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第10話 傘を持って

 あの夜から数日が過ぎた。それからというもの、ハオランとの間に特筆するような変化はない。

 朝起きればいつも通り挨拶をして、しがない一日を過ごした。たまにハオランがいなくなるも必ず遅くに帰ってくる。その繰り返しだ。

 たまに軽いスキンシップをするが、それ以上の事に発展することもない。以前と変わらずなにもない日々だ。


 今にも雨が降り出しそうな昼下がり。ハオランは留守にしており、エヴァンは酷く退屈していた。

 縁側に座り、二本の棒を使って水飴をこねくり回す。そのとき近くで「なにしてるの?」と声がした。

「それ私にもちょうだい」

 後ろを振り返ると、アマーリが覗き込むようにしてエヴァンを見つめている。

「いいよ。甘いのはそんなに好きじゃないし」

「ありがと」

 二本のうち片方をアマーリに渡し、ふたりは縁側でくつろぎ始めた。ぽつりぽつりと雨が降り始めている。

 ふたりの間に会話はない、それはいつものことだ。

「エヴァンって、あの人と付き合ってるの?」

 口に残った甘味を消そうと、近くにあった湯飲みに手を伸ばす。そして冷え切ったお茶を口に含んだとき、アマーリが不意に口を開いた。

 内容が内容だけに、エヴァンはたちまちむせ返る。

「なっ、なんだよいきなり!」

「だって……私、見ちゃったの」

「なにを?」

「あなた達が廊下でちゅーしてるところ」

 恥ずかしげもなく言うアマーリに対し、エヴァンのほうが恥ずかしさを覚えた。よく抜け抜けと言えるなと思いつつ、そっぽを向く。

 アマーリが見たことに関しては思い当たる節があるため、その事に関してはなにも言い返せずにいた。

「……誰かに言った?」

「言ってないわ。言うほどのことでもないし……でも望まないものだったら幸助くんに言う、かも」

「いや誰にも言わなくていい。その、付き合ってるから」

 祖父の名前を出され慌てて白状する。祖父は情事に手厳しい面があり、誤解を与えるわけにもいかなかった。

 きっと誤解を与えてしまえば、ハオランは土の中に埋まることだろう。安易に想像がつき、それだけは避けたかった。

「ふーん。まあ私は見てないけどね」

「え?」

「その場面を見たのは幸助くんだよ。私は送り込まれたスパイってところ、それじゃ」

 アマーリはそれだけを言い残し、軽やかな足取りでその場を去る。エヴァンは数秒のあいだ硬直していたが、状況を理解すると「アマーリ!」と叫んだ。

 アマーリを捕まえようと慌てて追いかける。しかし運悪く恵里香に叱られ、捕まえるのは失敗に終わった。


 一度降り出した雨は、夜になっても止むことを知らないのだろう。そんな雨が降ってもなお、表通りは相変わらず人々で賑わっていた。

 道は若干空いているが、雨宿りをする売女どもの話が微かに聞こえる。普段なら煩わしいところだが、幸いにも降り頻る雨のおかげである程度遮断されていた。

「お兄さん可愛いねー。こちらにおいでよ」

 たまたま店の前を通り過ぎたとき、ひとりの遊女がエヴァンに声をかける。しかしまっすぐ前だけを見つめ、遊女の誘う声を無視した。

 エヴァンは右手に傘をさし、左手にもう一本の傘を持っている。そのもう一本の傘はハオランの分だ。

 行き先は決まっている、エヴァンが迷うこともない。

 ハオランが家を留守にする前、エヴァンはあることを頼まれていた。それは夜になっても雨が降っていた場合、表通りの入り口まで傘を持ってきてほしいと。

 ずいぶん遠いなと思いつつ、エヴァンは頼まれた通りに表通りの端っこに向かっていた。

 途中遊女に手招きされたりしたが迷わずに進む。端っこに近づくにつれ、雨足も次第に強くなっていった。

 しまいには、先ほどまで聞こえていた日常の雑音も聞こえなくなる。それだけ雨は強く降りしきっていた。

 しかし、強かった雨足も数分後には落ち着き始める。その頃にエヴァンも約束した場所に着いた。

 視界も近くまでなら見渡すことができる。見渡せる範囲でハオランの姿を探した。

 端的に言うとハオランはすぐに見つかった、数メートル先にある店の屋根で雨宿りをしている。


 ハオランを見つけてすぐ、エヴァンは駆け寄ろうとした。しかし彼の隣に立っている人物を見て立ち止まる。

 どうやらハオランは隣にいる男と話し込んでいるようだ。

 なにを話しているのかはわからない。が、中途半端に参加するのは憚れる気がした。

 そのままじっとふたりの様子を見つめていると、男は傘もささずにその場を去っていく。

 同時にハオランがこちらに向けて手を振った。いつも目にする、爽やかな表情で手を振っている。

 その時にようやく、エヴァンは動くことができた。

「ほら、持ってきたよ」

「ありがとう」

 持っていた傘をハオランに渡し、ハオランは受け取った傘をさす。そしてふたりは元来た道を引き返していった。

「覚えていてくれたんだな。どうせ忘れられてるって思ってたから本当に助かったよ」

「頼まれたことは大体覚えてるから心配しなくていい」

 本人は平然としているため、エヴァンも極力平静を装う。が、ハオランの諦めきった性根に心配の念を抱いた。

 なにをどう生きていればそうなるのか。ハオランのそばにいないと、確認するようにエヴァンはそう思った。

誤字・脱字などのおかしな文章がありましたら教えていただけると嬉しいです。

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