第13話 蒼の蜃気楼
「……リトラクトル」
美女がそう呟くと周りの空気が蒼く光り、蜃気楼を起こしたように揺れ動いた。
「い、イニシェーター?」
尻餅をついたままオレは呟いてしまう。
蒼い蜃気楼は美女の肩ほどまで伸びるブロンドの髪を優しく揺らしながら右手に集まるように徐々に小さくなっていき、ある形を成していく。
……それは細身の剣。いや、レイピアだ。
青白い刃に蒼い柄、そして所々に白い装飾が入った『青蒼のレイピア』。
美女はそれを握っていた。
「あら? 少年くん、イニシェーターなんて言葉知ってたの?」
美女は顔だけオレに向けて問う。端整な顔立ちが少し驚いたような表情をみせていた。
「い、一応関係者なもんで……」
「へぇ〜。そいじゃ隠す必要もなかったんだ」
この美女がいったいどこら辺を隠そうとしていたのかはわからないがとりあえずは助かった。
「つか、お姉さん前! 前!」
オレは美女にイドが接近してきたことを知らせる。
「あらやだ」
間の抜ける声をだしながらイドの刃をレイピアで受け止める美女。オレが言わなかったらマジで危なかったと思う。
「んもう、せっかちさんねぇ」
そう言うと美女はつばぜり合いになっている刃を押し返していく。
「そんなに慌てなくても、たっぷりと相手してあげるわよ」
鈍い金属音をたててイドを押し飛ばす。そして今度は美女の方から接近。『青蒼のレイピア』での突きを繰り出す。イドはそれを両手の刃で受け止める。しかし。
「ほぅら、ま・だ・ま・だ・よ?」
美女は驚くべき速さで突きの連打を叩き込んでいく。その攻撃によりイドの刃に亀裂が走る。たまらず後方への跳躍で退避するイド。美女はそれを追撃………しなかった。
「あら? もうギブアップ? もうちょっとがんばってくれてもいいんじゃない?」
拍子抜けしたような表情でそんなことを言っている。
だがイドもこれで終わりではなかった。イドが両の刃を勢いよく振りかぶる。すると二本の刃が両手から分離し、回転しながら美女へと向かっていった。
それらを美女はドレスを揺らしながらも何の問題もなく避ける。しかしその避けた刃はあたかもブーメランのように軌道をねじ曲げて、美女の背後から迫った。
「あぶねぇお姉さん!!」
オレはそう叫んだ。だがしかし、二本の刃は見事に美女の背中を捉え、深く突き刺さってしまった。
オレはそう思った。だが違った。二本の刃は美女の身体をまるですり抜けるようにして通過してしまっていた。
「はい。残念賞でした〜」
イドの頭部に後ろからレイピアの刃が突き立てられる。
「えッ!?」
オレは目を疑った。なんせ、美女が二人もいるのだ。一人は今イドの頭部に剣を突き立てており、もう一人はあのブーメランの刃が通過した地点にまだいる。オレは思わず目を擦る。
なんだこれは?
頭部を穿たれたイドはそのまま影となって消滅していった。そしてイドを倒した方を残して、もう一人の美女は揺らめくようにして消えてしまう。金髪の美女はまるで自身の剣についた血を払うかのようにレイピアを一度横に振るう。次いで蒼いレイピアを結晶を砕くかのように消滅させてしまう。
「よし、終わりっと」
そう呟いて金髪の美女はオレに目を向ける。
「怪我はない?」
そしてそう聞いてきた。
自分の身体を見ると肩から少し出血していた。おそらくイドの攻撃が掠った時にできた傷だろう。しかし大したことはなかったのでオレはちょっと安心した。
「いや、別に大したことないですよ」
オレは美女を心配させないために笑顔を作ってから軽く言った。
「ダメダメ。少年くん、血が出てるじゃないの」
美女はそう言ってオレに近づく。
「こういうのは処置を怠ると後で酷いことになったりならなかったりなんだから」
いや、どっちだよ!? と思わずツッコミそうになったがこの美女とは初対面に近いということを思い出して思い止まる。
「ほら、見せてみて?」
「ど、どうぞ」
美女に促されるままオレは怪我をした肩を見せる。よく見ると美女はオレと同じくらいの背丈だ。傷口をしばらく見た後で美女は言った。
「うん。私じゃわかんないね。お医者さんに行こう!」
うぉい! 責任放棄!? つかお姉さん最初から見る気ないだろ!
そんなことを思っているとオレの視界に見知った人物が映った。花梨だ。なんだかすごいスピードでこっちに走ってきている。オレは花梨に手を振った。
「お〜い。こっちこっち」
「あら? お友達?」
「はい。知り合いです」
美女はオレから走ってくる花梨へと視線を移す。
「幸輔、大丈夫なの!?」
オレの側に着くなり花梨はそう言った。
「おう! ちょっと怪我したけど見ての通りピンピンしてるぜ」
オレの言葉を聞いた花梨は安心したように1つため息をつく。
「……じゃあ、この人は?」
そして美女を指さす。当の指さされた本人は満面の笑みを浮かべて花梨を見ている。
「おぉ、そうだった! このお姉さんはな、オレを助けてくれたんだよ!」
そう説明してからオレは美女の名前を聞いていないことに気付いた。しかしオレがそのことを聞くより早く美女が口を開いた。
「彼氏を必死に迎えにくるなんて! すごく可愛い女の子じゃない!」
そう言ってから花梨に抱きつく美女。
「はぁ!?」
花梨は思わず驚きの声を上げる。
つかそんなことを勝手に推測してニヤニヤしてたのかこのお姉さんは……。そ、それにしても美少女と美女が抱き合って(?)る構図というのもなかなか……。
オレがそんなことを考えてる間にも美女は花梨に抱きついたまま頭を撫でたりといろいろしていた。
「ちょっ、待って! とりあえず離れなさい!」
花梨は半ば強引に美女を自分の身体から引き離す。どうやらサービスタイムは終わりのようだ。
「というかこの男は別にあたしの彼氏でもなんでもないわよ!」
花梨はオレを勢いよく指さして言う。
「むしろ、下僕よ!!」
そして衝撃の事実を付け加えた。なんだか涙が出てくるのは気のせいか?
美女はそれを聞くと「なるほどね」といったような顔をしてから、オレに近づき、花梨に聞こえないように静かに囁いた。
「彼女、少年くんにぞっこんよ?」
「え!? マジで!?」
「もちろんよ。少年くんの持ってるお金に、ね」
そっちかよ!! それ聞いたらなんだかさらに落ち込むよ!!
「何をこそこそ話してるのよ」
花梨が訝しげな目付きでオレたちを見る。それを感じた美女はオレからすぐに離れ、笑顔で言った。
「そういえばまだ名乗ってなかったわよね? 私はシエラ・スカティー。シエラ、もしくはシエラお姉さんって呼んでね?」
そしてウインクを決めるシエラさん、もといシエラお姉さん。
「あっ、あとイニシェーターってのをやってま〜す」
そしてそう付け加える。何て言うか………軽い。
花梨もそう思ったのだろう。オレと同じように半ば口が開いている。しかしすぐに気を取り直してシエラさんに聞く。
「そのイニシェーターがなんでここに?」
「あぁ、私最近この町に引っ越してきたの」
「えっ、どこに住んでるんすか?」
オレも聞いてみた。
「ん〜とねぇ……コンドなんちゃらかんちゃら、だったかな? んん、名前はよくわかんないな〜」
それを聞いたオレは勢いよく言ってみる。
「シエラさん、なんなら家まで送りますよ?」
勘違いしないでほしいがこれはあくまでも親切心からだ。決して綺麗なお姉さんとお近づきになりたいからではない。……いや、ほんと。
「え? そんなの悪いわよ〜。それに少年くんはお医者さんに行くのが先でしょ?」
そういえば怪我をしていたんだった。しかしだ。
「あぁそれなら大丈夫ですよ。ほら」
オレは肩の傷口を再びシエラさんに見せる。シエラさんは少し驚いたような表情を見せた。
まぁそうだろう。オレの傷はもうほとんど治っていたからだ。
「これ、いいわね。……お医者さんいらずで」
「こいつは傷の治りだけは早いの」
花梨の言い方にちょっとトゲがあるが気にしないでおく。
「というわけで送りますよ」
再度オレは言ってみる。
「それじゃ、お願いしようかな」
シエラさんは笑顔で了承してくれた。そこでオレは自分の自転車が壊れているのを思い出した。
「オレは風間幸輔です」
「篠月花梨」
オレたちはシエラさんに軽く自己紹介などをしながらシエラさんの家に向かって歩いていた。
それにしてもシエラさんの家は花梨たちが住んでるところになかなか近いようだ。ほとんど花梨の帰り道である。
「それじゃ、あなたもイニシェーターなの?」
シエラさんが花梨に聞いた。
「そう。んでこの男は謎の変出者なの」
「うおおおい! いきなり何言い出すんだよ!?」
「あら、幸輔くん。男の子だからってあんまり花梨ちゃんに変なことしちゃダメよ?」
しねぇよ! つかむしろした瞬間にオレは血祭りだよ! パンチとか蹴りとかいろいろとヤバいよ!!
しかしそんなことを言うと後が怖いので代わりに「き、気をつけま〜す」と引きつった笑顔で言ってやる。
……なんか余計変態っぽくなってしまったのは気のせいか?
「あ! あのマンションが私の引っ越し先!」
そう言ってシエラさんは前方に見えてきた高級マンションを指さす。
「へ?」
「は?」
オレと花梨は素頓狂な声をあげてしまう。
何故ならば、前方に見えるマンションは間違いなく花梨と誠也が住んでいるマンションだったのだ。
正面入り口の表札をよく見ると『コンドミニアム・トツカ』としっかりと書かれていた。