第19話 一緒にいよう
ハオランはその日の深夜に帰ってきた。帰ってすぐ、忍足でそのまま自室に向かう。
そして自室の襖を開けたとき、ハオランは「うぉっ」と驚いた声を出した。目の前の光景に驚いたまま、怪訝な表情を浮かべている。
なにしろ襖を開けてすぐに、エヴァンが正座をして待ち構える姿が目に入った。心なしか、エヴァンは神妙な顔をしているように思える。
「どうした、エヴァン……部屋を間違えてるぞ」
「いいや間違えてない。帰ってくるのをずっと待ってた」
待たれることなどあったか、ハオランは眉根をあげた。このままでは埒があかないと思い、仕方なしに「なんだ?」と話しを促す。
「来月、国に帰ることになった。ここでの生活もあと少しで終わる」
「そうか。で、エヴァンはどうしたいんだ?」
予想に反して、ハオランの反応は薄かった。エヴァンは顔をうつむけ、考えていることを話す。
「俺は帰国する、するしかない。でも離れ離れは嫌だ」
「俺と別れたいのか?」
「それはもっと嫌だ」
エヴァンの煮え切らない態度にすっかり困り果てた。いったいなにを考えているのか、ハオランは首を傾げる。
とうのエヴァンは顔を真っ赤にして、なにかを言いたそうにしていた。その様子を怪訝な眼差しで見つめる。
「その、無理な願いってのはわかってる。身勝手なことも、でも、ひとまずでいいから聞いてほしい」
「あぁ、いいよ」
「ハオランが戻ってくるまでいろいろ考えたんだ。別れることも、この関係を続けることも」
拙いながらもひとつひとつ、エヴァンは丁寧に話していった。ハオランはその話しに耳を傾けて適当な相槌をうつ。
「でも、ハオランは嘘が嫌いだろ」
「嫌いだな」
「だから、その、安直に考えれば無理なことはわかってる。けど、ハオラン……お、俺と」
顔を完全に下へ向け、ハオランにはどんな表情をしているのか見えなかった。が。とうのエヴァンは頬を真っ赤にして、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「その、俺とけ、結婚してほしい。だから、俺について来てほしい」
エヴァンが言い放ったのは思いもよらぬ言葉だった。予想外すぎて、ハオランはたちまち面食らった顔をする。
(なにを言ってるんだこいつは……)
口には出さないが心の中でそう思った。とうのエヴァンは顔を真っ赤にしているため、冗談ではないと知る。
「男同士は結婚できない」
「うん、知ってる」
応えを聞いた途端に頭痛を覚え、ハオランは悩ましげに目を伏せた。
一般的に結婚は男女間によって成り立つ、エヴァンがそれを知らないはずがない。なのにどうしてその言葉が出てくるのか、見当もつかなかった。
「ふたりだけの式をあげよう。いま指輪は用意できないけど必ず用意するから」
真っ直ぐに目を見つめ、ハオランの両手を握りしめる。その真っ直ぐな双眸を見たとき、エヴァンなら実現しかねないと感じた。
だがそれでも、現実問題では決して甘くない。エヴァンはまだ若いため、それを知っているのか疑問があった。
淡い想像を抱くことくらいなら、誰にだってできる。
「生活はどうするんだ?」
「父親の遺産が殆どだけど、前に臨時仕事で稼いだ分の貯金がある。借家を探してそこで一緒に暮らそう」
ハオランが想像していたより、エヴァンが思い描く人生プランはしっかりしていた。それだけエヴァンは考えに考え尽くして、今に挑んでいるのだろう。
「貯金をあてにするにしても限りがあるよな。その後の暮らしは考えてるのか?」
「もちろん。父さんが働いてた職場に勤めようと思ってる、以前から勧誘はされてたから」
仕事の話しになった途端、エヴァンの表情が少しだけ暗くなった。それを見過ごさなかったハオランが「どうかしたのか?」と問いかける。
「……俺の父さんは、殉職したんだ」
「お気の毒に、無理してそこを選ばなくても」
「いや、遅かれ早かれ俺はこの道を選ぶつもりだった。その時がきただけだ」
なぜそう思うのか、ハオランはただ疑問に思った。そしてついつい「どうして?」と聞き返す。
「父さんは変わり者だった。魔物を退治する職に就きながら、人に味方する魔物には親切だった」
「……」
「俺も父さんのようにありたいと思ってる」
心の内に秘めていた想いを、エヴァンはこの時に初めて吐露した。ハオランはしんみりした面持ちのまま「そうか」とうなずく。
「それに、俺みたいな奴は少しでも人の側だと証明しないと世間体的に死ぬ」
いい話だと思って感傷に浸っていたところ、最後の最後でぶち壊された。とうのエヴァンは自覚がないのか、ハオランの様子を見て首を傾げている。
ハオランは構わずに「続けてくれ」と言った。
「今後いろいろな問題が出てくると思う。ハオランにとっても知らない土地だし、でも」
「でも、なんだ?」
「ふ、ふたりで幸せになろう」
わずかな人生しか送っていない少年が、どのような思いをもって言ったのだろう。エヴァンはいまだに顔を真っ赤にして、不安からか唇を噛みしめていた。
そんな様子のエヴァンを見て、ハオランはくすりと笑う。
「前も言ったが、俺には教養もないしいつ死んでもおかしくない。なにより俺たちは住む世界が違う」
「だからって、俺たちの仲を裂く理由にはならない」
「そう言ってくれて嬉しいよ。正直、今ここで別れることも考えてたんだ」
別れる、と聞いた瞬間にエヴァンはびくついた。やはり一緒になるのは無理かと、不意に諦めの感情が芽生える。
ハオランはうつむくエヴァンの頭に手を乗せ、無造作に撫でた。そのせいで整っていた髪型がぼさぼさになる。
「俺もついてくよ。エヴァンと一緒に行く」
「え……ほ、本当か?」
覚悟を決めた瞬間のことだった為、エヴァンはたちまち面食らった。ハオランの返事に実感を持てないのか、何度も「本当に?」「いいのか?」と聞き返す。
そのたびにハオランは「本当だ」「いいんだ」と答えた。挙句の果てに、ようやく実感を持てたエヴァンに勢いよく飛び付かれる。
「愛してる、本当に愛してる」
「あぁ。俺も愛してるよ」
「後悔はさせないから、約束する。ずっと一緒にいよう」
何度も何度も、ハオランの耳元で囁き続けた。涙がぽつりぽつり、ハオランの衣服に落ちていく。
ハオランはただじっと、エヴァンの頭を撫で続けた。




