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第12話 予定通りという名の想定外

「せい! せい! そいや!!」

「………何してんのよ、あんたは」

 夜空の下、一生懸命に木刀を振るうオレに対して花梨はそう聞いてきた。

 何してるのだって? そんなの決まってる。

「修行」

「…………?」

 いつも通りイドを退治した花梨は公園のベンチに腰掛けてスポーツドリンクを飲みながら少し考えるような顔を見せた。まるで「あんたの言ってることがわからない」というように。

 オレはそれに構わず素振りを続行する。

 正直、最近のオレにはあまりに力がない。つまるところ、完璧に戦力外だ。

「最近じゃなくて最初からでしょうが」

 横でオレの独り言を聞いていた花梨が言う。どうやらオレはまた考えていることを口に出していたらしい。反省。まぁそれはちょっと置いておくことにする。話を戻すぜ?

 でだ、このままいつまでも『戦力外メンバー』という不名誉な位置にいるとオレのアイデンティティというか男としての威厳というか、そんな感じの何かが失われる可能性があると感じたのだ。

 なので昨日、早速とある土産(みやげ)物屋で木刀を購入。来るべきオレの活躍のために素振りの練習……じゃなくて修行を開始したわけだ。

 古今東西、女子は強い男に憧れると相場は決まっている。だからオレが強くなった暁にはこの凶暴でわがままな花梨もイチコロのはずなのだ。

『キャッ。幸輔ってこんなに強かったの!?』

『どう? オレのこと見直したかい?』

『うん。素敵よ、幸輔』

『じゃあ、これからはオレの言うことをちゃんと聞くんだよ?』

『うん。一生あなたに付いていくわ。大好きよ、幸輔』

『ハハハハハ』

 と、まぁこんな感じで形勢逆転し、サヨナラ満塁ホームランとなるわけだ。最高だ! パーフェクトだ! モテモテだ!

 オレはそのためには努力を惜しまないぜ。獲得してやるぜ。奥義とか覚えちゃうぜ。明鏡止水だぜ!

「ほら! 早く帰るわよ!」

「……………」

 つかの間のオレの素敵な妄想は花梨の声によって阻まれた。花梨が怒ると怖いのでオレは素振りを中断。そして自転車の荷台に花梨を乗せ、ハンドルを持つ両手で一緒にはさむようにして木刀を持ちながら夜道を走り始める。

 この前、花梨がマンションに住んでることがわかってからは自然にマンションまで送りとどける流れになっている。

「しっかしいいよな〜」

「何が?」

「いや、一人暮らしっていいよなって話」

「そう?」

「あぁ。マジで憧れる」

「実際はそんな良いもんじゃないわよ」

「そうなの? なんで?」

「ご飯は自分で作らないといけないし、洗濯もだし、その他諸々でいろいろ大変なの」

「なるほど」

 確かにオレが思っているより大変そうだ。というか花梨が料理とかできるっていうのは驚きだ。意外だ。しかしオレはそんな気持ちを口には出さない。もちろん殴られたくないからだ。



「ふぅ、到着っと」

 オレが自転車をマンションの前で止めると花梨は荷台から飛び上がり、空中で無駄に一回転して華麗に着地してみせた。ちょっと疑問が芽生えたので聞いてみる。

「なんで急に?」

「いいじゃない別に。……気分よ」

「まぁオレのときはいいけどさ。あんまり人前でそんなことしてると怪しまれるぜ?」

 オレは奇怪な行動をした花梨をそう(さと)してやる。

「夜の公園で木刀振り回してるやつよりマシよ」

 ……なかなか言ってくれる。しかしだ。

「いやいや、木刀なんて序の口だろ。連日赤い剣振り回してる女よりかわ」

「………ぐ」

 どうやら花梨は痛いところを突かれたようだ。珍しく反論がない。

 チャンスだ。ここでオレがさらに優しく諭せばきっとこの凶暴な花梨も言うことを聞いてくれることだろう。ということで言ってみた。

「花梨は女の子なんだから、もっとおしとやかにした方が可愛いって。きっとモテるよ。美少女だよ。ビューティフルだよ」

「…………」

 オレが思いっきり『可愛い』などの単語を強調して言うのを聞いた花梨は少しうつむく。何か考えてるようだ。よし、ここでさらなる追い討ちだ。

「って言っても、いきなりは難しいと思うんだよ。振る舞いっていうのは一日くらいでは変わらないしね。だからさ、今日はこのまま花梨の部屋で今後のことについて一緒に相談しよう。オレたち二人だけでパートナーとしての絆を深め合うんだよ。一晩さ。とてもいい考えだと思わないか? 素晴らしいアイディアだと思わないか? ね、どうだろう?」

「…………」

「なんならオレが花梨の世話を――ぐぁッ!」

 花梨の鋭い蹴りがオレの横腹に直撃する。

「この、変態」

 花梨はそう静かに言い放つ。

 しかたがないだろ! 男の性なんだから! と花梨に訴えたかったが、生憎(あいにく)横腹が痛くて無理そうだ。オレはついつい下心を出してしまったことを悔やんだ。

「ったく。……そいじゃね」

 花梨はそう言ってオレに背を向けてマンションへと帰っていった。



「毎度毎度まいるよ、マジで」

 自転車を漕ぎながらそう呟く。花梨に蹴られてから10分ほどたつが、横腹の痛みはまだ全然とれていない。家に帰ったら湿布(しっぷ)を貼って早く寝よう。

 そう考えているとオレの耳が何かの音を捉えた。

「ん? この音はこの前の……」

 この前、イドが大量出現した時に聞いた音になんとなく似ているような気がした。まさかイドか?

 なんだか悪い予感がする。オレは思わず冷や汗をかいてしまう。しかしイドが出現するならばきっと花梨が来てくれるはずだ。

 しかしオレの気持ちを無視するようにオレの前方の空間が歪みだす。

「マジかよ!?」

 予想通りというのか。それとも想定外というのかわからないがイドが出現するようだ。

 オレはUターンするためにハンドルをきり、半ばスリップさせながら自転車を傾けた。しかし無情にも出現余波の直撃を自転車の真横から受けてしまう。

 自転車に乗ったまま吹っ飛ぶオレ。激しい音をたてて地面に自転車と仲良く叩きつけられる。

「いてぇ!!」

 思わず叫ぶ。

「マジでシャレになんねぇ!」

 そう言いながらオレは急いで立ち上がった。なぜならオレの前方数メートルの地点にはすでに一体のイドがいたからだ。

 すぐさま起こした自転車に飛び乗り、ペダルを漕ぎだす。逃げるのだ!

 自転車はギシギシと音を鳴らしながらスピードを上げていく。

 今頃、イドの出現は花梨か誠也に知れてるはずだから時間を稼げばどちらかが来てくれて万事オーケーのはずだ。

 と思ったのもつかの間、オレの自転車の後輪が外れた。いや、正確には後輪のタイヤが瞬時に切り落とされたのだ。イドによって。

「うおおお!?」

 当然その後輪を失った自転車が満足に道を走れるわけもなく、切断面を地面に擦り付けながら滑るようにしてしばらく前進。そして横向きに転倒。

 黒い身体に赤い目、そして両手が鎌のような刃になっているイドは今度はオレに狙いを定める。僅かな沈黙の後、イドはオレに向かって跳躍。そのままオレの頭上から迫ってきた。

「っのやろぉ!」

 オレは横に転がるようにして急いで自転車から離れ、それを避ける。空振りした攻撃は金属音と共に地面に傷跡を残す。安心する間もなく続いてイドが追撃として右手を突きだしてくる。オレは半ばやけくそで咄嗟にイドの刃を自身の身体の前に出した木刀で受け止めようとする。が、それは出来なかった。木刀はまるで紙切れのように瞬時に切断されてしまい、止まらないイドの刃の切っ先がオレの肩を(かす)める。

「……つッ!!」

 思わずオレは尻餅をついてしまう。イドはまたもや跳躍し、その両の刃でオレの頭を狙う。

 次の瞬間にはオレの視界は真っ赤に染まっていた。だがしかし、オレの血によってではない。目の前に現れた真っ赤なドレスによってだ。

 オレの頭上で接近してきたイドを長い金髪を振り乱しながら蹴り飛ばすイブニングドレスの美女。

 イドは蹴られた衝撃で地面に転がり落ち、美女はオレの隣に華麗に着地した。

「大丈夫? 少年くん?」

 グリーンの瞳を覗かせて満面の笑顔で聞いてくる美女。見ると、オレはこの人物に見覚えがあった。数日前に住宅地で見た金髪美女だ。

「……え? どういうこと?」

 オレは何がなんだかわからない。そんなオレをまるで気にせずドレス姿の美女は言う。

「そいじゃ少年くんは目をつぶってて」

「はい?」

「お姉さんのことをあんまり見つめちゃ、イ・ヤ・よ?」

 美女のよくわからん発言に躊躇(ちゅうちょ)しながらも律儀に目をつぶるオレ。

 それを確認してから美女はイドの方を向き、呟いた。

「……リトラクトル」

 蒼い光が美女を包んだ。

〜ちょこっと用語〜

『イド』

人間の負の感情が寄せ集まってできた存在。

その形状や大きさは様々だが全身が真っ黒で赤目という外見は共通している。

一般的に人間を襲うことはなく、主に同族や同質の力を持つ者を捕食するために行動する。

またイドは同族を喰らうごとに「成長」していき自らの力を高めていくことがわかっている。



『イニシェーター』

花梨や誠也のように人間の領域を越えた者の総称。

基本的にイニシェーターは高い身体能力と各々で特有の特殊能力を持っている。



『テンカ』

イニシェーターの特殊能力の総称としての呼び名。

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