エヴァンの弟はいったい何者だ?」

「さぁ、ただの女たらし」

 エドガーは両親の肩を掴み、その調子でリビングに連れて行く。リビングに消える直前、エドガーは手すりから覗くふたりへ誇らしげにジェスチャーを送った。

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