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第19話 危険信号

韋駄(いだ)探偵事務所?」

 オレは目の前に建つ、アパートのような風貌の建物に掲げられた看板の文字を読み上げた。

「そ。ここが目的地。んで、ここが例の『ろくでなし』の仕事場よ」

 隣にいる花梨がそう答える。

 ……ろ、ろくでなし? なんだか酷い言い方だ。

「まぁ、多少緩いヤツではあるがな」

 誠也も花梨の言葉に多少なりとも同意しているようだ。花梨の言うことはともかくとして、そんな人が探偵事務所で働いてていいんだろうか?

「何ぼさっとしてるのよ。そら、入るわよ」

 花梨の言葉に促され、オレたちは建物の中へと入っていった。



 ――数日前の夜。

 謎のイドの襲撃を受けたオレと花梨は一先ず誠也に報告するため、誠也の部屋へとお邪魔させてもらっていた。

「お前たちもか?」

 事の一部始終を聞いた誠也は驚いた様子でそう言った。

「えっ!? ってことは誠也も!? 喋るイドに襲われたの!?」

 花梨が急いでそう質問した。

「いや、喋りはしなかった。しかし、今回の敵はまるで自らに知性があるかのような行動を取っていた。しかも尋常ではない速度の再生能力。おそらくお前たちを襲ったイドとも何か関係があるのだろう。しかし同時期に出現とは……」

 どうやらこの出来事に関しては誠也自身もだいぶ困惑しているようだ。

「どっちにしろ、俺たちが知らない何かが起こっている可能性が高い。……調べてみる必要があるな」

「うん、そうね」

 花梨は誠也に同意するように頷いた。

 オレはというと、イドに関してはつい最近まで何も知らなかったド素人なわけだ。だからこういう議論には極力口を出さず、大人しくしているのに徹している。

 決して発言力が皆無だとか、下手なことを喋って議論の邪魔になりそうだとか、そんなことではない。

 そう、断じて違うんだぜ?

「そこで、これからする調査には竜弥(たつみ)のヤツにも参加してもらおうかと俺は思ってる。どうだ? 花梨」

「まぁ、戦力が多いに越したことはないんじゃない? 調査だけで終わるような生易しいものじゃない気もするしね、今回の一件は」

 花梨のその言葉を聞いた誠也は小さく頷く。そして。

「決まりだな。では――」

「し、質問っ!!」

 いよいよ話がわからなくなったオレは大きく片手を上げて言った。続けて、誠也に単刀直入に聞いてみた。

「その、あのイドたちのことを調べる必要があるってのはわかったんですけど……。『たつみ』さん、でしたっけ? それっていったい誰なんすか?」

 それはオレにしたら当然の疑問だった。何故なら、今まで花梨たちと一緒にいた中でも、『たつみ』という名の人物のことなどは聞いたことがなかったからだ。

 それを聞いた誠也は答えた。

「安心しろ。俺の古くからの友人だ」

「まぁ、誠也と比べたら竜弥は信じられないくらいにユルユルなヤツだけどね」

 花梨が両手を広げ、少しおどけたようにそう付け加える。

「ゆ、ユルユル?」

「そ。ユルユル」

 オレが聞き返すと、花梨は同じように言葉を反復した。



 建物の最上階にその探偵事務所はあった。ドアを開けると、想像していたよりも些か小さな部屋とそこに置かれた数台の机たちが目に写った。机の上には様々な書類が乱雑に広げられている。

 その一番奥。厳密に言うなら、部屋内で一番窓際の机の椅子に一人の青年が座っていた。

「いや〜、久しぶりっ! 誠也。それに花梨も」

 部屋に入った瞬間オレたちにかけられた言葉。その声はとても陽気で、親しみが込められているような気がした。

 青年は椅子から立ち上がってオレたちの方へと近づいてきた。

 年齢は誠也と同じくらい、つまりは20代前半だろう。ピンクパーカーに黒いレザージャケットを重ね着し、下は青を基調としたチェックパンツという比較的ラフな格好の青年。少し長めに切り揃えられた茶髪からは灰色の瞳が見える。

 たぶん彼が噂の『竜弥さん』なんだろう。

「あぁ、久しぶりだな竜弥。半年ぶりくらいだったか?」

 誠也が答える。続いて、花梨がニヤニヤした表情で一言。

「相変わらず竜弥は『一探偵事務所の(あるじ)』っていう身分には到底見えないわね」

 それを聞いた青年も微笑で反撃する。

「ふふふ、愚か者め。探偵ってのはな、いついかなる場合でも目標を尾行できるように服装を調整しとく必要があるんだよ。この格好は言わば犯罪を暴くための正装着つーこと」

 そんなことを言い終わってから、青年はオレに視線を写して笑顔で言った。

「で、君が期待の新人の幸輔くんか? 話は誠也から聞いてる。俺は韋駄(いだ)竜弥(たつみ)。誠也たちとは簡単に言えば、昔からの知り合いで同士ってな間柄だ。とりあえずこれからよろしく頼むな」

 なんということか。目の前の茶髪の青年はオレの本質。つまりは『期待の新人』という一種のステータスを瞬時に見抜いていたのだ。日頃の花梨からの理不尽な扱いも相まって、オレは思わず感激してしまった。

 なんて良い人! 感動した! そう、オレは期待の新人なんだ! やったぜ!

「いやいや、こちらこそ! よろしくお願いします!」

 オレは竜弥さんと熱く、熱く握手を交わしたのだった。



 そんな感動的な挨拶も程々に、オレたちは事務所の椅子にそれぞれ腰掛けた。

「喋るイドに笑うイド。おまけに超速再生能力、だったか?」

 どうやら誠也が予め話していたらしく、竜弥さんはいきなり本題に入ってきた。

「あぁ。知能の程はともかくとしても、なかなか厄介な能力を持った敵だ」

「頭を潰しても駄目だから、結局のところ粉々にするしかないみたいだしね」

 誠也に続いて花梨もそう答える。

「粉々、ねぇ。……まったく。ドンピシャで一番使いたくない手段だな」

 竜弥さんがやれやれといった具合に両手を上げて言う。

 使いたくない手段? 良心が痛むということだろうか? 少し気になったが今は黙って話を聞いとくことにした。

「それで? 俺たちに事務所まで来てほしいって言ってたのは何故だったんだ?」

 誠也の問いに竜弥さんは立ち上がった。

「ちょっと見てもらいたいものがあってさ」



「このところ猟奇事件が数多く起きているんだが、そのどれもがちょっと異質でな……。おっと、少年少女はあまり見ない方がいいぜ?」

 竜弥さんは誠也に渡された分厚いファイルを覗こうとしたオレと花梨に一言忠告してから続けた。

「その残虐性の他に、凶器があまりにも異質で特定できないらしい」

「この資料はどこから?」

「安心しろ。れっきとした警察からだ。多少コネは使ったけどな。聞くと、警察も凶器に関してはお手上げ状態。鑑識連中は今頃『非現実だ』って言って嘆いてるだろうさ。まぁそうでないと俺まで資料もまわって来ないしな」

 資料に目を通していた誠也は目を細めて言った。

「……なるほど。確かに『非現実』、だな」

 オレは背伸びして誠也の肩からファイルの中を覗いてみる。

 ………………。

 オレはものの数秒で覗くのをやめ、トイレへと一目散に駆け込んだ。

「……竜弥さん。今度からは忠告、ちゃんと守ります」

 胃の中に突如として渦巻いた濁流(だくりゅう)をしばらくかかってすべて出し尽くしたオレはトイレ内部の壁に向かって小さく呟いた。



「ファイルの中身。どんな内容だったの?」

 花梨はトイレからなんとか帰還したオレに向かって無神経にそう聞いてきた。

「頼む。今、その質問だけはやめてくれ」

 オレは素直にそう答える。しばらくは食事に支障が出そうだと思った。

 オレがドタバタしている間にも誠也と竜弥さんは話を続けていた。

「凶器は人間の持つ武器ではありえない……。つまりは――」

「イド。少なくとも俺はそう考えてる」

 オレが見てしまった資料。そのページには数枚の被害者の写真が貼ってあった。そう、もう人間ではなくなったモノが写っていたのだ。砕かれた者。溶かされた者。オレにはそんな言葉が妥当なのではないかと思えた。何故ならそれらはあまりにも原型をとどめていなかったのだから。

「そういえばこれ、ちょっと前にニュースになってましたよね?」

 オレはふと先日、学校に遅刻した日に偶然見たテレビのことを思い出して言った。それに対し、竜弥さんが頷く。

「あぁ。しかし、まだ警察の一部の人間しか大事(おおごと)として受け取っていないだろうな。まぁ、イドの存在を知らないから仕方がないんだけどな」

 それに誠也が付け加えた。

「だがこれは明らかに異常事態だ。まだ仮定の段階とはいえ、イドが一般人を襲っているという疑惑は危険過ぎる。謎のイドの件もある」

「つまり早い話が、出現したイドは一匹残らず徹底殲滅しなきゃならないってことね」

 誠也の気持ちを花梨が真剣な目付きで代弁する。

「まぁ、真相の糸口を掴むまではそれしかないな。やれやれ……しばらくは通常業務お預けだな」

 竜弥さんが天井をあおぎながらそう静かに呟いた。



 徐々に日常をも塗り替えていこうとする非日常。

 この時のオレは何もわかっていなかった。非日常のこと。そして日常のことすらも。

 ただ信じてた。そう、オレは信じていただけだったんだ。

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