第3話 夜を切り裂く少女
「またあんた? どういうことよ」
化け物の片腕を切り落とした少女は地面に着地しながら問う。オレは言ってやった。
「おせぇよ。来るならもう少し早く来いよなぁ」
「なっ! 助けてもらうのにどんな言いぐさよ!」
「オレは前回助けてあげたのに蹴りくらったんだぜ?」
「あれは助けじゃなくて邪魔だっていってんでしょ!」
そうこう言ってる間に化け物は少女に襲いかかった。
しかし少女は化け物の片腕による攻撃を後ろへのステップで回避。直後に再び前に出て逆に化け物の残りの腕も切り落とし、その場で身体を回転させる。そこから繰り出された体重の乗った回し蹴りが化け物の胴体に直撃し、化け物はそのまま身体ごと吹っ飛ばされる。
そして少女は空高く跳躍。優に五メートルは跳んでるだろう空中からその自由落下の加速力を利用してそのまま踵落としをお見舞いする。
ひしゃげたように化け物の頭部が凹んだ。そいつはそのままそこに倒れて動かなくなった。
前回も見たが本当に人間離れした動きだ。おそらく、いや絶対体育の成績はいつもオール五なのだろう。まぁそういうレベルではないけど。
「ふぅ。で?」
少女はオレの方へ振り返りそう聞いてくる。
「いや、で? と言われましても」
「だからぁ、なんであんたがまた襲われてんのか聞いてんの!」
「いやいや、そんなのオレが聞きたいくらいだし」
腕を顔の前で左右に振りながらオレが言うと、少女は近づいてオレの顔を覗き込む。
「…ホントにぃ? 何か隠してない?」
胡散臭そうに言いながら顔をまじまじと見られる。
…………近い。すごく近い。
なんていうか、こんなに近いとオレが恥ずかしい。しかもよく見るとこの少女は普通に可愛い。顔の前で揺れる茶色の前髪、そこから覗くどこか鋭い印象を与える瞳。柄にもなく少しドキドキしてしまう。
そこでふと自分の目的を思い出した。
「ん? 何? ひゃあッ!」
意外に可愛らしい声をあげる少女。一応説明するとオレは彼女を捕らえるために半ば抱きつくような体勢でガッチリホールドしたのだ。……別に下心とかではない。あくまでも目的のためなのだ。目的のためにはセクハラと言われようと仕方がない。そう、仕方がないのだ!
「とりあえず話を聞いてくれ!」
そう言おうとした瞬間、オレの腹部に強烈な膝蹴りが炸裂する。
「かはぁッ!」
うめき声と一緒に口から全ての空気が抜け出してしまう。オレは腹部を押さえながら地面に膝をついてうずくまってしまった。
「ほんッとに、いきなり何してんのよッあんたは!」
足元にうずくまる哀れなオレに顔を真っ赤にしながら怒る少女。
「ちょっ、お前。ぐふっ、メチャクチャいてぇ」
悶えるオレ。見下ろす少女。なんだか変な構図ができあがってしまった。
「とにかく、詳しく話を聞かせてもらうわよ。大体、こんなペースでイドに襲われるなんて考えられないわ。絶対何かある」
正直、腹が痛くてそれどころではなかったが何とか興味を持ってくれたみたいだ。
上出来だ。ミッション達成だ。どんなもんだ。
「つーかイドって、何?」
痛みをこらえながら聞いてみる。
どうやらあまり言ってはいけない事だったらしい。少女はしまったっといったような表情を見せたが、すぐに諦めたように話始めた。
「あの化け物たちのことよ。いろんな形した奴がいるけど総称してそう呼んでるわ。本当はこんな話しちゃいけないんだけど、まぁ怪物に襲われましたなんて言っても誰も信じないし、これはノーカンね」
なるほど。まぁノーカンではないと思うが……。腹痛い。
「そんで肝心の君はどなたかまだ聞いてないんだけど……」
「…………」
少女は何か考えているようだったがしばらくすると口を開いた。
「いいわ。まぁどうせ話聞かないといけないしね。あたしの名前は篠月花梨」
少女は自分の名を名乗ってから額を人差し指で触れる。そして考えるように言う。
「んで、えぇっと、あんたは……コウセイって名前だっけ?」
「幸輔です」
思わず即答する。自分から名乗らしておいて覚えてないとはいかがなものか。軽くショックだ。こんなにいい名前なのに。
「ふ〜ん、幸輔ねぇ。名前のわりに幸薄そうよね、あんた」
…………。
全くひどい女だ。
最近の女子高生はみんなこうなのだろうか。
腹の痛みも引いてきたので文句を言ってやろうと思ったその時。
突如、花梨の体が横に弾き飛ばされた。花梨はそのまま近くの電柱に叩きつけられる。電柱が軋む。それほどの衝撃。
「ぐぅッ! な…んで、まだ生きてんのよ」
見るとついさっき花梨に倒されたはずの化け物が立ち上がって黒い蔓を腕から数本伸ばしていた。花梨はおそらくあれで殴られたのだろう。
「腕ッ!?」
そう、オレはすぐに気づいた。さっきの戦闘でイドは両腕を失ったはずである。しかし、目の前にいるイドは片腕こそないが確かに一本ちゃんと腕がついていた。
オレが驚いてる間に目の前のイドが金切り声をあげるとブシュッと音がしてもう一方の片腕も肩から生え出してきた。
「再生ッ!? マジかよ!」
イドは今度は両腕から蔓を伸ばしまたもや花梨を殴り倒す。花梨は避けようとするもすぐに蔓に追いつかれて逃げられない。鞭のようなしなやかな動きの追撃がまた花梨を襲う。
しかしおかしい。あのくらいの攻撃、さっきの花梨はなんの問題もなかったはずだ。なにが起きてるんだ?
黒い蔓の連続攻撃の前に一方的に殴られ続ける花梨。
「くっそ!」
オレは持ってたカバンをイドに向かって放り投げる。こんな日に限って物が入っていないのが悔しい。だがカバンだけじゃない。少しでもイドの注意がオレに向くように近くに落ちている空き缶や石などを投げつけてやる。
「オレを狙ってたんだろ? なら捕まえてみろよ!」
勇ましく言ってやる。
イドが蔓を横に大きく弧を描いてなぎ払う。するとそれはオレの左頬を直撃した。
「ぐぇッ」
情けない声を上げて見事に一撃で張り倒されるオレ。
口の中に血の味が広がっていく。頬が大きく腫れてすごく痛い。それでも力を振り絞り最後にもう一度だけ石を投げつける。
効果は………ない。しかしだ、オレの役目はそこじゃない。イドの瞳がこちらを見ている。つまり、時間稼ぎ成功だ!
「なッめんな!!」
オレが華麗に注意を引き付けていたその一瞬で花梨は自身が持つ短剣を振るって周りの蔓を切り刻んだ。
凄まじい殺気がイドに向けられる。切断された黒い蔓たちは一瞬で黒い影となって消えてしまう。
「たくっ、何かと思えば神経麻痺薬……。解毒にちょっと時間がかかっちゃったじゃないのよ」
言ながら花梨は首の後ろ側を手で探り、刺さっていた小さい針のようなものを抜いてイドに見せつけるようにして捨てた。どうやら最初の一撃目の前に一種の神経麻痺薬のようなものを射たれていたらしい。
「だから動きが違ったのか……」
「まぁそういうことね」
オレに疲れた様子で答える花梨。それにしても神経麻痺薬を自力で解毒って……人間じゃねぇだろ。
「さぁて、さっきはよくもやってくれたわね」
花梨が地面を蹴った。今までのオレの心配を裏切って、イドに一瞬で近づく花梨。それに反応して腕を振り下ろすイド。常人では体ごと吹き飛ばされるほどの力強い攻撃を花梨は相手に自分の余裕を見せつけるかのようにその細い片手だけで止めてしまう。
「これはッ!」
今度は花梨が自らの得物を振り上げる。瞬間、大気が震え、右手に持つ深紅の短剣が赤く光った。生命の危機を感じたイドは後ろへの跳躍で回避しようとする。
しかし、遅い。花梨は逃さない。
「お返しよッ!!」
影の獣に裁きの短剣が振り下ろされる。深紅の力をその刃に乗せて。
轟音。攻撃地点から立ち上る砂煙。
しばらくして砂煙が消えた時、そこに立っていたのは花梨一人でイドは跡形もなく消し飛んでいた。
オレは花梨に思わず駆け寄った。花梨の外傷は擦り傷こそあったが大したことは無さそうだ。
「もうマジでヒヤヒヤしたよ。全然余裕だったじゃん」
ひどく腫れた左頬を庇いながら満面の笑顔で言ってやる。
「当たり前よ。……あんたじゃ、ないんだか…ら…………」
途端、崩れるように倒れる花梨。
「お、おい!」
咄嗟に抱きとめてしまう。また蹴られそうで怖い。もう腹部は勘弁してほしいと思った。
何も言ってこないので恐る恐る花梨の顔を覗き込んでみる。すると……。
「………………すぅ、すぅ」
………………寝てた。
一気に身体から力が抜けてく。どうやら余裕みたいにしてたわりには結構疲れてたみたいだ。はたまた神経麻痺薬の影響が残ってるのか。まぁどっちにしてもよかった。蹴られなくて。
そう思うオレだったがふとあることに気がついた。
「……………コイツどうすんの?」
途方に暮れるオレの頭上には久しぶりに顔をだした黄色い満月が嬉しそうに輝いていた。
ども、第3話です。
やっと花梨の名前が出せました。ずっと「少女」でしたからね(笑)
さぁここでタイトルについてです。
「アンライプ」は「未熟な」という意味の単語で、「コルサ」は「疾走」を意味します。
まぁこのタイトルは作品のイメージみたいなものなんでネタバレの心配は皆無です。
それと一応、今回の作中で「ノーカン」という言葉が出てきていますがこれは「ノーカウント」の略で「数の内に入らない」といった意味合いになっています。わかりにくいかなと思ったので説明させてもらいました。
それでこれからの展開についてですが実際のところ結末しか決まってないのでこれから考えます(笑)
しかしテーマがちょっと重いのでシリアス調になると思います。しかし、しかし!僕としてはあんまり重いのは嫌いなのでコメディ要素も入れています。
時にシリアス、時にコミカルってのがとりあえずの目標ですね。
更新が空いてしまうこともあるとは思いますが幸輔や花梨たちの活躍を見守ってやって下さいね。
あと誤字脱字、更には評価の方もよろしくお願いします。
作者が狂喜することうけあいです(笑)
ではではッ。