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第18話 危惧の始まり

 迫りくる黒の巨体。人間を数人呑み込めるほどのその身体には手足もなければ瞳もない。あるのは身体に見合う巨大な口のみ。地面を這うように進むその姿はさしずめ黒いナメクジと言ったところか。

 俺はイドの突進を横へのステップでかわし、唱える。

「オルタナティブ」

 突如として俺の右手に収まった『漆黒の日本刀』。それをイドの側面に突き刺す。

 通り過ぎようとするイドの身体はひどく簡単に、自らに突き刺さった刃を進めてしまう。結果、イドの身体側面は横に大きく切り裂かれた。

 生物にとって致命傷とも言えるその傷をものともせず、黒の化け物は尚も止まらない。そのまま何事もなかったように再び巨体を反転させて、俺へと突進してきた。

 文字通り、圧倒的重量が迫ってきている。しかし、その攻撃は無駄だ。

 俺はただただ左手を前へと伸ばすだけ。ただそれだけでいい。

 一瞬の後、辺りに響く鈍い衝突音。人間と化け物の衝突。普通なら無事では済まない。だが、しかし。

「残念だったな」

 俺の左手は尚も健在。化け物の圧倒的巨体を受け止めても尚無傷。まるで先の衝撃がなかったかのように俺の腕はそこにあった。

 次の瞬間。俺は動きを止めたイドの頭めがけて黒い斬撃を走らせる。

 固い金属をもいとも簡単に切り裂くその黒刀によって、額から顎までを縦に真っ二つにされてしまうイド。黒いナメクジ型の敵はその場にひれ伏すようにしてゆっくりと崩れ落ちた。



「……終わりか」

 脅威が消え、静寂が戻った今、俺の呟きは闇に吸い込まれるだけ。

 俺はいつものように黒刀を消滅させようと集中を解こうとする。だがその時、違和感を感じた。

 消えないのだ。黒刀が。何故だ?

「――ぐッ!」

 その瞬間、消えぬ黒刀を持つ右手が激しく痛んだ。いや、正確には痛みなどではない。これはもっと、別のもの……。あたかも身体の端から何かが削り取られるような感覚。そう、この感覚を俺は知っていた。それもずっと昔から……。

「……きたのか。……俺にも」

 それは過去から来る痛み。そして悲しみ。

 自身の右手に目をやりながら、俺は思い出す。

 しかしその刹那、眼前で勢いよく砂が舞い上がった。

 即座に感傷を意識の奥底へと追いやり、途切れていた戦闘への緊張感を呼び戻す。見ると、絶命したはずのイドが地中へと潜っている最中だった。

 俺はすぐに黒刀で切りつけようとする。だがあと一歩のところで間に合わない。

 イドは地中へと身を隠してしまう。

「まだ生きているとはな」

 頭を割られても尚生きているというのはイドの中でも異例である。残存する生物とあらゆる面で異なっているイドであってもそれは同じことだ。だとすると……。

 そんな思考をする暇もなく、イドは再度俺への攻撃を開始した。

 地響きを引き連れ、数多の土たちを隠れ(みの)にしての奇襲。だが、奇襲とは手の内が相手に知られた時点でその威力を失うもの。

「芸のないヤツだ」

 地中からの攻撃は思いの(ほか)激しかった。しかし、俺には当たらない。雲をその手で捉えようと足掻くが如く、敵の攻撃は何度も空を切る。

 それに苛立ったのか、イドは獲物を一気に呑み込もうと、遂に俺の直下の地面を破り、現れた。巨大な唇を大きく開き、その奥に見える強靭な歯を見せつけながら急速接近してくる。

 だが俺はそれを待っていたのだ。

 イドが地中から顔を出した時には俺は空中にいた。出現した黒い化け物を迎え撃つために。

 直上にいる俺を目指すイド。しかしこの位置取りに誘い出された時に勝負は着いている。

 黒い力が燃え上がるように己が刃を包みこむ。俺は空中から自由落下しながら、それをイドへと振り下ろす。

 まるで水に差し込むかのような容易さで、『漆黒の日本刀』は敵の頭の先から尾までを一気に両断。イドは無惨にも一撃で二つの肉の塊に成り果てる。

 俺の着地に少し遅れて、それら塊は音と砂ぼこりをたてて後方へと落ちてきた。これで、戦闘終了。

 そう思い、俺が『漆黒の日本刀』を包んでいた黒い力を消した瞬間、敵は再び動いた。

 二つになった身体から何本もの触手を猛スピードで伸ばしてきたのだ。

「――ちッ!?」

 死骸と思われていたモノからの突如としての反撃。

 俺は咄嗟に身を捻らせる。そして敵からの強襲を黒刀の回転切りで凪ぎ払う。攻撃を弾かれた触手たちは本体の中へと引っ込むようにして戻っていった。

 そしてそれは俺のまさに目の前で起きた。

 両断された二つの肉塊が再び一つに交わり始めたのだ。つまりは――。

「再生、だと? それもあんな致命傷で? どういうことだ?」

 あまりの異変に俺はそう呟いてしまう。

 戸惑う俺を差し置いて、イドは驚くべき速さで再生を遂げてしまう。そんな時。

『……グヒ。……グヒヒ、ヒヒ』

 不気味な笑い声。俺の聞いたそれは眼前のイドからもたらされたものだった。

 イドが、笑っているだと?

『グヒイィィィィィッ!!』

 化け物の奇声と共に鈍い破裂音が響いた。それと同時に化け物の身体から溢れ出す触手。鈍重な本体とは違う、圧倒的なスピードをもつ攻撃器官。それが俺へと幾百もの大群で押し寄せた。

 轟音。土をえぐる勢いで触手たちは今の今まで俺がいた地点へとなだれ込んだ。

 飛び退きながらも俺は砂が舞う地点に向けて黒刀を水平に振るう。

 黒刀の切っ先が音速を越える。その時、漆黒の刃はその場に一時的な真空を作り出し、それは衝撃波へ。さらには見えない空気の刃へと派生し、正面に群がる触手の大群を根こそぎ両断する。

 しかし切り刻んだ触手たちすらも恐るべき速度で再生していた。切断されても執拗に俺を狙い、伸び続けてくる。

「ならば――」

 ――本体を止めるのみッ!!

 俺は一切の回避行為をやめる。そして新たに地を踏み鳴らし、離れた本体の身体へと突進する。

 それを遮るように、一瞬にして前方の視界を埋め尽くす触手群。それは至極当然の選択。

 だが、俺に対してはまったく意味を為さない。

 伸ばされた触手群は俺の身体に触れる前に全て地に落ちていくのだ。近づいたものから、順に。

 断じて攻撃を加えたのではない。この現象のタネは別のアプローチによるもの。しかし、敵にわざわざ手の内を教えてやる義理はない。

『ヒッ!?』

 自らの攻撃器官の予期せぬ反逆にイドが怯むような行動を見せた。

 まるで生物のようなその行動。その根本的要因を探る必要はある。しかし今はその時ではない。今は敵の殲滅が最優先。

 俺は走る。幾百もの敵の一部を踏みつけながら。本体に向けて、ただひたすら。

 自らの命令を聞かない器官に嫌気がさしたのか、とうとう敵本体も突進してきた。

 身体を真っ二つに両断されても死なない化け物。

 そんな敵をどうやって倒すのか? 答えは、簡単だ。

 先のように突進してきたイドを左手で受け止め、その場で蹴りあげる。

 あろうことか黒の化け物はその巨体を人間が放つ蹴りのみで空中へと移してしまう。

「……いくぞ」

 俺の身体の奥に宿る漆黒の閃光。呼び寄せられた力は黒刀を深く、強く煌めかせる。

 仕掛けるッ!!

 ――それは乱舞。黒い刃の舞い。直上の化け物を息つく暇もなく切り刻み、切り落とし、切り上げていく。

 一本の刀が絶対的な速度で振り続けられる嵐のような連続斬撃。夜の空に数多の黒い軌跡が月光を受けて浮かび上がり、化け物を滅っしていく。

「細切れ。……それが、答えだ」

 俺が手を止めた時には幾千もの黒い欠片が夜空に舞っているだけだった。

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