第14話 ボイス・イズ・カラフル
「なんだ、これは?」
その時の俺はただただ困惑していた。
――午後9時前。
俺が仕事から疲れて帰ってきて玄関を開けるといきなり奥から幸輔が現れ、俺の頭の上におそらくクリスマスパーティー用のものだろう三角帽子を被せた。そして俺は緩めていた黒色ネクタイを再び絞め直され、両肩を後ろから持たれ、そのままぐいぐいとリビングへと続く扉の前まで連れていかれる。扉を開けるとなんだかよくわからんイヤにカラフルな飾りつけが目に入った。それによって俺の部屋は以前の面影をすっかりと無くしている。そしてこれまた飾りつけられたテーブルに腰掛ける花梨と赤いドレス姿の見知らぬ金髪女性。
……だれか説明してくれ。
「さぁさぁ誠也も座って座って」
後ろの幸輔が促す。しかたがないので俺は何も状況を理解しないままとりあえず近くの空いている席に着席する。
俺の左隣が幸輔。花梨が左斜め前。そして見知らぬ金髪女性が俺の前の席だ。
「すまん。何がなんだか全然わからないんだが……」
俺はやっとのことで口を開く。それを聞いた幸輔が答える。
「その疑問はごもっとも。でもその前に……ほらシエラさん、自己紹介を」
幸輔の言葉を聞いた金髪女性は「オッケ〜」と言って立ち上がり、自己紹介を始めた。
「どうも初めまして〜。シエラ・スカティーと申しま〜す。最近このマンションに引っ越してきました。花梨ちゃんたちとは今日初めて知り合いまして、ちょっといろいろあってお邪魔させてもらってます。ん〜と、あと私を呼ぶ時はシエラかシエラお姉さんでオッケーです」
そう言うなりシエラという女性は俺にウインクを決めてきた。
「なんかシエラもイニシェーターなんだって」
シエラの隣に座っている花梨がそう付け加える。
「本当か? ……彼女が?」
「そうなんすよ。今日オレがイドに襲われた時になんと、このシエラさんが助けてくれたんです!」
俺の問いに勢いよく幸輔が答えた。……なるほど。花梨たちとはおそらくその時に知り合ったんだろう。
「何か迷惑をかけたみたいですね。ありがとうございます」
俺は大人の対応でシエラに礼を言った。
シエラは笑顔で「いえいえ、お気になさらずに」と返し、再び席に座る。
「俺は渡柄誠也です。一応このマンションの管理人もしています」
「マジで!?」
隣の幸輔が驚く。
「なんだ知らなかったのか?」
俺は思わず聞いてしまう。そして花梨にも目で問う。
「そういえば話してなかったわね」と、花梨。前々から知ってはいたが、なかなかいい加減な娘だ。というか説明以前に表札にでかでかと『コンドミニアム・トツカ』と名前が書いてあるはずなんだが……。まぁいい。
俺は頭の中で考えるのをやめて今度は幸輔に説明しようとした。しかし。
「まぁその話はまたあとで。今日はシエラさんの歓迎会だから」と遮られる。
歓迎会? なるほど。それでこの飾りつけか。
俺は納得した。それと同時に今の今まで自分がクリスマスパーティー用の三角帽子を被って喋っていたことに気付く。
………なんだか自分がすごく間抜けなように思えてきた。なので、とりあえず頭から帽子をとってテーブルの空いてる場所に置いておくことにした。
「よし、そいじゃ料理ね。シエラ」
そう言って花梨はシエラを引き連れてキッチンの方へと向かう。どうやら料理は二人が作っていたようだ。しかしながら普通、歓迎会とかで歓迎される人物が料理を作るというのはおかしいと思うんだが……。しかし当のシエラを見ると、案外楽しそうに作業しているみたいなのでこれに関しての直接的な言及は避けることにした。
そんなことを考えている間にも料理はどんどんテーブルの上に並べられていく。
「………なんだか、多いですね」
「………あぁ、多いな」
幸輔の言葉に俺も同意する。テーブルにはスパゲティやハンバーグ、その他洋食の品々がところ狭しと並べられていた。
「ハ〜イ。シエラお姉さんと花梨ちゃんの愛の手作り洋食フルコースで〜す」
「いや、だから愛は一ミリも入ってないっつーの!」
やたらハイテンションなシエラに花梨がそうツッコむ。
「そいじゃシエラさんと花梨の愛! が詰まった料理にさっそく舌鼓を――」
「愛は入ってないって言ってんでしょうが!!」
愛の部分をわざわざ強調して喋る幸輔の顔面に花梨のストレートパンチがめり込む。……あれはなかなか痛そうだ。
一分後にはシエラさんの「そいじゃあ、夕食タイム!」という言葉を合図に現在鼻血を出している幸輔を除く二人は笑顔で並べられた料理を食べ始めた。
「……いただきます」
そして俺もそう言って手を合わせて少し遅めの、そしていつもよりも豪華な夕食にありついたのだ。
「……ごちそうさま」
腹が膨れた俺は再び手を合わせて言った。
「も、もう食えねぇ……」
幸輔は椅子にもたれながらそう言って満腹の意を示す。俺の目には幸輔の腹が膨らんでいるように見えた。いったいどれほどの量を食ったんだ、こいつは……。
テーブルを見るともう料理はほとんどなくなっていた。まだ食事を終えていないのは花梨だけだ。残りの料理も花梨は綺麗に平らげていく。
そして花梨の横には耳まで真っ赤にしてテーブルに項垂れているシエラ。先程「お腹はもういっぱいだからお酒!」と言い出した結果がこれだ。
「やれやれ」
そんな状況を見た俺は思わず苦笑してしまう。
「あれ? 誠也が笑うなんて珍しいわね」
スパゲティを食べていた花梨がそれを見て少し驚いたような顔を見せる。
俺は花梨に「そんなこともある」と、いつもの表情で言った。
珍しい………。確かに自分でもそう思う。しかし、俺は心なしか最近の花梨も前とは少し何かが違うような気がしていた。まぁ、そんな漠然としたことをいちいち口に出したりはしないんだが。
「ん? 何? 何か付いてる?」
俺の視線に疑問を持ったのか、花梨が自身の顔に手を当てたりしながらそう聞いてくる。
「いや、なんでもない」
俺はそれだけ言って花梨から視線を外す。
そして再びシエラの方を見る。すると彼女はテーブルに顔をつけたままでもうすでに眠っていた。静かに吐息のような音が聞こえる。
イニシェーター………か。
俺は思う。何故イニシェーターという存在が在らねばならないのか、と。
この10年、その思いが絶えたことは一度もなかった。おそらく、それは花梨もだろう。そしてきっと、今俺の目の前で眠っているこの女性も……。
『イニシェーター。それは異形を滅する輝かしい聖者などではない』
俺の頭の中に嘗て聞いたことがある言葉が蘇る。それはとても懐かしくて大切な人の声。しかし同時に、その声を聞くと胸が締めつけられる。
イニシェーター。
決して聖者のそれではない力。俺たちにはそれを背負っていくしか道はない。そう、たとえその力でこの身が朽ち果てようとも……。ただただ背負っていくしかないのだ……。永遠に……。
「……や? せい……? ねぇ! 誠也!?」
ふと気が付くと目の前に花梨と幸輔の顔があった。
「どうしたのよ。ボーッとしちゃって」
「いや、なんでもない。ちょっと疲れが出ただけだろう」
俺は花梨と幸輔にそう答えて考えていたことを誤魔化す。
「つかどうする? シエラさんのこと」
幸輔が言う。花梨は当然のように答えた。
「決まってるわ。叩き起こすのよ」
「まてええい!! お前が叩き起こしたらシエラさん死んじゃうだろ!」
「なっ!? どういう意味よ!」
「まんまの意味だよ! 見ろ! このオレの鼻に詰め込まれたティッシュ様たちを!」
そう言って幸輔は先程花梨に殴られた自分の鼻を指さす。
「…………赤い?」
「ちげぇよ! いや、違うことはないんだけど……。てかこれお前にやられたんだよ!」
花梨と幸輔が言い争う中、俺は一人でせっせと食器類をキッチンの流しへと運んでいく。そして運びきったところでそれらを水と洗剤で洗いだす。
時刻はもう10時半過ぎ。夜にこれだけ騒ぐと他の部屋にも声が届いてしまいそうだったが今日に限って俺は注意をしないことにした。
花梨はどう思っているかわからないが、俺も花梨も幸輔に出逢ったことによって少しずつ何かが変化していっているような気がする。……いい意味でだ。
今の俺にはその変化がなんなのかまだわからない。しかしいつかきっと、それがわかる時が来るような、そんな気が今はするのだ。
「やれやれ」
俺はカラフルになった自分の部屋を一度キッチンから見回したあと、またも苦笑する。
こんなことを考えるのは性に合わないと自分でも思うんだがな。しかしまぁ、たまには悪くないな。
暫くの間、その部屋には二人の言い争う声と静かな寝息、そしてキッチンからの水音が響いていた。