7:要塞戦①パルチたん戦線異状なし
「な、なんなですかこれ!? いったいどうなっているんですか!?」
完全停止していたミカヅキさんがようやく口を開いた。
「要塞戦だよ」
「これが……!!」
禍々しく灰色に染まった空。
緑色の無くなった、穴だらけで泥に覆われた大地。
縦横無尽に掘られた塹壕。
遠く響く雷のような轟音。軽い火薬の爆ぜる音。怒号。
そして、その上で、中で、血で血を洗う美少女とモフモフたち。
これがこのゲームの真の姿だ。
そう、純然たるパッケージ詐欺である。
「ああ……」
口が開いたまま塞がらない様子のミカヅキさん。
まあ、そうなるよね。
「安心して欲しい。これに慣れたら対人戦で緊張することもなくなるよ」
「そう、ですね……! がんばります!」
「人はそれを感覚の麻痺って言うんじゃないかな?」
どっちも似たようなもんだろ。
「まあいい、大丈夫だよ。それにこれ、何回も言うけど、初心者向けだから。さ、行こう」
そう言って一歩踏み出した俺は、流れ弾が頭に直撃して死んだ。
――――
「……と、こういう風に、倒されても時間内ならここの旗から復活するから」
「は、はあ」
急いでリスポーンした俺はダッシュでさっきの地点とリスポーンフラッグを往復した。
「時間もあるし、歩きながら説明するよ」
「了解です」
「やれやれ」
俺達は地面を縫うように掘られた、深さ2メートルほどの溝。塹壕に入った。
このモード、要塞戦のルールは単純。
参加したプレイヤーたちは、まず後方に配置される。
そして前方にあるCPUの守る陣地を攻撃する。
一定時間内にこれが占領できれば勝利で、その間ならデスペナなしで何度でも蘇ることができる。
逆に一定時間が過ぎても、敵陣が健在な場合、リスポーンが打ち切られ、全滅するまでモフモフに追い回されることになる。
最後の一人が死亡すると敗北だ。
「あと30分だね」
「そんなに……」
視界上方に表示されたタイムが30:00を切っていた。
初心者向け要塞戦のタイムリミットは45分。
恐らくチュートリアルが終わって飛ばされたここは、出来て少し経った戦場なのだろう。
「そこ! むやみやたらと突撃するな! 援護射撃を待て。そこの君達はA地点へ、あそこの敵が手薄だ。食い破ってやれ」
「イエッサー!」
「イエス、マムだ!!」
「イエスマム!!」
「やあ、コマちゃん」
「指揮官だ! 誰だ貴様は。……げ、オレンジ色」
げ、ってなんだおい。あと何回も言うが俺の髪はオレンジじゃなくて茶色だ。
俺は見知った顔の軍服女に後ろから声をかけた。
通称指揮官。よく要塞戦に現れるプレイヤーで、数々の初心者にこのゲームの遊び方を教えてきた人物でもある。
「何でお前がここにいる。初心者じゃないだろう」
「それがな、初心者の案内に来たんだよ」
「お前が……? へぇ」
「お客さんなんだよ。んで、戦況は?」
「まずまずだな。なぜか奴ら、最初に攻勢をかけてきてやばかったんだが、なんとか凌いだ」
「珍しいな。それでどこ攻撃してる?」
「今はA地点だ。ここは敵が少ないはず。別に他のところから行っても構わないが、お勧めはここだな」
「わかった。ありがとう、コマちゃん」
「うむ、武運を……コマンダーだぁー!」
指揮官から情報をもらった。
俺達はマップにAと描かれた地点を目指すことにした。
ここなら敵が少なく、しかも味方が多い。いい練習になるだろう。
「さっきの人、怖かったですね?」
「コマちゃんか? たしかに見た目きつそうな感じしてるけど優しい人だよ」
「お知り合いなんですか?」
「ああ、始めた時期が近くてね。……おっと今からは敵が出てくるから気をつけてね」
銃撃戦の音がすぐそこまで聞こえてきたとき、俺はそう声をかけた。
ここからが本当の敵地だ。
「シグレット、援護するから先に塹壕から出てくれ。ミカヅキさんはこのままで」
「了解」
「はい」
「よし、行こう」
塹壕の端はなだらかな坂になっており、積まれた土は腰ほどの高さになっている。
「マガジンよし、弾込めよし、連発よし」
「……ゴー!!」
銃声が途切れた瞬間、シグレットが塹壕から飛び出した。
と、同時に俺も盛り土の上から銃と頭だけを出し、シグレットを援護する。
「とうちゃーく!!」
シグレットの声が響く。無事に身を隠せる地点まで辿り着いたようだ。
「次、ミカヅキさん」
「分かりました!」
ミカヅキさんが走る。
――その瞬間
「ニンゲンだ!!!」
気配を察知したのか、パルチたんが5体がこちらに向かってきた!
すぐさま俺とシグレットが応戦し3体は対処できた。
「ひっ、来ないで!!」
「止まっちゃ駄目だ!!」
ミカヅキさんの足が止めて銃を乱射し始めたのだ。
パルチたん1体がそれを受けて光になった。
だが残る1体がそのまま突撃してくる!まずい銃剣突撃だ!!
「パルチたんに、栄光をぉぉぉぉぉぉ!!!」
ミカヅキさんの銃が動いていない!弾切れだ!
「うおおおおおおおああああああ」
俺は急いで塹壕から急いで駆け出すと、銃を投げ捨ててパルチたんに飛び掛った。
「ぐわぁ! 人間風情が!! 放せ!!」
「ミラト! こっち!!」
「ふん!!」
言われたとおりにパルチたんを蹴りだす。
――パパパパ! っという乾いた音の後にパルチたんの身体が光になって消えた。
シグレットが仕留めてくれたようだ。
「ミラト! ミカヅキさん!」
「はぁ、危ねぇ。俺は大丈夫だ! そっちは?」
「はい、大丈夫です……」
「ならよかった。それよりこんな所にいると危険だ。身を隠そう」
俺はミカヅキさんの手をひいて、シグレットの待つ瓦礫の山まで走った。
「二人とも無事!? よかった」
「ああ、それより援護助かった。ありがとう」
「当然のことをしたまでだよ」
「あ、あの……」
「うん?」
「お二人とも、すみませんでした」
ミカヅキさんが深々と頭を下げる。
たしかに、ミカヅキさんが止まらなければ俺かシグレットのどちらかがすぐに対処できただろう。
「……」
「謝らないでほしい、ミカヅキさん」
「そうですよ」
「え……」
こんなこと、初心者のうちはよくあることだ。
パルチたんの鬼気迫る銃剣突撃に怯えるな、というほうが無理なのだから。
「初めて来たんだから当然の反応だよ。怖かったろう?」
「はい」
「でも誰もやられなかった。それどころかあんたは1匹倒した。初撃破だよ。おめでとう、大勝利だ」
「ミラトさん……」
「ミラトの言うとおり、1体倒すだけでも大戦果ですよ。おめでとうございます!」
「シグレットさん……! そっか、お二人ともありがとうございます!」
「うん、あんたは良くやった。それより早くA地点へ向かおう。味方が待ってる」
「はい!」
思いがけずに撃ったとはいえ、動く敵を倒したのは立派なことだ。
また一歩目標に近づいたのだから。
俺達はまた歩き出した。
――――
「そういえばミラト、銃変わってない?」
シグレットが俺の変化に気づく。
「うん? ああ、さっきのどさくさに紛れて盗ったんだ」
パルチたんが持っていた銃剣着きのAK-47だ。
組み付いたときに奪ってやった。
「こっちのほうが慣れてる」
「なら、いっか」
「すごい……」
へへ、転んでもタダでは起きないって寸法よ。
実際、俺にはこっちのほうが扱いやすい。銃剣が着いているならなおさら。
「っと、おしゃべりしてる暇はないな。もうすぐA地点だ。ほら、味方がすぐそこに……」
「クソっ、一度退くぞ!」
「誰か回復薬余ってない? 持ってくるの忘れちゃった」
「そいつはいい、リスポーンしたほうが早い」
A地点に程近い廃墟に辿り着いたが、やけに味方が少ない。
「ミラト、なんか様子が変だよ」
「ああ、分かってる。おい、君」
シグレットの言うとおり、戦場の様子がおかしい。
俺はすれ違おうとした、女子高生みたいなプレイヤーに声をかけた。
「うん? なんだ?」
「こっちは味方が攻勢で、敵が少ないって聞いたぞ。違ったのか?」
「ああ、残念だけど駄目だった。敵が多すぎたんだ。猛反撃にあって部隊は壊滅した」
「そんな……」
ミカヅキさんが落胆する。
コマちゃんの予測は外れていた。
敵もA地点に集結していたのだ。
「だからオレは撤退するぜ、リスポーンで帰るならそのまま行くといいけどな」
「ああ、助かった。ありがとう」
「ん」
JKの形をしたプレイヤーはそのまま俺達が来た方向へと歩いていった。
「どうするの?」
「どうするっつったって、この人数だと無理だろう。敵もどれくらいいるのか分からん」
いくら何回も復活できるとはいえ、この状況で大量の敵に立ち向かうのは無謀だ。
別の地点から攻撃したほうがいいだろう。
そうなれば話は早い。
「よし、せっかくだけど撤退しよう」
「うん、了解」
「ほっ」
ミカヅキさんの表情が緩む。なるべく安全なところで戦いたいからな。
だがそのときだった。
――パパパパパッ!!
「!!……ミラト、さっきの銃声」
「ああ、聞こえた。AKだ。まずいな」
「え、どうしたんですか?」
一気に緊張が走る。
ミカヅキさんだけが状況を飲み込めていない。
「銃声なんていっぱい聞こえますよ?」
ミカヅキさんの言うことも正しい。銃声は戦場のどこからでも聞こえる。
だが絶対に聞こえて欲しくない方向がある。そう――
背後だ。
そしてこれが意味しているのは
「ここは敵に包囲されてる」
ブックマーク、評価、感想があれば作者は喜びます