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第14話 寝付けない夜

 一日後、ハオランはイェジュンから聖水を受け取った。

 人にとってはただの水と変わりないが、悪魔や魔物に使用してこそ聖水は真価を発揮する。

 ハオランが試しに飲んでみるも特に異変はなかった、ただの水だ。本来なら本物か疑うところだが、イェジュンなら信じても問題ないだろう。

「どこでこんなもの調達したんだ?」

「我々の神は至るところで信仰されている。この土地の人間もミサに行きたがるものだ、教会だってある」

 そこまで聞き、大方の察しがついた。懐疑的なハオランと違って、イェジュンは信心深い一面がある。

 前々からこの土地にイェジュンが居続ける理由は気になっていたが、教会の存在を知りようやく納得した。

「今度、お前も一緒にミサへ行くか?」

「いや、やめとくよ。俺は別に神を信仰してるわけじゃないのは知ってるだろ」

 イェジュンは冷静的な反面、キレやすい性格でもある。ハオランはあまり刺激しないようにした。

 ハオランの中で『同期とミサに行く』は、優先順位はそれほど高くない。そのため慎重に言葉を選んで断った。

 せっかくの誘いを断られたが、イェジュンは真顔で「そうだったな」と答える。元々、関心はあまりなかったようだ。

「また今度会おう。別に金には困ってないだろ、仕事は他の奴に回すからそれまでに調べてこい」

「わかった。これもありがとな」

 そう言って手をひらひらと振る。そしてふたりは振り返ることなく別れた。


 聖水の入った瓶を片手に家路を辿る。その間、どうやってエヴァンに聖水を飲ませるか考えた。

 直に言って飲ませるか、または飲食物に混ぜるか。方法はいろいろあるが、気をつけなければいけないのは確かだ。

 はっきり言って、ハオランはエヴァンの家族に信頼されている。素性のわからない男でも、その自信だけはあった。

 なにより、エヴァンの心の拠り所になっている事実が大きいだろう。

 しかし、最大の問題はアマーリだ。

 見た目は貧相な少女だが、これまで培ってきた直感がハオランに告げている。アマーリは誰よりも危険だ。

 そんな彼女や家族の目を掻い潜って、エヴァンにどうやって聖水を飲ませるか。

 考えあぐねるが、これといっていい案は浮かばなかった。


 そうこうしているうちに、あっという間に家路に着く。玄関を静かに閉め、忍足で自室へ向かった。

 聖水の存在を知られるのはまずいため、自室のどこかに隠す必要がある。夜も遅い、誰かに会うことはないはずだ。

 そう考えながら忍足で歩いていると、不意に背後から気配がする。堪らず後ろを振り返ると、そこにはパジャマ姿のアマーリが佇んでいた。

「アマーリか……びっくりした、本当に」

「あら、ふふふ、ごめんなさい。眠れなくて居間に向かうところだったの、あなたは?」

「俺も眠れなくてね。今散歩から帰ってきたところだ」

「あらそう。ところで、その手に持ってる瓶はなぁに?」

 そう言ってハオランが持っている瓶に視線を向ける。

 廊下は暗いため、てっきり瓶のことはバレていないと思っていた。その矢先に指摘され、ハオランは途端にたじろぐ。

「手に持ってるでしょ。忘れちゃったの?」

「あ、いや」

 最も警戒する人物を前に珍しく焦った。ハオランがますます怪しく見えるのは言うまでもない。

 案の定、アマーリは「どうしたの?」と首をかしげた。

 決してアマーリに他意はないのだろう。しかし、仮にそうでなくても今回ばかりは都合が悪かった。

「こんなに暗いのにまさか見えてるとは思わなくてね。俺も夜目は効くほうだけど驚いたよ」

 どう言い繕うか、頭をフル回転にして考える。さらに怪しまれる前に答えなければと、ハオランは「これね」と敢えて瓶を見せびらかした。

「ついさっき表通りで買ったんだ。眠れないからたまに飲むのもいいかなと思って」

「表通りにも外国の銘柄のお酒が売ってあるの?」

 ……本当に他意がないのか、逆に疑わしく思えてくる。

 同時に廊下は暗くほとんど見えないはずなのに、アマーリの夜目の効き具合にも肝を冷やした。彼女の夜目は想像を遥かに超えている。

「あぁ。なかなか気づきにくい場所に店があってね、今日偶然にも見つけることができたんだ」

 アマーリを真っ直ぐに見つめ、極力何事もないように振る舞った。この時こそ培ってきた経験を活かすときだと、自分を鼓舞する。

 目の前にいるのは単におどけるだけの少女ではない、もっと別のなにかだ。ボロを出すまいと細心の注意を払う。

「そうなの。お酒は程々にね」

「あぁどうも」

 アマーリがハオランの隣を横切って行った。どうやら疑われずに済んだらしい。

 安堵の溜め息を吐くが、ハオランはふと思い返した。

 アマーリが横切っていく際、足音は普通に聞こえたように思う。しかし先ほどは足音もなく、気がつけば背後にいた。

(疑われている……?)

 不意にそんな考えが脳裏を過ぎる。

 仮に疑われているならそれを払拭するまでだが、アマーリを相手にできるのかと疑問が浮かんだ。

 ──ハオランはアマーリを恐れている。不意にそう考えた途端、自分が愚かしく思えてきた。

 同時にふっと鼻で笑う。アマーリはただの少女だ、ハオランが恐れることはないはずだ。

 馬鹿らしいと考え直し、自室に引き返す。瓶は押し入れにある、自分の服の中に隠した。


 押し入れに隠した後、ハオランは布団に横たわる。そしてまぶたを閉じるが、不思議と寝付けずにいた。

 ちょうどいいはずの布団が無駄に広く感じる。なにかが物足りない、今まで感じたこともない不思議な感覚だった。

 この感覚の原因はわかっていた、しかしわからないふりをする。そのうち眠りにつくだろうと考え、じっとしていようと思った。

 その時、頭上にある襖がゆっくり開く。そちらに目を向けると、エヴァンが恥ずかしそうに覗き込んでいた。

「……どうした?」

「あ、いや。眠れなくて……さっき来たときはいなかったけど、何処に行ってたんだ?」

「散歩だよ。俺も眠れなかったんだ」

 平然と嘘を連ねるが、エヴァンが疑うことはない。

 なにしろハオランを信じ切っている、ずっと嘘をつかれているなど想像もついていないはずだ。

「……一緒に寝ていいか?」

「いいけど、どうしたんだ?」

「昨日ハオランと一緒に寝てから、なぜかひとりじゃ寝付けなくなったんだ」

 襖で顔を隠し、初々しい反応を見せながら説明する。

 エヴァンの愛らしい様子にくすりと笑い、ハオランは「こっちにおいで」と手招きした。

 ハオランの許可がおり、枕を持ってハオランの隣に横たわる。おやすみのキスをして、向き合いながら目を瞑った。

 若干の寝苦しさがあるも不思議と落ち着いていく。

 あれだけ寝付けなかったはずなのに、いつの間にやらハオランは眠りに落ちていた。

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