第11話 逃れられない
ハオランは仕事でミスを犯した。それは普段なら有り得ないミスで、挙句捕まえるはずだった娘を取り逃した。
──そして依頼主の怒りを買い、定められた日に死ぬ呪いをかけられた。
エヴァンという少年に救われ、どのくらいの月日が過ぎただろう。死ぬはずだった日を生き延び、日の下を歩いたときは不思議な感じさえした。
ここでの生活にも慣れ、今では(ほぼほぼ)家族の一員として暮らしている。ただアマーリという少女(?)には慣れないまま、それ以外は快適に過ごしていた。
日課と化した朝の掃き掃除を終え、家の中に引き返す。
エヴァンに「おはよう」と挨拶を交わし、その日もしがない一日で終わるはずだった。
「ずいぶん探したぞ。今までどこでなにをしてた?」
夜も明けつつある時刻。早くに目覚めたハオランは散歩に出かけているところだった。
耳元で囁かれながら、ハオランの左肩に手が置かれる。首筋には鋭利なナイフがあてがわれていた。
下手に身動きができないため、ハオランは目の前にいる男を見下ろす。男は見下ろされるのが嫌いなのか、睨むように「なんだよ」と言った。
「別になにも」
「まぁいい、お前が死ぬはずだった日にお得意様が死んだ。覚えてるだろ、お前が怒らせたあのじじいだ」
「あぁ覚えてる。申し訳ないことをしたと思ってるよ、でも死んだのは知らなかった」
嘘をついても仕方ないため、ありのままを話す。
しかし相手は全く信じていないようで「本当だろうな?」ときつく睨んできた。
「本当だ。俺が嘘をついたこと、今までにあったか?」
「嘘をついても無駄だからな」
ハオランの言葉を嘲笑うように返す。が。次の瞬間、首筋にあてがわれたナイフに力が入った。
「だが俺にはわからない、なぜ名高い呪術使いのじじいは死んだ? 本当ならおまえが死ぬはずだった日にだぞ」
そう言ってハオランに「納得いくまで説明しろ」と迫る。
そんなことを言われても、わからないとしか言いようがなかった。あのときはたしかに死にかけたが、現在も生きているのは謎のまま。
「なんで、おまえは、生きてる?」
「救われたんだ、北欧人の少年に。たまたまとは言え、彼が俺を見つけていなければあのまま死んでた」
エヴァンのことは話したくはなかったが、やむを得ないと判断して話した。当然のごとく、目の前にいる相手・朴礼準の興味をひく。
目にかかりそうな前髪をどけ、低い声で「ほう」と関心を寄せる。ハオランは内心「しまった」と焦りを覚えたが、表情には出さなかった。
「そいつは何者だ?」
「わからないが、命の恩人には変わりない。今は少年の住む家に居候してるよ」
「古臭い家にだろ。そんなの知ってる」
イェジュンはエヴァンに興味を示しているが、他には興味がないらしい。ハオランの振る舞いを見て「嘘ではないのか」と呟き、首をひねった。
「嘘をついたってどうしようもないだろ。俺たちは嘘を見抜くように徹底されてきたんだ」
「それもそうだな」
ハオランの言葉に渋々納得する。イェジュンは重い溜め息を吐き出すと、ハオランの首筋からナイフを下げた。
「お得意様は死んだし、おまえが生きてたらこの手で殺してやろうと思ってたがまあいい。もう一度契約しないか?」
「なんだ? 以前の分は無効になってるのか?」
「死人と契約なんてするわけないだろ」
もう一度契約を結ぶか否か、ハオランは少しだけ悩んだ。しかしここで断ると今度こそ死んでいることだろう。
イェジュンならやりかねない、彼はそうやって出世してきた人間だ。昔馴染みひとり、殺すことだって造作もない。
「ついでにおまえが未だに生きてる理由も探ってこい。時間はくれてやる、必ず俺に知らせろ」
「わかった。わかったよ」
「きっと神の加護があったんだな。生きてるなら連絡くらい寄越せ、それといつだって見張ってるからな」
イェジュンはハオランにそう釘を刺すと、ナイフを懐にしまい込んだ。
「早速仕事をくれてやる。林の外れにある赤い神社の近くに廃屋がある、そこに用意してあるから後は頼んだぞ」
「わかった。任せてくれ」
「あと週一でいい、この時間帯に外へ出ろ。仕事があれば俺が持ってきてやるから」
イェジュンは最後に「逃げられると思うなよ」と耳元で囁きかける。そして肩を軽く小突き、その場を去った。
「はぁー……面倒なことになった……」
彼がいなくなったのを確認してから、深い溜め息を吐き出す。わずかな間とは言え、生きた心地が全くしなかった。
今後、エヴァンを巻き込むことになるだろう。それだけは避けたいが、難しいことも目に見えていた。
家に帰ると、偶然にもエヴァンと鉢合わせる。
エヴァンに「好き」と言われたあの晩以来、ふたりの関係はよそよそしくなった。
挨拶は交わすものの、当たり障りない会話をすることはほとんどない。ハオランは自分のことで手一杯で、エヴァンに話しかけることもなかった。
しかし、そんな日々も終わりを告げることになる。




