第13話 教えに反した
ふたりは向き合うように、布団の上に横たわる。互いに見つめあい、事後の余韻に浸った。
「大好きだよハオラン」
エヴァンが小声で愛の言葉を囁く。ハオランは「俺もだよ」と答え、エヴァンの髪に触れた。
「おやすみ」
「うん、おやすみ」
短い会話を交わし、ふたりは目を瞑る。つい先ほど、ハオランはエヴァンに夜這いをかけたばかりだ。
目的はひとつしかない。エヴァンの体を調べるためだ。
それ以外に理由はない。しかし、ハオランの意に反して収穫は得られなかった。
背中に翼か、あるいは痕もなく皮膚に鱗はない。エヴァンは見るからに人だ。
恩師の教えに反してまで少年に手を出したにも関わらず、収穫はひとつもないまま。自分はなにをしているのだろうと後悔の念が生まれた。
隣ではエヴァンがすやすやと眠っている。その寝顔を見るのが辛く、不意にハオランは起き上がった。
脱いだ上着を再び着て、眠っているエヴァンの額にキスを落とす。そして忍足で家を後にした。
家を後にした後、ハオランは橋の上で一服する。普段は吸わないが、罪悪感に苛まれる今は吸いたい気分だった。
おまけにたばこを貰った相手が相手だけに、断るわけにもいかない。ゆえに気を紛らわすため、好きでもないたばこを吸っていた。
ハオランの隣にはイェジュンがいる。彼がハオランにたばこをあげた張本人だ。
彼はヘビースモーカーで、外国の銘柄たばこを常に持ち歩いている。あらかたの話を聞いた上でハオランに同情し、たばこを一本だけあげた。
「そこまでの大胆さは俺にはない」
「俺も、今になって自分が愚かしくなってきた」
イェジュンの言葉に苦笑する。恩師の教えを背いてまで少年に手を出した、その罪悪感は荷が重かった。
「で、収穫は?」
「なんも。見た限り彼は人間だ」
おまけに収穫はなにもない。
イェジュンがすかさず「あほか」とつっこみを入れた。今回ばかりは彼に返す言葉が見つからない。
呆れる視線が心に沁み、ハオランは深い溜め息を吐いた。
「人間が優位な国、聞いたことがあるな。だが今はそこまで酷くないと聞くぞ、昔は酷かったらしいが」
「なんだ、イェジュンは知ってるのか」
「まぁな……あれじゃないのか、少年はそういった悲劇的な物語に憧れてる。そんで見ず知らずのお前に妄想を吹き込んでるんだよ、ありそうな話だ」
たしかに、イェジュンの言っていることは一理ある。
だがハオランが見た限りでは、エヴァンは嘘をついているようには見えなかった。少年の妄想がたんに激しいだけか、それとも本当に人ではないのか。
「というか、少年の体は調べてきたんだろうな? やって終わりなら殺すぞ」
「なにを言う、ちゃんと調べてきたとも。背中に翼もなかったし、耳も尻尾もない」
「鱗は? 人狼という線は?」
「流石に体の隅々までは無理だったけど、見える範囲ではなかったよ。五感も鋭くない」
そう、見た感じでは人となんら変わりなかった。
エヴァンから聞いた話はきっと全て嘘で、思春期によくある妄想が激しいだけなのだろう。
信じているわけではないが、ハオランはうまい具合に吹き込むことが出来るカモとした選ばれたのだ。エヴァン自身も嘘が嘘と見抜けなくなっているのかもしれない。
嘘に包まれた人間がどうなっていくか散々見てきた。
奴らは破滅していくことに気づけないどころか、嘘に包まれた自分すら知らないでいる。
「……嘘は嫌いだ」
「あぁ俺もだよ」
川を見つめながらぽつりと呟いた。ハオランの呟きに、イェジュンもたばこを咥えつつ同意する。
だがハオランの中では疑念だけが残った。
エヴァンの話に信憑性はないが、かといって嘘で片付けるには心の中でつっかかるものがある。
「あいつを問い詰めようかな」
吸い殻を川に捨てぼやく、ハオランはなによりも嘘が嫌いだ。エヴァンがたびたび重ねていた嘘は可愛いものと楽観していたが、罪を負った今では状況も異なる。
罪を負っただけの価値がエヴァンにはあったか、今となってはどうでもよくなっていた。
少年を問い詰めたい、人間か否か。嘘ならば恩師の教えを背かせた償いをさせたいと思った。
「まぁ待て。俺に一日の猶予をくれ」
「なんでだ?」
イェジュンの申し出に首を傾げる。悪巧みをする時の表情をしているが、なにを考えているのかわからなかった。
「人によく似ているが人じゃない怪物を知ってる。少年がその怪物か確かめられるものを一日で用意してやるよ」
「なんだそれ?」
「聖水だ。奴らは魔人と呼ばれててな、俺もそこまで詳しくはないが相当な価値のある生き物らしい」
本当にそんなものが効くのか、はなはだ疑問が残る。
しかし僅かな可能性を賭けて、ハオランはその話に乗っかることにした。これで人間だと発覚しようものなら、積み重ねた嘘の償いをさせようと意気込みながら。




